縁を切らしてください
梶は長谷の忠告も忘れ、その日の内に金を換金し、一緒にダイヤも加工してもらったのだ。
「駄目でしょう。何をやっているの。」
俺は静に全部聞こうと思っていたのに、またまた声をあげてしまった。
「換金したら足がついてって、それで君は追われていたのだね。競合相手や君が雇ったならず者集団ではなかったんだ。本当に密売組織の手下だったのか。」
「オレはならず者集団なんか雇いませんれ。そんなことをしねえでも、競合店が勝手に潰れてしまいましたっけ、必要ねえんです。」
「どうして潰れたの?」
「オレの会社はアメリカの肉を骨でタダ同然で輸入してるって言ったじゃねえですか。普通に肉を輸入している競合店がウチよりも安くするには肉を少なくするしかねえっけ、客が結局ウチに戻って来たんです。」
「そう。それじゃあ放火はただの嫌がらせ?」
へへへと梶は頭をかいた。
「地上げ屋が煩せえっけ、ちょっと殴りつけまして。それで危ねっけ全員箱根に逃げたらあれで。火災保険っていうのですか、姑の友達の娘がやっているからって加入していて助かりましたよ。放火で地上げ屋の大本も逮捕されたそうで。いやあ、お天道様は見ているものらて。」
俺は梶の間抜けの癖に当りを引く体質を、とても羨ましく思い始めていた。
不幸一杯の俺の人生に、その幸運を分けて欲しいぐらいだ。
「それで君は麻薬でお得意客を作ろうとか考えなかったの?麻薬を持っていたでしょう。」
梶は顔を真っ赤にして怒らせると、がたっと大きく音をさせて立ち上がった。
こんなに俺に怒りを向けたのは初めてってほどの顔つきだ。
「ひでえれ。オレは食いモンにそんなことはぜっていできね!」
「じゃあどうして麻薬を盗んだの。」
彼はとすんと椅子に力なく座り込むと、投げやりに呟いた。
「長谷さんが持って行けって。困った事が出来たら、それをみせると隊長が守ってくれるからって。隊長の居場所も教えてくれねかった癖に。それで銃も手渡してくれて。いらねつったのに、無理矢理。それで襲われ始めたから麻薬を武器にしたんられ。」
俺は大きく長々と溜息をついた。
長谷によって可哀想な身の上に落とされた梶の不幸を嘆きつつ、だ。
「あの、嘘吐き。」
策士でもある長谷が麻薬一袋と拳銃を梶に渡したのは、約束が違えられて誠司が逮捕された時に、梶に全部の罪を着せて売り飛ばすためだったのであろう。
長谷が梶を最初に拉致したのは、梶が逮捕されても「ヤクザに拉致されて仕方なく」を梶に通させ助け出すためでもあったのだ。
しかし、梶が金とダイヤで長谷の想定外の速さで追われる身となり、誠司の身代わりに出来なくなった事で事態が混乱したのだろう。
「それでも君を助けて、誠司達の車に放ったのは彼なりの人情なのかな。」
「何言ってんらて。あの人がオレを助けるわけねえねっかさ。偶然出会った親切なあのお二人が隊長の所に連れて行ってくれただけれすて。」
そして、その後に彼が話してくれた説明を聞いて、俺はとうとう顔を両手で覆ってしまった。
嘘などついて回らずに、「手が回らないので梶を守ってください。」と素直にお願いすればいいだけの話だったのだ。
あの大嘘吐きめ。
あいつは狩りを失敗した猫がごまかそうと踊りだすが如き、嘘をつくだけの話なのか?
梶が相良の車で我が家に運ばれたが為に、金で雇われたやくざ以下の無法者の集団が梶を追って我が家と更紗が襲撃されることになっただけであり、自分一人が生きるために俺達の情報など売っていなかったのである。
それどころか、危ないと我が家に電話を入れ、親切だった誠司達を助けようと、自身は刺し違えるつもりでも相良邸まで敵を追いかけていたとは、天晴れというしかない。
「ごめん。梶。君は放火された店の後始末やら何やらしなければいけないのに、馬鹿に巻き込んで、本当にごめん。俺があやまってどうにかなるものではないけど、本当にごめん。もう何なのよ、あの嘘吐きは。」
「いいです。それよりも隊長、今日限りで縁を切らしてください。オレは隊長の嫁さんはおっかねえっけ。せっかく再会できましたが、隊長とこれからはぜってえに付き合えねえです。」
「え。」
「あれは、ヤバイです。人間の女じゃねぇ。それじゃあ、オレは帰るっけ。」
「え、ゆっくりしていけば?」
「やらて。帰りてえです。」
慰労を伝える俺を迷惑そうに振り切って逃げた彼には納得できないが、まぁ、散々な目に合った梶には「逃げる」が一番の選択であるだろう。




