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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
十四 真相は知らない方が良い時もある
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梶の不幸な冒険

 梶は店を失ったが、破滅などしていなかった。

 彼の親族一同は箱根に社員旅行中である。

 梶は社員旅行中に店の放火を聞かされて、一人だけ東京に戻った所を長谷に拉致されたのだという。

 畜生、長谷め。


「何すんだれって、長谷さんらねっかね。一体どがんとしたんですか?」


 車のトランクに押し込まれて倉庫に連れ込まれ、訳がわからない梶は昔の戦友に叫んだ。

 戦友と言っても一緒に戦った記憶は無い。

 長谷は隊長が尉官があがったと本隊に呼ばれた時に、みやげだと連れて帰ってきた男だ。

 長谷はふらっと消えて、情報という嘘と食料を持って帰ってくる不思議な男だった。


 梶はコンクリートの冷たい床に自分を転がした男を見上げると、黒いコート姿の白い顔の男は気安そうな嘘臭い笑顔を顔に浮かべた。

 大きな風呂敷包みを背負っている黒い服装の麗人というチグハグさがとても嘘臭く、梶はその非日常から逃げ出したい思いが先に立ち、戦時中に怖いと思っていた男であったが大声で叫んだ。


「ひでぇれ。なんでこんな事をするんですか!オレは失った店や自宅の後始末をしんきゃならねっていうのに。」


「頼みがあるの。」


「それなら拉致なんかしねーで、普通に頼んで下さいよ。」


 長谷は梶におどけて肩を竦めると、勝手に望んでもいない仕事話を持ちかけた。


「君の店を再建するには先立つ金も欲しいでしょう。だったら今すぐ危険なお仕事をね、しようか。」


やらて。お願いですから帰してください。」


 口元に微笑を浮かべて、目には殺気をたぎらせた男はずいっと梶に身を乗り出した。


「しようか。するよ。しましょうね。」


「……そうか。大変だったな、梶。」


 長谷もギリギリだったのはわかる。

 奴は大事な弟分が麻薬の密売人として冤罪逮捕される秒読みの中にいたのだ。

 そうして長谷に唆された梶は、昔取った何やらで長谷と共に港の荷物置き場に長谷の思惑通りに潜り込んだということだ。


 個人の荷物用鞄などが積み重なる倉庫内で辺りを不安に見回す梶と違い、長谷は探し物がどこにあるのか熟知している様子で一直線に目的の場所に向かい、そこから四角いトランク鞄を二個引き出した。

 一つは本園佐間介の名義で送られたものであり、そこには麻薬がぎっしりと詰められていた。

 以前に梶が竹ノ塚達に説明した通りの、珈琲豆と麻薬の小袋の組み合わせである。

 梶が俺に標準語で語ったのは、長谷の台本を丸暗記していただけだからだ。


「何をしてんですか?」


 長谷は麻薬の入っていた鞄を空にすると、彼が持っていた大きな風呂敷包みを開けて男女の着物一式を取り出すと、空にした鞄の中に詰め込んだ。

 それからもう一つの鞄を長谷は留め金を外して開けた。


 それは普通の中身であった。


 否、服の間に金のプレートが数枚と、ビロードの小さな巾着袋が挟み込んであったのだ。

 長谷は手馴れた手つきで鞄の中身を鞄から取り出し、金のプレートと巾着袋は長谷のコートのポケットにさっとしまわれた。


「何をしてんですか!」


 長谷は先程の麻薬をその鞄の方に入れ替えたのである。


「加瀬、その服はフランス製のいいものだからもらっちゃいなさい。」


「オレは太ったから服は特注ですよ。」


「体にあてて見なさいよ。多分、同じ体型のはずだからね。」


 半信半疑であてて見たら、本当に服は誂えたようにぴったりで、火事で衣類が焼けたのだからいいかなと、彼は長谷の持って来ていた風呂敷にその服を全部片付けた。


「あと、これもね。」


 長谷が加瀬に手渡したものは、金のプレート二枚と一粒のガラスの破片だった。


「なんですか、この小せえガラスの破片は。ゴミはいらねぇですよ。」


「お馬鹿。それダイヤ。宝石店に行って奥さんの指輪にでもしてあげなさい。再来年ぐらいにね、金もその位後に換金しなさいよ。盗人先輩からの教示としてね。」


 ここが長谷の人物観察の甘い所だ。

 梶には「我慢」の一文字などない。

 俺の部下だった当時に梶が聞き訳が良かったのは、俺と田辺の前で我慢して見せたわけではなく、俺と田辺に恐怖で動けなくなっていただけなのだ。

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