兵隊到着
竹ノ塚の自室というセーフティルームに怪我人と医者を投げ込んで安心した田辺は、担架が元々片付けてあった食糧庫に再び戻った。
担架が立てかけてあった壁には切れ込みがあり、ここは板が外せるようになっている。
カパッと前板を外すと拳銃が二丁出てくるはずだが、田辺は開かずに側においてあるビールケースから瓶二本を取り出した。
「飲みたいなら、たまにはお邪魔しますを言いましょうか、少尉?」
整った顔に青あざをつけて黒いコートを着た美丈夫は、つまらなそうに左眉を上げた。
「出さないの?」
「貴方の前ではね。知っていても貴方の気性として貴方は勝手に取り出さない。許可がなければね。ここで貴方に触らせたら、以後、勝手に持ち出しますから駄目です。」
長谷はふぅっと息を吐き出した。
「酷いね、君達は。竹ちゃんなんかわざとデリンジャーの隠し場所に最高級ブランデーをこれ見よがしに置いているのよ。お陰で僕はブランデーも飲めないよ。」
田辺はふふっと笑う。
そして、長谷を促して台所に向かうと、ビールを冷蔵庫に片付け、ガスを点して薬缶をかけた。
「襲撃があるって知っているのに、余裕だね。」
カチッとガスを止める。
「貴方がそんなことを言うからお茶を一杯も飲めなかった。到着しましたよ。どうします?戦いたいですか?逃げますか?」
長谷は軍隊時代の敬礼を田辺に捧げた。
「竹ちゃんに田辺ちゃんの加勢って言い使ってあるであります。軍曹。」
田辺は首を回してから、低い声で呟いた。
「面倒臭い。敵こそ寄越さんでほしい。」
「酷いね、田辺ちゃん。」
「矢野ちゃんが受けた怪我のうっぷん晴らしに暴れたいからって、他人を巻き込む人に言われたくありません。」
田辺は台所を出て玄関に向かい、後ろを長谷が付いて行く。
途中田辺は電話代の下から短く切ったロープを取り出した。
「長谷ちゃんも使う?」
「使う。」
ぽいっと田辺からロープを渡されて、黒コートの男は田辺よりも先に意気揚々と玄関を出て、庭を出て、門外に出ようとして立ち止まった。
「田辺!一度奥に戻れ!」
目前に大型トラックーが飛び込んできたのである。
車は門扉ではなく木塀そのものを突き破り、ゴウンと大音を立てて玄関脇の書斎の壁にぶつかった。
否、ぶつかったように見えただけで、トラックの前輪から上部目掛けて花壇用の鉄杭が突き上げるように突き刺さり、車止めの役割をしたのだ。
衝撃でトラックに搭乗していたゴロツキが荷台の上で重なり合うように転がり、前輪をほんの少し浮かせたトラックは、前輪をカラカラと空回りさせた後完全にエンストした。
「うわぁ。竹ちゃんたら見事なトラップ。」
しかし長谷がゆっくりと感嘆する暇も無く、荷台の六人のゴロツキ共はヨロヨロと立ち上がると続々とトラックから降り立ち、手に持つ角材や鉄の鎖でじりじりと迫ってきた。
「警察だ!逮捕されたくなければ今すぐに武器を収めて私有地から出て行け!」
長谷の叫びに帰って来たのは、ゴロツキ共の哄笑だけである。
「だよねぇ。ここまでしたら止まるわけ無いよねぇ。僕は警察官として職務は果たしましたし、停職中の身で権限もありませんし、私人として暴れさせてもらいましょうか。」
コートのポケットの中の麻薬煙幕をつかむ。
竹ノ塚が梶の麻薬だと持って来たものだ。
この状態で佐間介に使えるかと、あの場においてかなりショックを受けたと思い出した。
結局佐間介を殺す時には、彼が事前に用意していた物を使用せざるを得なかったのだ。
「竹ちゃんはああやって俺の嘘や持ち物を探っているんだよね。怖い怖い。」
「怖かったら逃げなよぅ。逃げれたらねぇ。」
足元が千鳥足の男が角材を引きずりながら、長谷の前に出てきた。
酒の臭いがしない所から、長谷はほかの男達の目つきも確認する。
支給されたらしき安物のお揃いのコートを纏っている元浮浪者達は、全員が全員、一様に目元が揺らいでいた。




