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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
八 あれだこれだと不在の誠司の事を想う
30/71

誠ちゃんが消えた本当の理由?

「ちゃんと状況を調べてからではないと言えませんよ。誠司君が自分で招いていたら首にされる女中が可哀相でしょう。」


 耀子の怒りの目線などなんてことも無い風にして、幸次郎はそう言い切ると女中から手を離し、女中の服を拾って彼女に渡した。


「この方法は誠司君には嫌悪感しか抱かせないよ。彼はけなげで清純な女性が好きなんだ。目の前で一生懸命働いている女性に心が惹かれるの。君だって誠司君が裸の女性だったら誰でも襲うような男性だったら幻滅でしょう。そんな男性だったらそんな関係になっても絶対に結婚はしないからね。」


 女中は服をぎゅっと抱きとめると、幸次郎に叫んだ。


「あたしは誠司さんとの事を想像したかっただけで、そんな事など考えていません!憧れていただけなんです!」


 物凄い勢いで走り去ってしまった女中を見送ると、幸次郎は悪戯そうな顔で肩を竦めて耀子に微笑んだ。

 耀子はそんな幸次郎を軽く睨んだが、ほうっと息を吐くと幸次郎の肩を叩いて声をかけた。


「下に戻りましょう。」


 そして耀子を先頭に私達は階下へと歩きだしたが、耀子は聞き流せなかったらしき質問を幸次郎にぶつけた。


「誠司がけなげで清純な女性が好きなのは本当?あの子はそんなつまらない男なのかしら。」


「それは僕の好みです。つまらない男ですから。誠司君の好みはあなたですね。」


 耀子は階段で立ち止まり、くるっと振り返ったが為にバランスを崩した。

 しかし、幸次郎が彼女を確実に支えたために彼女はバランスを崩しただけで終わった。

 幸次郎の腕の中で目を丸くした耀子は、彼女には珍しく頬を赤らめて彼の腕から離れた。


「ありがとう。助かったわ。」

「いいえ。」


 二人に存在を忘れ去られた私は、メロドラマを眺めているような気持ちで二人の後をトポトポと付いていく。

 耀子は柔らかいシルクビロードのロングワンピースに男性物の丈が長い黒いカーディガンを、まるでガウンのようにして羽織っている。

 ワンピースはベージュ地に白い水玉だが、生地光沢で柄がニシキヘビか豹の様にも見える。


 対して幸次郎はイギリスの貴族の休日のようなツイードのジャケットにグレーのウールのズボンだ。

 鑑賞者の私は白いセーターに紺のコーデュロイのハイウェストのジャンパースカートだが、乳幼児のようなスモッグを上に羽織っている。

 女中達に羽織らせられている、か。

 私は汚し屋だから、ハハ。


 さて、メロドラマのヒロインは、部屋が暑く感じたかのように、はぁと息を吐くと、再び歩き出す。

 彼女が目指す先は先程の彼女の書斎ではなく、皆が寛ぐ居間だろう。

 恭一郎が耀子に招かれる時の、あの玄関ホールに隣接している寒々とした応接間では決してない。


 しかして、ヒーローはなんと言うことだ、彼女に腕を差し出した。

 耀子は物凄く艶かしい目線をその若者に向けると、公爵夫人のような威厳を持ってその腕に手をかけた。


「ありがとう。」

「どういたしまして。」


 何だこの展開は!

 二人は優雅に階段を下りきり、やはり居間の方へとホールを横切り向かった。


「それで、あなたの言ったことだけれど矛盾しているのではなくて。私はあの子にとって母でしょう。あの子はオイディプスだとでも?」


 ハハハと若者は軽く笑うと、「違いますよ。」と軽く返した。


「彼はアドニスでしょう。そしてアドニスを守り慈しんだ女神はアフロディーテではありませんでしたか。」


 耀子はくすくすと笑い、そしてくすくす笑いがハハハという何時もの耀子の笑い声に変わった。

 いつもの元気な耀子の笑い声だ。


「素晴らしいわ。竹ノ塚先生。あなたの選挙の時は何も心配なさらなくていいのよ。」


「ありがとうございます。ですが僕は今の所、七月にある父の選挙の方を心配しています。」


「もう、なんて面白い子なのかしら。幸ちゃん、あなたはラムネのような子だと思っていたらシャンパンね。とても素敵。この家を我が家だと思って好きなだけ滞在なさい。」


「ありがとうございます。その言葉こそ僕が待ち望んでいたものですよ。」


 甘え方を知らない長男に幸次郎が似ていると耀子が以前私に言っていたが、幸次郎の振る舞いを見るに付け、耀子の亡くした長男はこんなに策士でろくでなしだったのかと背筋が凍る思いだ。

 幸次郎は妻と離婚してから憑き物が落ちたという表現が甘いほど、伸び伸びと朗らかで有能なロクデナシに日々進化していっているのである。


 これこそ竹ノ塚の血なのだろうか?


「そうね、この家から出たらあなたは天野教授達に誘拐されて大学に監禁されてしまうかもしれませんものね。外はあなたを狙う危険で一杯。」


 幸次郎は嬉しそうに朗らかな笑い声をあげた。

 彼は静だが的確な判断をする上に父の専門分野にも明るいからか、今まで誠司を息子のように追いまわしていた父でさえ「幸次郎君」と呼んで幸次郎に纏わり憑いている有様だ。


「あ。誠ちゃんが帰って来ないのって。」


 前を歩く二人が私に振り返った。


「どうしたの?更紗。」


 元気になって華やかな美女に戻った耀子が優しく尋ねる脇で、幸次郎が口元に人差し指を一瞬当てて私にウィンクをした。

 うわあ、私が気付いた事を彼も気が付いている!なんて幸次郎は怖いの。


「なんでもない。私、気分転換に庭を散歩してくる!」


 テテテテと物凄い急ぎ足で私は逃げた。

 背中に恭一郎に似た幸次郎の笑い声を受けながら。


「更紗!ゆっくり歩きなさい!」

「はい!ごめんなさい!ママ!」


 ごめんなさい、誠司。

 でも、そんな情けない男と知られるよりはいいでしょう。

 誰からも頼られていたのに、幸次郎の出現で頼られなくなったと不貞腐れていたなんて。

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