ベッドを勝手に温められる身の上
誠司は夫の家に匿われた。
落ち込む耀子を幸次郎が慰める声が、書斎の扉の向こうから聞こえた。
「彼にとってあなたはお母さんですからね、仕方がないですよ。男の子は母親に絶対に弱いところを見せないものでしょう?元気な時はわざと病気だ何だと甘えるでしょうけどね。」
耀子のクスクス笑いが聞こえ、彼女が幸次郎に尋ねる声が聞こえた。
「あなたもそうだったの?」
「母はしっかりしていても脆いですからね。ですが伝えるべき事を伝えなかったせいで、僕の離婚の時は必要以上に傷つけてしまいました。守りたいと思っていても難しいものですね。母の方が僕を守ろうとしていましたよ。きっと母には僕は一生子供のままなのでしょう。」
幸次郎の言葉に耀子は柔らかい笑い声を響かせて、そして泣いてしまった。
彼女は声を出さずに静に泣く。
扉の向こうは見えないが、シンっと静まり返った様子を見ると絶対そうなのだと確信できる。
私はその部屋に入るのを止めて別の部屋に向かうことにした。
どんなに落ち込もうとも、耀子は私の姿を見ると背筋をしゃんと伸ばす。
ここは弱いところをさらけ出し、泣いてしまっていた方がいい気がしたのだ。
多分、いえ、絶対に誠司は大怪我をしている。
愚連隊時代、警察にその時の気分の捌け口と腹いせで、誠司は何度も何度も嬲られたのだ。
彼は自分が守る仲間の為に何度も耐えた。
嘘吐き刑事が現れてから誠司は殴られることが無くなったと聞いていたのに、と胸の奥で守ってくれなかった男に対して怒りが湧いた。
「あの嘘吐きは何をしていたのよ!」
怒りを胸に抱いたまま、突撃するようにして二階の誠司の部屋に入った。
誠司の部屋は私の部屋と対称で、この屋敷においては子供部屋として位置している二部屋の片方であり、しかしながら私の部屋と違ってバルコニーが付いている。
夜中に抜け出して戻るのに良い部屋だが、普通に玄関を出入りしても耀子は怒らないだろう。
違う、出て行く誠司を耀子が止められないのだ。
自分には誠司に対してそんな権限がないからと。
バルコニーからならば、「危ない。」と耀子は誠司を叱る事が出来る。
「それでママを怒らすためだけに此処から出入りしていたのか、あの馬鹿は。落ちて怪我をしたらどするのよ。あの大馬鹿者!」
私の最後の大きな怒り声に、誠司のベッドから「きゃあ。」と悲鳴が聞こえた。
なんということ。
誠司のベッドに半裸の女性が転がっている。
よく見たら投げ捨てられた洋服が絨毯の上に点在していた。
レースだけでできた紫色のシミーズなんて初めて見た。
「あなたはここで何をしているの!」
私の物凄い怒りを含んだ大声の後には、下の階からドタドタと二階に駆け上がって来る足音が聞こえた。
ベッドの女も聞こえたのだろう、慌ててベッドから飛び出すと、服をつかんで胸に抱いて私に突進した。
私はすっと動いて彼女の身体を避けたが、彼女の足には足をかけた。
私は酷い女なのである。
女はドターンと顔から床に転び、痛みの悔しさか、起き上がると鼻血を出したまま私に掴み掛かろうとした。
彼女が私に掴みかかることに未遂だったのは、幸次郎が先に彼女を抑えたからだ。
女だろうが涼しい顔でひょいと片手をねじってしまうとは、怖ろしや竹ノ塚一族の男。
「どうしたの更紗。それで、この女性は……あら、あなたは見たことある顔ね。」
女性を掴んでいる幸次郎がくすっと笑った。
「知らない間に勝手にベッドを暖められていたら、自分の部屋に気持ちが悪くて帰れないでしょうね。」
女中の腕をつかんだまま平然と語る幸次郎に、死刑執行人の鬼婆が答えた。
「女中の総入れ替えが必要なようね。」
ハハハと軽やかなろくでなしの笑い声が響いた。
いや、単なる清々しい青年の笑い声だったが、次に続く言葉がろくでなしだったからそう感じただけである。
「入れ替えるのではなく、彼の部屋の担当を男性に、ですね。彼が戻ってきてから観察していましたが、老いも若きも誠司君の姿を見かけるとふらふらと彼の部屋に入り込んでいるようでしたから。そして彼が飛び出して逃げるの繰り返しですね。新しい女中さんでもきっと入り込むでしょう。」
「あなたは知っていてどうして教えてくれなかったのよ!」
耀子の怒りが捕獲された女中よりも幸次郎に向かった。
私は恭一郎を思い出して幸次郎の笑顔に少しだけほんわかしたが、恭一郎を敵に見做している耀子は怒りは抑えても、幸次郎を睨む目線は変えなかった。
さあ、語れ。
耀子の目は幸次郎にそう言って挑んでいた。




