俺達が忘れていた男
「ねぇ、田辺。俺は何か大事なことを忘れている気がしてしょうがないのだけど、君には何かわかるかい?」
「仕事をここ数日やっていないことは確かですよ。」
ぶっと誠司が口元を押さえ、彼は笑いの発作に取り付かれた。
「動けない書類仕事の鬼がいるんだ。そっちは大丈夫でしょう。」
「えぇ、俺は会社のプロジェクトを抱えた怪我人なのに!酷いよ!あの変な人が耀子の車にダイブしてから俺はもう散々だよ。」
俺と田辺は顔を合わせて同時に凄く嫌そうな顔を見せ合い、そして同時に溜息をついた。
「それだ、忘れていた。梶、あいつをどうしよう。」
「忘れたままほっときましょうか。」
「まだ、伊藤の所だっけ?誠司を連れて行った時には、いたっけ?」
「知りませんよ、忘れていましたから。」
「ねぇ、意味のわからない俺には竹ちゃんとタベちゃんが凄い薄情な悪人に見えるのだけれど、説明はしてもらえるのかな。あの銃を持っていた彼の事。」
俺達は同時にぐりんと首を回して、誠司を見つめ返した。
誠司は俺達の動きに目をまん丸にして背筋をぴくっと伸ばしたので、彼の頭の猫はずりっと万歳をしたまま誠司の背中をずり落ちた。
「銃を持っていたのか?あいつ。」
誠司は子供のように頭をコクコクと上下にして頷いた。
俺は大きく舌打をして田辺を睨むと、彼は俺の視線を受け止めた。
「身体検査をした時はありませんでした。」
「パンツの麻薬には気づかなかったでしょう。誠司、梶を拾った時の事を詳しく教えてもらえるか。あいつは危険な奴なんだよ。」
誠司の説明を受けた俺達は、両手で顔を覆って落ち込んだ。
落ち込むしかない。
「どうしたの、二人とも。」
「お前が倒した三人は身元不明のゴロツキでしかないのは確実だな。」
目線だけ天井に向けて数秒思考して、誠司は「確実。」と答えた。
「梶は長谷に誘拐されて相良の車の前に投げ出されたのだとしたら、どうだ?後から来た車は梶の手下か組織の車だ。手下が大将を救うために誠司達目撃者を殺そうとしたら返り討ちに遭ってしまった。」
田辺が嫌そうに顔を歪めて後を継いだ。
「矢野の強さにまずは人質と相良さんに銃を向けたら、矢野があなたの知人らしきことを口走ったから銃を納めたのですね。長谷がいてあなたの名前じゃ逃げ切れないと踏んだんだ。銃は棄てたフリでコルベットに隠しましたね。畜生。あいつは本当に優等生だったよ。臨機応変にその場に対応できる。」
「ねえ、二人とも?」
誠司を見返せば、彼は猫二匹に頭によじ登られており、この緊迫した事態においては本気でマヌケな格好でマヌケな表情を俺達に見せていた。
特に田辺の軍曹の顔には、いくら愚連隊の頭領でも背筋が寒くなるに違いない。
「ちょっと、タベちゃん?」
田辺は黙れというサイン、人差し指を立てた手だけを誠司に向けた。
誠司は目を白黒させて俺達をじっと見つめるだけだ。
そして田辺は俺から目線を外さない。
決断をしろということだ。
俺はふぅっと息を吐き出した。
「飯屋で当たったって喜んでいたのにねぇ。」
「麻薬を入れた食事ならば少々味が悪くても来客は増える一方でしょう。何でしたっけ突撃飯屋のメニューは濃い味付けの肉丼でしたね。元気が出るって評判の。」
俺は天井を仰ぎ見て「畜生。」と吐き棄てるしかなかった。
俺達が鍛えて兵士にした男には良心がない。
餓死をする寸前だった彼は、兄弟だろうと食料を奪い合って育った。
生き残るためには何でもする。
貧しさが恐怖であるから、恐怖感だけで何でもやって財産を溜め込む。
そして俺はようやく誠司の車に梶を放り込んだ長谷の意図に気づいたのだ。
長谷は俺の目の前で、家族ぐるみの付き合いがあった男を手にかけた。
俺に梶の処分を望んでいるのだ。
「まずは梶の動きを封じよう。武器を奪うのが先だね。」




