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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
六 ささやかな幸せは無粋に破られるもの
25/71

とりあえず身を隠す!

 一一〇番に電話を掛けて住所と侵入者の事を手早く伝えると、私はすぐにでも移動しなければと踵を返した。


「と、あら。」


 呼び鈴が激しく押されているので、小枝子が台所から出てきたいたのだ。


「更紗ちゃん、出迎えないの?」


 私は小枝子の腕を掴み、指を口元に当てて静にと合図をして、彼女の腕を掴んだまま恭一郎の自室の方へと連れて行った。


 廊下を挟んで居間の隣に並ぶ彼の個室である洋室は、嵌め込型の窓と換気扇が付いているというおかしな造りをした部屋である。

 部屋には鉄の扉が設置されており、それは内からかけられる鍵が二つに内側からつっかえ棒で封まで出来るという重装備なものだ。

 子供のような彼は、秘密基地が大好きな人なのだ。


「入って。恭一郎が帰るまで此処に潜んでいましょう。」


 小枝子を引き込んで部屋の扉に次々と鍵を掛けた。


「一体どうしたの。」


 玄関扉が破られた音と侵入者達の足音が室内に騒々しく響き、私は小枝子に説明するまでも無くなった。


「男達が帰ってくる前に早く女を捕まえろ。」


 命令する男に呼応して二階に上がる足音と台所、居間、そして、恭一郎の自室前に足音はやってきた。


「ここに隠れています!」


 その声に小枝子はヒっと小さく叫び、私にしがみ付いた。

 扉の向こうでは叫んだ男の声に呼応してドカドカと二人分の足音が近付き、私達の部屋の前に集まる気配がありありとわかる。

 仲間が揃ったと見るや、仲間に声を掛けた男が思いっ切りドアを蹴った。


「ぎゃあ。」


 何かが折れた音と、男の盛大な悲鳴が同時に上がった。


「ヒヒヒ、ざまあみろ。」


「どうしたの?どうしてドアの向こうの男が叫んだの?」


 不安顔の小枝子が外の様子に眉根を顰めた。


「ヒヒ、鉄の扉です。多分部屋の壁も鉄の扉を支えられるような鉄の柱か何かが入っているはずです。ここだけコンクリート作りって何を考えているのかと思いましたが、やっぱり恭一郎は凄いですね。セーフティルームです、ここ。クフ。」


 せっかく安心できるようにと説明したのに、小枝子が脅えたような顔を作って眉根にぎゅううと皺を寄せたのはなぜだろう。

 室内で電話のベルが鳴った。


「え、ここにも電話があったの?」


 私こそ驚いて小枝子と顔を見合わせ、それから急いで受話器を取り上げた。


「もしもし?」


 すると、受話器からは物凄く安心したかのような息を吐き出す音が聞こえ、その後に愛しい男の声が聞こえた。


「すぐに排除するから、絶対に俺が声を掛けるまで出ないでね。」


「はい、あなた。」


 しかし、私が期待したような大きな音は家の中で一切起こらず、二・三分後にドアの前で恭一郎が掛けて来た声に驚いたほどだ。


「良いよ、出てきて。」


 ドアを開けると、そこは恭一郎どころか侵入者がいた気配さえもなかった。

 家はシンっと静まり返り、混乱の痕跡など一つも見えない。

 私の背にしがみ付いている小枝子を連れながら、台所の方へと廊下を歩いて行く。


「どうした。夢か?夢だったのか?何もないぞ!」


 いや、忌々しそうに田辺が階段脇で、廊下にモップを掛けている姿に襲撃はあったのだと理解した。

 小枝子は田辺の姿を見つけた途端にほぅっと息を吐き、すっと私から離れて台所に戻った。

 あの眉根を寄せた顔では怖いことこの上ないであろう。


「土足でドカドカ来ましたからね。私は畳を拭きましょうか?」


 すると顔を上げた田辺はその怖い顔を緩めた。

 そして、テストに満点をくれる先生の顔つきで私を見返すと、私ににっこりと微笑んだ。


「嬢ちゃんがすぐにあん部屋に逃げ込んでくれたから被害が少なくて助かりましたよ。彼らが歩いたのは廊下だけ、嬢ちゃんは偉い子です。」


 エヘへと田辺に初めて褒められたと一瞬喜んだが、私は過去の思い出が甦った。


「私が以前男三人を撃退した時は叱るばっかりだったじゃないですか!回し蹴りがあんなに綺麗に決まるって普通はないでしょう。あの時こそ私を褒めるべきですよ!」


 田辺はさっきの満点は取り消すという怒った顔に戻り、チッと大きく舌打をしてみせた。


「小枝子さん!ほら、田辺さんはおっかなくって優しくない人ですよ!」


 小枝子に振り向くと、彼女は台所の椅子の背に寄りかかっており、彼女の足元はガクガクと震えていた。


「寒いの?」


 彼女は私にゆっくりと青白い顔で振り返り、「え?」とだけ言った。

 わたしこそ、え?だ。


「だって、震えているじゃないですか。寒い?私のストールを羽織る?」


「え?」


「え?って、うわ!」


 肩を捕まれそっと横に移動させられたが、それは田辺であった。

 戸口の私が邪魔だったのか、私という障害物を除けた彼は小枝子の所に行くとそっと彼女を抱きしめた。

 抱きしめられた彼女は、なんと、田辺の胸の中でさめざめと泣き出した。


「あ、なんだぁ怖かったのか。恭一郎の部屋に行く前に警察に電話していたから絶対大丈夫でしたよ。通報されたら襲撃に五分以上は普通は掛けられませんから、五分耐えればお終いです。今度小枝子さんに襲撃時の対処法を色々教えてあげますね。知っていると逆も出来るから重宝ですよ!」


 すると、田辺はぎゅっと小枝子を抱き直し、片手を外して私にあっちに行けの合図をした。


「酷いです。田辺さんは私に意地悪です。」


 私がぷりぷりしながら台所を出て恭一郎の姿を探しに行くと、「にゃあ。」という鳴き声が書斎から聞こえた。

 恭一郎は割れた玄関扉に薄い板を貼っている作業中だ。

 脇には制服警官の姿も見える。

 私の通報で交番から来た人だろう。


「にゃあ。」


 再び聞こえた猫の声に無意識に書斎の扉を開けると、そこには縛られてぐったりとした意識のない三人の暴漢と、見た事もないモコモコの猫が二匹ウロウロしていた。

 私が恭一郎に尋ねようと玄関に振り向くと、必死な形相の恭一郎が板を抑えながら私に叫んだ。


「更紗は猫に触っちゃ駄目!その子たちは食べ物じゃないから!」


 私は相良邸に帰ろうかな。

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