竹ノ塚家の男ども
誠司の機嫌は直らないが、それでもこの一週間は幸せだと、車のハンドルを握りながら耀子は気を取り直して微笑んだ。
娘婿の弟が誠司が出て行った後に耀子の自宅に居候するようになったが、その若き都議の竹ノ塚幸次郎の助言によって誠司が自宅に戻り、彼との時間が再び持てるようになったからだ。
家から会社までの往復の時間だけだが。
「彼を取り戻したいのならば、そうですね。まず耀子さんが免許を取られて、彼の好きそうな車を乗り回してみては如何でしょう?」
身長が一八〇はある誠司よりは低いが、一七五センチはある長身の青年は、剣道を嗜んでいる為か姿勢が良くしなやかな体つきの上、竹ノ塚家特有の整った顔立ちをしている。
その美丈夫が顔を綻ばせ、誠司が正月に顔も見せないと落ち込む耀子に提案だと勧めたのだ。
「あら、それでどうしてあの子が帰ってくると。」
誠司は耀子の仕打ちに対して彼女に暴言を吐くどころか粛々と身の回りのものを大きな荷物に纏め、暫く帰らないからなと子供みたいに耀子に叫んで家を飛び出してしまったそのままなのだ。
「まず、試してみて下さい。車は絶対に二人乗りのスポーツタイプですよ。」
耀子は半信半疑で幸次郎に運転を教わり免許を取り、誠司の好きそうな銀色のコルベットを購入した。
そして、幸次郎の台本どおりに幸次郎の兄、耀子の天敵である竹ノ塚恭一郎の自宅に車を回したのである。
恭一郎は娘更紗を取り戻してくれた恩義のある男だが、その後娘だけでなく彼女の大事な誠司まで取り込んだのだ。
恭一郎はいまや恩人どころか耀子の完全なる敵でしかない。
更紗は一八歳で楽しいことも知らないまま今や人妻で妊婦だと、耀子は半分意地悪に半分娘大事で、娘を恭一郎から引き離してしまっている。
さて、恭一郎の自宅前に彼女は着いたが、その時には恭一郎の頭を叩く気持ちとなっており、近所迷惑も考えずの派手にクラクションを押した。
するとなんと、家主よりも早く誠司が家から飛び出て来て、耀子の車に駆け寄って来たのである。
それも冬の寒い中、パジャマ姿の寝起き姿で、だ。
「耀子!何やっているの!いつ免許取ったの!よりにもよって、スポーツカーだなんて危ないでしょうが!」
その時の誠司の自分を心配して怒鳴る声に、彼女は幸福しか感じなかった。
「いいでしょ、これ。誠司が欲しいなら後であげるわよ。あげるのはこれから私が初ドライブしてからですけどね。」
誠司は彼女の大好きな微笑みは返さずに、ぎりっと歯ぎしりの音が聞こえる程の歯噛みをしてから、苦虫を噛み潰した顔で彼女を睨み返した。
「ちょっと、ここにいて。」
彼は怒った声で耀子に命令すると、駆けつけた時と同じように駆け戻って家の中に入っていったが、その後数分何の動きもなく彼女が落ち込み始めた時、誠司が荷物を持って戻ってきたのだ。
彼は耀子には無言のまま自分の旅行鞄をコルベットに詰め込むと、王様のように当たり前のようにして助手席に座った。
「俺を家に真っ直ぐに連れ帰って。ドライブはそれしか許さない。」
耀子は今後何があっても、幸次郎の選挙活動を助けようと心に誓った。
ところが、ろくでなしの兄を持つ幸次郎は、やはりろくでなしであった。
誠司が耀子の買った新車を欲しがらず、耀子の助手席にしか乗らない事に疑問を持って幸次郎に尋ねたのであるが、尋ねられた幸次郎は選挙区民を安心させられる笑顔を浮かべて酷いセリフを口にした。
「助手席が死亡率が一番高い席だからですよ。誠司君がコルベットを運転したら助手席に貴方を乗せる事になる。彼が貴方の助手席に乗れば、貴方は絶対に安全運転でしょう。」
「――まあ、まあ!あなたは誠司の優しさを利用したのね。なんて酷い男。」
その時耀子は自分の罵倒を褒め言葉と喜んで笑っている若き政治家の姿に、彼の父で参議院議員の竹ノ塚重吾郎は老練な政治家と有名だと思い出し、そして確信した。
竹ノ塚家はろくでなしの家系だと。
「あんな男連中ばかりで百花さんは可哀相よねぇ。」
更紗の結婚で親友付き合いするようになった竹ノ塚兄弟の母を耀子が思いやったその時、道路上に黒いものが飛び込んだ事に気がついた。