帰宅して知ること
「ただいま。」
「お帰りなさいませ、旦那様。」
エプロンを着けた女中姿の小枝子が玄関に現れ、そしてなんということだ、彼女は玄関で正座しているだけでなく、三つ指をついて俺に頭を下げた。
「何よ、これ。いい加減にして。ちょっと、田辺、田辺って、どうして小枝がここでこんな事をしているの。」
「え、小枝子さんは女中じゃなかったの?」
田辺の代わりに現れたのは、殆んどひと月振りの俺の夢の美女だった。
長く濃い睫毛に縁取られた大きな目は、黒曜石の瞳を湛えて煌めき、美しい卵形の小さな顔に納まっている。
そして彼女の唇は薄すぎず厚過ぎずぷっくりと瑞々しく、つまり、俺にキスを強請る様に存在しているのである。
彼女は柔らかそうなビロードのハイウェストのワンピース姿だ。
紺色よりも明るく深いブルーは、玄関の明かりを受けて海色に輝いた。
「女中でない人がどうしてあなたの家にいるの?」
愛妻が常識的な疑問を口にして、俺は一瞬頭が真っ白になった。
多分頭髪も色が抜けたはずだ。
頭皮から毛髪そのものだって抜けたかもしれない。
それほど俺は混乱させられ狼狽したのだ。
梶が来た昨日は梶をとにかく伊藤の家に匿わせてから、危険だからと小枝子を杉並の藤枝に送り届けた。
はずだ。
それで今日はとりあえず刑事の長谷に事の次第を打ち明けに出向いたら、お駄賃と反吐の出る行為をさせられ、ようやく帰って来たら妻がいる。
ついでに、俺の初恋だった小枝子が女中ごっこまでしているのだ。
その上、混乱している俺の失言によって、小枝子が女中ではないと妻にバレてしまった。
俺はこの事態を両者を傷つけずにどうやって収めるべきなのか?
「嬢さん、小枝子さんは隊長の幼馴染でお医者さんですよ。あなたと矢野ちゃんみたいなものです。からかいあって遊んでいる。さぁ、暖かい居間に戻って下さい。さぁ、さぁ、小枝子さんも。もう充分に隊長をからかったでしょう。」
有無を言わせない田辺が小枝子を立たせて、俺の新妻と一緒に居間へと押し出した。
「君にはずっといて欲しいよ。」
「いやですよ。」
両手を出した田辺にコートを手渡し、彼が左腕にコートを掛けると杖を差し出した。
「どうしたの?あの鬼婆が更紗を返してくるなんて。」
「矢野ちゃんですよ。」
田辺はコートを玄関のコート掛けに掛けながら答えたあとは、真っ直ぐに書斎に入っていった。




