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お代は猫でお願いします  作者: 蔵前
四 お前がいるのは藪の中
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嘘吐きが語る真実

 楽園から堕されるのは本園佐間介ではなく俺なのか、助手席に蛇を乗せた俺は真実が手に入らないだろう事を知りながらも彼に尋ねていた。


「彼に麻薬を渡す事がどうして誠司を守る事になるのかい。」


「コレは取引なの。単純な、復讐という名のね。実の処、彼はフランスで殺されかけたのさ。それも彼の秘書であり友人でもあった外務省役人池谷雅人いけやまさと君に!」


「尚更意味がわからないよ。」


「単純な話だよ。まずね、彼は帰宅した途端に池谷に麻薬を打たれたんだ。」


 佐間介は何が起きたのかわからないまま、人形の様にその場に崩れ落ちた。

 声も出せず体も動かない。

 ぼんやりと歪んだ世界に取り残されていた彼だが、朦朧としながらもその場にいる人間達の声は聞こえて理解もできた。


華江はなえ、ウィスキーかジン、アルコール度数の高いものを持って来い。」


「何をなさるつもり?殺すならさっさとやっておしまいなさいな。」


「麻薬をやった馬鹿が、酒を被ったままタバコを吸おうとして焼死する事にするのさ。」


「そんな恥ずかしい死因は止めて下さいな。私が笑われてしまいます。」


「だからいいのではないか。君が喪に服さずとも、こんな恥ずかしい夫は嫌だろうと誰も非難しないだろ。」


 妻だった女の厭らしい哄笑が彼の頭の中を絶望で塗りたくり、自分の上に降りかけられているアルコールの雨を感じながら、彼は情けない気持ちで妻と友人だと思っていた男の悪巧みを聞く事しかできなかった。

 そして、それでも逃げることはできないかと、彼は室内を必死で、朦朧としながらも目線を彷徨わせていたのだ。


「彼はそのまま彼らに生きたまま燃やされてしまった。でもね、麻薬のお陰で燃える体の痛みを感じなかったんだ。それで、アパルトマンの部屋の窓から飛び出した。三階から落下してしまったけれど、下には冬の冷たい水を湛えたプールがあったからね、彼は助かった。助かって良かったのかは本人にしかわからないけれど。」


「それならば妻と愛人の悪行は表に出たでしょう。何の復讐なの?」


 長谷は俺から顔を背け、車窓の動く景色を眺めだした。

 俺への返事など何もない。

 彼は俺から顔を背けたまま、流れゆく車窓の風景を眺めているだけなのだ。


「言えないのか?此処まで話しておいて。」


「言いたくないの。反吐が出そうで。」


 長谷の横顔は高い鼻が品よく、日本人離れしている。

 しかし西洋人のようにゴツゴツなどしておらず、絵画の天使にあるような柔らかいラインであるのだ。

 色白で彫が深くて美形な童顔。


「運転に集中してよ。」


 長谷は俺に正面顔を向けると、俺が彼に見惚れたことを知っているという風に右眉をひょいっと上げて見せた。


「横目でチラリと見るくらいいいじゃないか。君は実にハンサムだよね。」


 気に障ったのか、喉を鳴らしてカっという変な音を出した。

 日本人は絶対にしない行為だと思いながら、俺は運転に集中することにしたが、俺の目線が長谷から逸れたことで彼はようやく続きを話し始めた。


「わかった。言うよ。佐間介の事件は本園派閥に対抗する派閥の奴らに揉み消されたのさ。お坊ちゃまの不祥事にしたらパパの本園晃蔵もとぞのこうぞうを潰せるでしょう。けれどね、そのゴシップが丸ごととある国に知られてしまったの。」


「それで弱みを握られた外務省が麻薬の黙認か。だが輸出関係は運輸省の管轄だろ。」


「外交官特権で殆んど検査もされずにその荷物が日本に運ばれて、日本から別名義で発展途上国へ救援物資として送られるのさ。」


「麻薬がか。反吐がでるな。」


「麻薬と洗脳教育で奴隷の制作さ。麻薬を使わなくても食でそれが可能だけれどね。俺達の国でも無理矢理食わせられただろ、パンを。戦後復興がままならない食糧難だからと大量の安い小麦をGHQは持って来てさ、体が大きくなるからパンを食えってね。日本は米食だろ。子供がパンしか食べなくなったら、小麦を輸入に頼る事になる。米という主食を捨てた日本は永遠に奴隷化だ。主食を守る事は本当に大事なんだと俺はその時に実感したね。」


「人の家に勝手に入り込んでは飯を食っていた君が言うと、ご飯は大事って、なんだか説得力があるね。」


 現在「男は胃袋で釣れ」を新妻に実践されている彼は、盗み食いをせずに家に帰るようになっている。


 笑い話ではないが、人は食の前に無力である。

 生きている限り、人は食を捨て去ることができないのだから当たり前だろう。

 小麦が収穫できないからこそキャッサバやタロイモなどを主食にしている国で、幼い子供に小麦の味を覚えさせたらどうなるのか。


 子供達は小麦が主食となるが、そもそも小麦が育たない地域だから別の食材を主食にしているのだからして、子供達の飢えを凌ぐには輸入をして賄わなければならなくなる。


 小麦を売ってくれる国が供給を止めれば、その国はそこで死ぬのだ。


 武器を持っての殺し合いの戦争とは最後の手段であり、そこに行くまでが地獄を経験させられるのだと俺は戦前を思い出していた。

 日本は経済封鎖をされ、沢山の子供達が飢え死にをする事になった。


「国を守るはずの職員達が、くだらない派閥争いで尊厳を売るとはね。」

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