何でもできる男
「ちょっと、田辺?」
乱暴な器の置き方に俺が脅えたその追撃のようにして、続いてダンダンと、やはり乱暴に温め直された味噌汁と冷ご飯が俺の目の前に置かれた。
俺は何も気にしない振りをしながら田辺から急須を受け取ると、飯に熱い茶を注いでからたらこをひょいと飯の上に乗せた。
田辺は何も言わないまま居間に歩いて行き、小枝子と加瀬にお茶を渡している。
田辺に叱られたくはないと彼が怒っている様を見ない振りしていたが、このまま田辺に存在を無視される可能性を考えて俺は完全に白旗をあげた。
「いただきます。で、何か怒っている?」
盆を持って戻ってきた田辺は、フンと鼻を鳴らした。
「思い出しちゃっただけですよ。ああ、情けない。正月の一日に挨拶に行って夫婦ベタベタと初詣だと浮かれ騒いで、その後は二日の昼まで妻の部屋から出てこなかったからと、妻の部屋から引き摺り出されて追い出されたあなたに何も言うことはありません。俺まで一緒に追い出されましたけどね、何も言いませんよ。」
俺は田辺を無視して食事に専念する事にした。
たらこはプリッとして生臭みもなく、そして味付けの甘辛さが強くてもたらこの風味が残っている。
「田辺のたらこは最高だよ。」
「お粗末さまです。」
「ねぇ、どうしてお茶の人は普通にありがとうって返さないの?」
彫の深いヤクザ顔が、眉根を寄せた怖い顔で俺を見返した。
俺は小さくなって味噌汁を啜った。
「隊長!」
「どうしたの?梶。」
台所の椅子に座ったまま居間に立ち上がっている梶に振り向くと、梶は「ひっ。」と叫んでから野良犬の目で俺を見返してオドオドと小声を出した。
「オレにもご飯をください。」
「いいけど、その怪我の説明をしてからでしょ。小枝子に怪我一つでも負わせたら、俺は君を普通に殺すからね。」
「ば、馬鹿。一郎は怪我人に何を言って。」
何か勘違いしたのか小枝子は俺に振り向いて顔を真っ赤に染めているが、俺は小枝子の後ろの男を静に見つめた。
実際に小枝子を人質にしたらどうするべきか、今でも俺が彼の隊長として彼を制御できるのかと、梶の動向を計っていたのである。
「座れ。」
梶は俺に犬のように命令されたことに対し、傷ついた顔もせずに、従順な猟犬の如く素直に座り込み、しかし、昔と違って正座ではなく胡坐をかいた。
その胡坐は俺に対して拗ねている訳ではなく、単に太って正座がきついと言うだけであろう。
梶は昔のままだった。
昔から彼は臆病だった。
臆病な人間は良心の呵責も無く、自分を守るためならば何だって出来るものだ。
そこで俺と田辺は、梶が臆病すぎて使えない男だからと、何だってできる兵士に作り上げたのだ。
では、昔のままならば、今も何でもできる危険な人間では無いのか?




