ここの金持ちだよ
お化け屋敷。噛み砕いた言い方でお子さま扱いをされているようだ。みやはそんな蓮見の癖が好きではない。
「うーん、こうなるなら力づくでも止めるべきだったのかな……。たぶんあれは、俺やお坊さんが屋敷に行って祓っても、また元通りになるよ」
確信している言い方である。
「……あそこに、行ったんですか」
「外から軽く見ただけだよ。人でないものが平均以上にいる……気がする。何か原因があるんだろうけど、それがわからないと焼け石に水かな」
彼が立ち上がる。
「あそこであった事件を調べたみたいだけど、そう多く人が死んでいるわけでもなかった。土地的に特別危ないというわけでもない。おかしなことになっているのは確かだろうね」
そしてそれに木沢奏多が関わっているというのも、ほぼ確かだろうね。――蓮見はみやに「だから言ったのに」と言いたげな目を向けた。
*
『……怖く、ないんですね』
と言われた時、奏多は引っかかりを覚えた。
友人は奏多に簡単に体質のことを話し、相手がそれを信じてくれるかどうかよりも、まず「恐怖の有無」を聞いてきた。世間一般で「特殊能力」がどんなに胡散臭くて荒唐無稽扱いされているのか、この友人はきっと知らないのだと思った。
能力を疑われた経験がないのだろう。
肯定されてきたのだろう。
友人は世間慣れしていないのだ。
友人は多くを持ちながら、常に後ろに立っていた。クラスの誰より、ひょっとすると地球上の人類すべてと比べても、自分より価値のない人間はいないと考えているのかもしれない。
友人の目線はよく下に向いていた。
奏多も一度だけ真似をして地面を見て歩いたことがあったけれど、見つかるのは道端に捨てられたアルミ缶だとか、マナーの悪い飼主が残した犬の糞とか、そんな汚いものばかりだった。
汚いものを見つけるよりも、前を向いた方が建設的だ。
そしてできるならばもうちょっと視線を上げて、地平線なんかも通り越して、空を見てくれたならいいのに。そこには簡単に綺麗なものが見つかるのに。
見つかるはずなのに。
ある時夕焼けが綺麗だねと言ったら、友人は「そうですね」と返してくれた。それだけだった。またくもって味気ない。
彼女は綺麗だけれど、雪の下で凍った蕾みたいだ。踏まれでもしたら二度と立てないだろうから、自分が守ってあげなければと思ったのだ。
奏多にとって、形栖みやは庇護の対象だった。
部屋の電灯は一番明るい段階にしたし、窓に何かが映らないようにカーテンも閉めてある。キッチンからくすねた食卓塩を円錐の形にして小皿に盛ったし、清酒もほんの少し拝借してきた。
それを机に置けば、なんとなく安全なような気がした。海水由来の塩や御神酒も無いけれど、代替品でも無いより良いだろう。
「……よし」
準備は万端だった。
奏多はベッド下の収納箱から、大小バラバラな数十冊の本を取り出してえっちらおっちら机の上に積んでいった。両親にうるさく言われても買い集めていたオカルトコレクションだ。小柄な体でこれらを運び出すのは骨が折れるが、今は友人の危機なのだ。なりふりかまっていられない。
白い手。
何百と聞いてきた怪談話に、何度その言葉が出てきたことだろう。
目次にざっと目を通しては左に置き、目次を見ては左に置き、という動作を繰り返していた。『怪奇現象ファイル』『あなたの知らない世界』『霊界通信』――『水面の頭蓋骨』『おいで』『倉庫のコバコ』――見ては置き、見ては置き。
やがて左の本の方が高くなった。
最後に残ったハードカバーの本を閉じた。
目的のものは見つからず、大きく息を吐いて机に突っ伏してしまう。
白い手が見えたという怪談は世に溢れていても、その原因なんてわかっちゃいない。どれもそうだ。わかっている。伊達にオカルトを漁っていないのだ。こんな無駄なことをしなくたって、こんな結果は目に見えていた。
――わたしのせいだ。
今日、友人が学校に来ていなかったのも、もしかしたら。
奏多の脳裏に、あの生白さが焼き付いている。蛆虫みたいに友人の体を這う手。ほっそりとしてしなやかな、たぶん女性のものだと思う。
悪寒を凌ぐように、両腕を抱いた。
あの白い手が自分にも張り付いていたらと思うと気が気ではなくて、だからこそこんな自分本位な考えに呆れてしまう。
――わたしのせいなのに。
こうしているのだって、友人のために頑張りました、だけど対処法が見つかりませんでしたという格好を演出したいだけなのだろう。
――みやちゃんに変なのがくっついていたのは、わたしのせいなのに。
自分がしでかしたことを、自分でわかっている。理解している。
だから奏多はその唇を噛みしめて、泣きそうになっている。
何の救いも得られなかった本の搭を眺め、その視線を少し動かして、一冊の本に目を留めた。常日頃はベッド下の収納に突っ込んである本たちとは違って、机の上のブックスタンドに丁寧に立ててある本だ。数学や現国や化学なんかの参考書に紛れて、一冊だけ。
『四季の星』
と題されたそれは、幼児向けの図鑑だった。
それを取って表紙を捲ると、付録の星座の早見表が挟まっていた。厚紙の二重構造で、大きく穴の空いた表紙の中には星が描かれた紙があり、横穴から覗くぎざぎざに指をかけて回すことで、四季に合わせた星空が見える仕組みだ。蓄光塗料の星は、暗い中では緑色に光る。安っぽい点々とした光は、今でも好きだ。
奏多は早見表を手にとって、無意味に手遊んだ。夏休みにも持って行ったそれは夏の星空に合わせられていたけれど、
「……あき」
奏多の指が、星空をくるくる回す。
空を丸く表した穴の中に、ペガサスとアンドロメダが流れていった。
奏多は、星が線で結ばれて名前が書かれていなくたって、星座の形がわかる。
「ふゆ」
穴の中に三つ星が流れていった。
「春――」
遠くで、夕ご飯よと母親の声が聞こえた。
奏多はのろのろと顔を起こし、のろのろと立ち上がる。
食欲は無かった。味噌汁の匂いに嘔吐きそうになる。けれどそれを訴えることも億劫で、階段を下りていった。
トン、トン、とん――……。
奏多の足音が小さくなっていく。その部屋の電気は点いたままだったけれど、
かち、
一段、光量が落ちた。
丸い電灯の外側が消えた。
かち、
光は濃い橙色になって、眠るのに最適な薄暗さになった。そして再び音がして、カーテンも完璧に閉まった部屋は、真っ暗になった。
机の上に星が光る。
直前まで最大限に明るくしていた電灯の光を吸い込んで、薄緑色に強く。
きゅる、と紙が擦れる音がした。微かなものだったが、それは室内の隅にまで届いていく。しんとした闇の中で、薄緑色の星がゆったりと動いていく。
光に当たっていなかった部分まで、なぜかはっきりと強く、星座の形を表していた。何度かきゅる、きゅる、と音がして、やがて止まった。
星座は夏になっていた。
もちろん、部屋には誰もいない。
翌日も、みやは学校に来なかった。
下校途中、割烹着でパーマのおばちゃんが「あらやだっ」と大きく呟いて道を引き返していった。必要なものでも買い忘れたのだろう。すでに大荷物だったが、がっさがっさと荷物を鳴らしてスーパーまでの道を戻っていく足取りは、少なくとも今の奏多よりはしっかりしていた。
遠雷がある。地鳴りとも、どこぞの親父の腹の音ともつかない、低くざらついた音。
見上げてみると、ずっと遠くの空に入道雲があった。綿を握り潰したようなでこぼこの白い固まりの中に、断続的な光が走っている。
いつまで夏なんだろうと現実逃避のように考えた。今年の夏は例年よりも長い気がする。そうして思考を外にやっても、心に凝り固まった黒い靄は相変わらずそこにある。
家までは、あと五分ほどだ。
三叉路を左に曲がって、
「あの子の家って、たしか『そういう』家じゃなかったっけ」
そんな言葉が耳に届いた。
進行方向、ある家の玄関先で三人の婦人が話し込んでいる。おやつ時に招かれた家でお見送りされようとしたけれど迂闊にも新しく楽しそうな話題が出てしまったので長話に突入してしまった、というところだろうか。ドアの内側にいる奥さんとは、近所として何度か挨拶をしたことがある。
「ほらぁ、あの如月さんの」
奏多は足を止めそうになったが、そうしてしまえば怪しまれる。
「如月さまー……っていえば、去年の冬に事件あったじゃない? あれにも関わってるって話どこかで聞いたよーな……」
「あの飛び降り? 自殺の歌ー……だったっけ? 聞いたら死んじゃうなんてまあ昔はよく聞いたもんだけど、まさか今になってそんなの聞くなんてねえ。そういえばあの時にも……」
奏多はその集団とすれ違った。話を遮られたくはないだろうから挨拶もせず、足早に。
「でも現代でまさか、ねえ?」
奏多の足が一瞬止まりかけた。
聞こえた声は穏やかだったけれど、嘲りが含まれているような気がした。
「ねえ、って」
「インチキとは言わないけど……、そういうのってあっちじゃ聞かないし。歴史的にすごい人なのは、まあ、すごいけど……平たく言えば占い師ってことでしょ」
そうか。
この人は余所者だと、奏多は察した。
あっちというのは、この人が以前に住んでいた所……おそらく首都近郊を指している。
こちらに引っ越してきて半年といったところだろうか。土地特有の暗黙の了解や空気を、まだ誰にも教えてもらっていないのだ。あるいは馴染みきれていない。
如月は、この地域では絶対的な名前である。
昔はそれはそれは大げさに生誕の祝いだのお言葉がどうだので騒ぐほどだったけれど、それは祖父母の代までだ。科学が急速に進歩した戦後は、その名の威光も戦前よりは薄れていると聞く。けれど祖父母の代の話をよく聞くクラスメイトは、如月家を神のように扱っている。如月家のついでのように語られる形栖家も。
土着の信仰。
それを表だって笑える者は、ここでは余所者以外にいない。少なくとも奏多の経験では、そうだ。
この地域は田舎というほどでもないけれど、都会から来た人間にとっては田舎も田舎だろう。彼らの所々の発言には、地域特有の歴史や謂われに対しての、無自覚な侮りがある。
学校にも、そういった生徒がいる。奏多のクラスに編入してきた長身の女子生徒は、親の都合で首都からこちらに来たという。気だてもいいし、悪い人間ではないのだけど――と、好意的ではない接続詞が最後にくっついてしまう有様だ。
もしかしたら、今さっき発言したのはあの子の母親なのかもしれない。
主婦たちの井戸端会議を聞けたのはそれまでだった。十メートルほど歩けば家に着いてしまって、ドアを閉めれば外の音はほぼ完全に遮断される。両親共働きのがらんとした家にただいまを言う習慣もない。
奏多は自分の部屋に入ると、窓の外を見た。何件もの家を跨いでずっと遠くを見ると、小高い山が見える。あの山には、街唯一の神社がある。朱い鳥居の椿山神社が。
すう、と息を吸う。夏特有の、土の匂いがする。
頭の中に余所者の女性の声が残っている。
『歴史的にすごい人っていうのは、まあ、すごいけど……』
そりゃそうだと思った。
すごい人はすごいのだ。
実際に如月家のどこがどうすごいのかは奏多にも分からない。母親が父親が祖父母が「そういうもの」だと教えてくれるから、自分たちにとって「そう」なる。曖昧な伝言ゲームの結果、曖昧な権威だけが残ってしまっている如月家。
だけど。
『平たく言えば占い師ってことでしょ』
どこかで読んだ覚えがある。霊能者は、己の力の隠れ蓑として、占い師を名乗ることがあるのだ。霊力を売りにできるまでは凄腕の占い師として名前を売り続ける。そうして実績を積まないと、初っ端から霊能力者ですなどと言ったところで逃げられるばかりだから。高名な寺やシャーマン系の血筋の出でない限り、名の通らない新人ではまず相手にされない。
形栖家のみやには霊能力がある。
それなら、形栖家の上位互換である如月家は。
もしかしたら。
もしかしたら如月家にも、力があるのかもしれない。
何百年も続く信仰に見合う、救いの力とか。――そんな都合の良い力が。
形栖みやが学校を休んで三日目の放課後。
お見舞いという体で、長い階段を上がりきってたどり着いたはいいものの、その門を前に奏多は十数秒間惚けていた。
「わお……」
山門ってやつみたい。屋根なんてついたやつ、一般家庭じゃそうそうお目にかかれない。こりゃ大層な御仁がお住まいなのだろうと腰が引けてしまう。
如月蓮見に関しての噂は、以下の通りだった。
優しくて優秀なイケメン。
運動だけはさせちゃいけない、物理的に儚げなイケメン。
学科はとても優秀で歴代最高得点を叩き出したイケメン。
女性に好まれる顔だというのは、まあわかる。奏多だって彼を見たことがある。通っている学校が近いし、あれだけ目立つ人物なのだ。けれどそんな彼と許嫁関係である友人は街中でも言葉を交わしたくないような雰囲気なので、関係としては上手くいってないのかもしれないと、奏多にとってはそちらの方が重要だった。顔が良いかどうかよりも、そっちの方がずっと。
さて。
奏多は考える。
ーーどうコンタクトを取ればいいんだ?
ちょっと前に見学した寺院には守衛がいて、金を払えば通してくれた。慣れた手つきでお釣りだってもらえた。さてここは何をすれば通してくれるのか。立派なのは十分すぎるほどわかったから、この無知な若者のためにちょっとくらい現代風にリフォームしてくれないかなと思う。
数歩下がって、全体を見回す。鳴らせば住人が応答してくれるチャイムはどの家庭にも備えてあるはずなのだと、奏多は固く信じていた。
探した。
なかった。
嘘だよね?
もしかしたら特別な合言葉とか、事務所を通してとか、そういうものが必要だったのだろうか。学校帰りにちょっと寄ってみました風も通用しない世界なのか。
とうとう強行突破しかないのかと、絶望的に高い築地塀を見上げた。長々とした塀には一片の欠けもない簡易な屋根がつけられていて、鼠返しみたいに部外者の侵入を阻もうとしている。謎の疎外感があった。いや実際に自分は部外者だ。
けれど奏多だって切羽詰まっているのだから、背に腹は代えられない。荷物を背負い、五十メートルほど離れて、助走をつけようと一歩踏み出した。
でっかい扉が開いた。
「ご用ですか?」
ひょこりと覗いたのは、学校で見知りすぎた顔だった。
「……みやちゃん?」
着物姿の押しの弱そうな美人は、まぎれもない学友である。
謝らなければ謝らなければと考えていたものの、いざこうして唐突に会ってしまうと、情けないことに言葉が出てこない。友人がここに住んでいることは知っていたけれど、玄関に出てくるのはまずお手伝いさん的な人なのだろうと、根拠もなく信じていた。
ひねり出した言葉は、
「この家ってお客さん来た時どうやってわかんの?」
「普通にチャイムありますよ」
ほらそこ、と指で示された場所には、たしかに小さなボタンがあった。
「それに、裏口から入ってくる方は少ないもので……」
「裏口?」
「ええ。そこの階段を上がってきたと思うのですが、別に坂があるんです」
友人が「あっちの方」と右後ろを指差した。
「坂を上ってきてくだされば、正門がわかるかと思うのですが……、むしろこの階段の方が目立たないはずです。どうやって見つけたんですか?」
「……えへへ」
いつもこうだ。注意力散漫というか、おかしなところで見落としがある。奏多が己のミスに押し黙り、苦し紛れににへら、と曖昧な笑みを浮かべた時、
「みや」
門の内側で、新たな声がした。
外にいる奏多からは見えないけれど、ざり、ざり、と足音が近づいてきている。
それは門扉一枚を挟んだすぐ向こう側で止まった。みやのすぐ傍らにいるようだ。
「蓮見さま……。まだ寝ていないと」
「熱は下がってるから。で、どうしたの?」
「……学校の友人が来られて」
ふうん? と興味深そうな相槌が聞こえて、扉が開いた。
「相談事? 役に立てるとは思えないけど」
「え」
出た!
奏多はラスボスを前にした素っ裸の勇者の気分で、その場に踏ん張る。
楽な着物姿の彼は奏多を一目見て、
「如月家も万能じゃないよ」
そんなことを仰る。
心を見抜かれているようだ。
「誰に何を聞いたのかわからないけど、俺に特別なことはない。普通の人よりは知識があるかもしれないけど、その辺のお坊さんの方がずっと使える。相談するなら他を当たって」
だけど奏多だって、こんなところで引き下がるわけにはいかないのだ。
如月家だけに頼らなくていいじゃないか。元々上手くいくとは思っていなかった。
奏多はただ友人に会って、無事を確認して、早めの提案をしたかっただけなのだから。
「じゃあ、みやちゃんも一緒にお坊さんのとこ行こう」
「え……」
「わたしが危ないことに巻き込んだ。お金が必要ならあたしが出す」
「それはダメ。みやは連れて行かせないよ」
「は? 意味わかんない」
奏多が心の声をそのまま口に出したら、男はそうだろうねと一笑した。
「意味がわからなくてもいい。君に事情を説明する義務はない」
「あんたねぇ!」
「これでも寛大な方だと思ってほしい。大事なみやが危険な目に遭って、まだ友達付き合いを制限していないのは、ひとえに彼女の意思を優先しているからだよ。でもこれ以上何かあれば君にも、」
「蓮見さま……!」
みやは悲鳴のように呼んで、蓮見の腕に触れた。
「ご忠告を、無視したのは、私です。奏多さんは何も……」
蓮見は、縋ってくる彼女の手を見た。袖をゆるく掴む彼女の手は、微かに震えている。
「……まあ、君のことは今は置いとくけど。どこかの寺院にお願いするのは許可できないかな。話がそれだけなら帰ってくれる?」
「っ……!」
ままならなさに、足元が煮え立つ感覚がする。奏多は目の前の人物がどれほど大物だろうと、もはや知ったこっちゃなかった。
「みやちゃんのことに、あなたの許可が要るんですか?」
「要るよ。俺には、彼女の身の振りを決める権利がある」
それならば、みやには。この大人しい学友には、彼の決定に逆らえない義務があるとでもいうのだろうか。視界の端でみやが俯くと、奏多の怒りは激しく沸き立つ。
「なにそれ何のしきたり? 風習っての? 時代錯誤なんじゃないですか!? どこの金持ちよ!」
「ここの金持ちだよ」
「うっっっっっっさい!」
家庭の事情にとやかく言いたくもない。それにしたって、この男も十分に理不尽だと奏多は思った。
「なんなんですか! こんなの普通じゃない!」
異常だ、という言葉は避けたかった。
奏多が鼻息荒く蓮見を睨め付け、蓮見はそんな奏多を涼しく見下す。ハムスターと獅子の様相で対峙する二人の間で、みやが再び彼の袖を引いた。彼女に獅子の目が向いて、「……あーあ」と溜息が落ちる。
「みやが話してもいいと思うなら、いいよ。俺は部屋で本でも読んでようかな」
そして話は終わったらしい。
「え」と目を見開く二人を置いて、彼は去ってしまった。
「……何あいつ。聞いてたのと全然違うんだけど」
「ええ、噂ほど優しくはないかもしれませんね。では、ご案内します」
「いいの?」
「家主が許したのですから、お客様として迎えても問題ないでしょう」
やぬし。
「……このお屋敷の?」
「はい。ここにあるものはすべて、彼の持ち物です」
形栖みやも含めて。とは言わなかったけれど、きっとそうなんだろう。
前を歩くみやの背中が、いつもより遠く見えた。