急転直下
「みやが目覚めません」
『あらあら、大変ですね』
朝っぱらからの息子からの電話に、母親は動じる様子もない。
向こうから聞こえる衣擦れの音は、どうせ御付きの人間に着付けを任せているのだろう。母親が自分で着物を着ているところを見たことが無い。
『仕方がないので、私もそちらに行きましょう』
電話越しだと口調も違い、威厳漂う母親だ。大抵の依頼人はこれに騙される。
お待ちしておりますと電話を切ってから、母親が来るまで、蓮見はみやの傍を離れなかった。
一時間後に母親が来た。
正門から小石が散らばるような荒い運転でやってきて、耳に痛いタイヤ音を鳴らして停車したかと思えば、玄関からどすどすと荒い足音でやってきて、襖を勢いよく開けて元気に登場した。
「来たわよっ! それと特別ゲストもいるわっ!」
こんな時にまで騒がしいのかこの母親はと胡乱に見上げた蓮見は、そのまま固まった。
母親の後ろにニートがいた。
ニート。学生でもなく、仕事もしていない人間の総称。芋色のジャージの上衣に、下衣は灰色のスウェット。外用に合わせたファッションではなかった。加えてひとまず寝癖は直しましたという感じの黒髪、へんにゃりと眠そうな瞳に、へろへろと覇気のない顔。
彼が誰かを知らなければ、由緒正しい旧家とは掠りもしない一般市民だと思うだろう。けれど蓮見は、彼のことを知っていた。
「有紀さん」
「ハロー我が義弟よ。どうだい最近は。妹とはうまくやれそうかい?」
「ええ、おかげ様で。みやもこの生活に慣れてきてくれていますよ」
「それはよかった。って、その妹も今は死にそうなんだったっけ。ははは」
字だけで書けば陽気なセリフだが、声色に抑揚はない。表情も無味乾燥としている。蓮見の背後で「なんだこいつ」と言いたげな観月とは、まったくの正反対だ。
顔立ちはみやと似ていて、よくよく見れば兄妹とわかるだろう。
「すみません。俺が不甲斐ないばかりに、大事な妹さんを……」
「はははは、いいよいいよ、はははは。しょうがないよね、憑き物筋って理不尽だししつこいし、扱い方とかほんと何なんだって感じだしね。はははは。ちなみに沙耶さまは大事なお仕事があってね。それでゴミみたいな僕が連れてこられちゃったワケだけど、大丈夫? このお屋敷穢れない? 僕のせいで何かあっても責任とか一切取れないからよろしくね」
「とんでもない。こちらこそご迷惑をおかけして申し訳なく思います」
蓮見が苦手としている人物の一人が、この形栖有紀――みやの兄だ。顔には出さないけれど。
「で、……ちょっと嫌な感じなのは、これ」
有紀はみやの布団にずぼっ! と手を突っ込んだ。そして彼女の左腕を掴んで引っ張り出す。
彼女の腕は、老人のように萎びていた。白く張りがあった肌がどす黒く変色し、青い痣が所々に浮き上がっている。爪は真っ黒だ。――内出血だろう。顔や首筋は白く張りがあって、同じ人物の体とは思えない差だ。
「さて義弟よ、これの心当たりは?」
「……あります」
左腕。
あの男が蓮見に伸ばした手を、彼女が払い落したのだ。呪われたのだとすれば、きっとその時だった。とするなら、最も『穢れてしまった』のは――。
蓮見は彼女の目に視線を移す。
「んで。一番だめなのは『コレ』かな」
有紀はみやの手を布団にしまい込んだ。
蓮見の勘を裏付けるように、今度は彼女の右目に指を置いた。瞼が閉じられた、その中を示す。
蓮見があえて触らなかった部分だった。否、自分の指では、触れなかった。
固い表情の蓮見の前で、有紀がそうっと指を動かした。
「っ――!」
息を飲む。
露わになった眼球には、細い繊維が幾重にも絡みついていた。茶、白、黒の、糸のようなもの。――獣の毛だ。
彼女の深い漆黒の瞳は、汚く隠されてしまっていた。
昨日は、こんなことはなかったのに。
「はははは。上手く隠れていたんだなあ。殺意つよつよじゃん。ウケんね」
蓮見は何も言えなかった。
穢された瞳を見つめる。じいっと。
感じるのは怒りだ。弱火でじっくり、腹の奥底から熱されていくような。
「まあ落ち着け義弟よ」
「……はい」
「沙耶さまから何にも聞いてないんだけど、これ何?」
「母が言うには、犬だそうです。狗神統に類するものかと」
「なるほどねぇ。うんうん、それはまあ、僕が呼ばれるよねえ。如月家が大っ嫌いなやつでしょ、こーゆーの」
「……すみません」
関わる穢れを可能な限り、形栖家に押し付けている。葬式などの儀礼のみならず、様々な分野において、その傾向はあった。
関係上は仕方のないこととはいえ、形栖家側の腹の内は、蓮見にはわからない。
「いやいいよ。昔からだしねえ、慣れたものさ」
義兄は「ははは」と笑い、
「それにしても君は、形栖家に対して罪悪感があるっぽいね? 君は如月家なんだから、もっと横柄にしてもいいんだけど? 主家ってやつだよ、胸張らなくちゃ」
「これ以上胸を張って生きたら、みやが懐いてくれなくなる気がします」
「妹は臆病だからねえ。まあでも、『情けは人の為ならず、懼れは己の為ならず』って言うじゃない? 人に情けをかけると巡り巡って自分に良い報いがくるし、人を厭ってばかりいれば何にもならない。これ妹の信条だから、ほっとけばそのうち自分からのそのそ近づいてくるってもんよ」
「そうなんですか?」
「嘘だけど」
「…………。」
「ははははは」
義兄この野郎。
如月家どうこうと言うけれど、これは主家の者への態度ではないだろう。みやは本当にこの有紀と同じ腹から生まれたのか、疑わしくなってくる。
「――さて、おふざけはこのくらいにするよ。本題に入るけど、形栖家でも憑き物筋の実態はよくわかっていないのが現状さ。参ったね」
みやの瞼から、指が離された。目は再び閉じられた。
「憑き物筋ってのはね、継承する文化と気質――言うなればその一族の才能だ。それに手を出すのは破滅の一歩。ていうかさ、なんでか知らないけど、形栖家って昔っから動物好きで殺さないの。生類憐みの令みたいなやつかね?」
「俺に聞かれても」
まあそれはいいんだけどさ、と有紀。
だったら言うなよと蓮見は思う。
「義弟も知っているだろうけど、呪いには『対象』が要る。進む方向を示さなきゃいけない」
それは蓮見も知っている。一つ頷いた。
生物を生贄にした呪法は危険だ。その作り方が残忍なほど、生贄たちの怨念が作り手や関係のない周囲に向いてしまう。明確な方向を示す必要がある。
よって狗神統の家系には、狗神をコントロールする術がある。
それができて初めて、憑き物筋足り得る、とも言える。
「犬はマーキングする生物だから、その辺とっても大事。対象にしるしをつけるんだよ」
ここまでは理解した。蓮見は素直に頷いた。
「だから、しるしが消えればいい」
「どうやって」
「妹の右目、取っちゃえば?」
頷けなかった。
ぴたりと止まって、義兄を見つめる。どういうことかと。
「どういうことかって思ってる? ははは、そうだよね、やりたくないでしょ、君は特に」
「…………。」
「冗談さ。いくらなんでも、そんな単純な話じゃあないよ。……そんなに睨まないでくれよ、我が義弟」
「次におかしなことを言ったら、有紀さんが相手でも怒りますよ」
「はははははは。それは怖いねぇ」
怖いなどと、欠片も思っていないくせに。
蓮見一人が心地の悪い思いをしている空間で、ぶぶぶ、と何かが動く音がした。みやの机に置いていた、蓮見のスマホだ。バイブ機能で微動して、位置がずれていく。
蓮見は立ちあがり、スマホを手に取った。
画面には、
「――みや?」
形栖みや、と。
義兄は怪訝そうな顔で蓮見を見ている。
ひとまず通話ボタンを押して耳に当てながら、布団で眠るみやを見た。目を閉じて冷たくなっている彼女は、蓮見に電話できる状況ではない。
それなら、相手は誰だ。
「はい、如月蓮見です」
『…………。』
相手は名乗らない。耳を澄ますと、息遣いが聞こえる。女性のようだ。ぷつ、ぷつ、と機械的に断続する雑音がある。
「もしもし?」
相手は何も言わない。
「君は誰?」
答えはない。その代わりに、きいんと不快なハウリングが聞こえる。続いて、音楽が流れてきた。
――結婚行進曲。
雑音が酷い通話だけれど、向こうでさらに音割れしている。そこまで性能の良くないマイクから無理な大音量で発された――町内放送のような。
通話を続けながら、失礼とは思いつつ、みやの鞄の中をさっと見た。スマホらしきものはない。続いてみやの布団を捲る。やはりスマホは持っていなかった。
しばらくざあざあとノイズが続いて、数分で切れた。
黒い画面が明ける。ホーム画面で、新着メールの表示が目立っていた。蓮見はメッセージSNSを使わないので、大事な要件だけがメールで送られてくるのだ。
メールアイコンをタップした。
受信一覧の一番上。差出人は『形栖みや』で、タイトルは文字化けしている。
メールを開く。本文を見た。
同じ文字が、画面いっぱいに繰り返されていた。たすけて。たすけて。たすけて。たすけて。たすけて。たすけて。それだけが、画面いっぱいに書かれていた。
「……うわ、やばいねこれ」
有紀はそう言って眉を顰めるけれど、蓮見はむしろ焦りを覚えた。これが彼女からのメールだとしたら、危ない目に遭っているのかもしれない。
何か手掛かりはないかと、途切れない『たすけて』をスクロールで流していく。指で五回ほど画面を擦り、終わりの行までいきついた。
最後の文字だけが違っていた。
『たすけて。たすけて。たすけて。たすけて。はすみさま』
他には、何も書かれていない。
その画面を茫然と見つめる蓮見のすぐ横から、
「あはははははははははははははははははは」
と抑揚のない笑い声がした。何がそんなにおかしいのか、有紀はひたすら嗤う。
「我が義弟、既に好かれてんじゃん。よかったね」
「好かれて……いるのでしょうか?」
「そもそもうちは警戒心つよつよな家系だからさ? こんな時に呼ぶのなんて一番信頼してる人しかいないと思うんだよね~~」
「そう、ですか」
「ちなみに僕ならお嫁ちゃんを呼んじゃう」
お嫁ちゃん。
もうちょっと外見に似合った発言をしてくれないかな。こちらが戸惑うから。
「さて。さっきから聞いてると、妹はもしかして体にはいないのかな」
「状況から言えば、そうでしょう」
「じゃあ迎えに行くしかないんじゃない? 手掛かりは?」
「先ほどの電話で聞こえたものがヒントになりそうですが……。まずは、最初の依頼人に話を聞こうと思います」
伊野上新に。
「そっかそっか。がんばってね。僕はしばらくここに泊まらせてもらうけど、お構いしなくていいから。ははは。ちょっとお茶でも淹れてこよっと」
蓮見は手に持っていたスマホで、母親に電話した。
『伊野上新の電話番号? まあいいでしょう。……深山、リスト取ってきてっ』
数分もすれば、伊野上新の電話番号を入手した。以降の会話の概要はこうだ。
『母体の意識があろうとなかろうと、子供を産めさえすればいいわ。右目くらい抉り取ってしまえば良いでしょう? 大きめのスプーンでも用意しましょうか』
『止めてください』
以上である。蓮見は苛立ちを隠さずに通話を切った。どいつもこいつもろくな発想をしない。
――右目。
汚らしく絡みつく獣の毛を思い出す。
――よりによって、彼女の瞳に寄生するとは。
「……ああ、もう」
低く呻きながら、蓮見は口元に手をやった。その口元が笑みを描いているのが、誰にも気づかれないように。
ふと顔を上げた。ここに観月がいるのを忘れていた。観月は顔を真っ青にして、蓮見から目を逸らした。見てはいけないものを見てしまったと、肌に冷や汗すら浮いている。
ああ、しまった。
「君に怒っているんじゃないよ」
「それはまあ、心当たりはないんで、はい」
「うん。有紀さんの手伝いしてきてくれる?」
「はい」
観月は即座に去った。主人の不機嫌を察している。
蓮見は彼女の手を持ち上げて、頬に当てた。冷たかった。
「君の目を、これ以上奪おうなんてさ。どいつもこいつも嫌になるね」
暗く、嗤った。
「大丈夫。君からはもう何も盗らせない。奪われたものは取り返さないと」
声に出してから、「はは」と自分を嗤った。
なんて利己的なんだろう。
だって蓮見は、如月家らしい正義感で動いているのではない。
彼女の手を、今度は自分の首元に当てた。彼女のひんやりした手の平を、自分の喉に押し付ける。
「起きてよ。俺の首くらい、またいくらでも触っていいから」
まだ傍にいて。まだ愛させて。――もっと呪って。この手で、もっと。
自分たちが今よりも幼かった、夕暮れの日。
彼女が己の絵を焼き捨てた時から。
自分の中の正しさなど、信用できなくなっていた。
伊野上新に電話をしたが、出なかった。そういうこともあるだろうと思いつつ、居ても立ってもいられない蓮見は病院に向かった。
絲倉町に一つの総合病院だ。みやが目を検査した時も、蓮見が定期健診を受ける時も、この病院に世話になっている。
そして今は、伊野上の夫――みやの右目を傷付けた伊野上彰人の入院先でもあった。
男は集中治療室に寝ている。署へ連行される途中で事故に遭い、それから生死の境をさ迷っているようだ。分厚いガラスを一枚挟んだ向こうに、たくさんの管に繋がれていた。口元を覆う人工呼吸器に、最も太いパイプが繋がれていた。人工物で雑然としていて、真っ白なベッドも、どこか機械じみて見える。
一人の女性看護師がついている。彼女の動きに気を留めながら、包帯だらけの男の体を注視する。頬を引っ叩いてでも意識を戻してやりたいけれど、さすがにそれはできない。
部屋の片隅にあるチェストの上には、あの男の持ち物がある。つい先日にみやを殴った、A4サイズ対応でノートパソコンも楽に出し入れできますという感じの、くたびれたビジネスバッグ。持ち手にぶら下げられている忌々しいキーチェーンは大人っぽいシルバーで、マスコットが一つぶら下がっていた。なんという名前だったか。平日朝の七時から八時にかけて放映されている幼児向けの教育番組で、全国の幼児と画面越しにきゃっきゃきゃっきゃと踊って歌っているイメージのキャラクターだ。全体的に白っぽい茶色で、ふさふさの被毛に包まれたミノムシみたいなゆるいフォルム。瞳は安っぽい作りで、白目カバーの中に黒目が入っている、動く目玉だった。
全体的に薄汚い。少し探れば、黄変した接着剤がはみ出していそうだ。
――いい年した男性が持つには、可愛すぎる。
廊下の先から、固い革靴の足音がやってきた。
先日の、制服を着た警官。田中巡査長と山下巡査だ。
ここに蓮見が来ることを、どこからか聞きつけたのだろうか。
「どうもどうも、如月さん家の……」
「蓮見です。その説はお世話になりました」
「いやいや、なんもしてませんで」
看護師が連絡したのかと考えたけれど、おそらく違う。絲倉総合病院は平等の対応を身上とし、警察組織と如月家間で中立を保っている。優先順位が如月家一辺倒の特殊な町内において、最も良識ある機関と言える。ならば、蓮見が見舞いに来ただけのことで、警察に密告もしないだろう。
であれば、相手もどこかで見張っていたか。偶然か。
――どちらでもいい。悪いことをしに来たわけではない。
「で、如月さん。本日はどーいったご用でここに?」
「そちらこそ、この男に何か?」
にこにこ、にこにこ。
笑顔の冷戦である。大人が少年を虐めている図だ。
蓮見は少し考えて、
「あのマスコットをよく見たいのですが、いいですか?」
「関係者ではない人にお見せするわけには」
すっぱり断られた。
「ですよね。妙なことを聞くようですが、この男が手の甲を打ち、事故を起こすまでの間。その後でもいいのですが……車内の臭いなどに異変はありませんでしたか?」
「臭い? いや、特には」
「犬の鳴き声がしたとか」
「いんや、聞いてないなぁ」
「そうですか。では、あの人の体などにも異変はありませんか? 不可解なものとか」
「本職相手によくもまあ取り調べしようと思いますねぇ……」
「ある意味、こっちの本職にもなるんですよね。……見ますか?」
蓮見はスマホを操作して、画面を見せた。写真がある。
画面を見た彼らが、一旦停止した。困惑してはいるが、嫌悪を露わにしない。
映したのは、みやの右目。獣の毛が絡んだ眼球。画像の歪みが激しくて、フィルターを何度も重ねてぼかされたような有様だ。画面の端がぐにゃりと曲がり、かろうじて見える肌の色も青白い。変死体だと言われても納得してしまうだろう。
何枚も撮ったうち、一番よく映っていたのがこれだ。これだけはっきりとした霊障も珍しいけれど、警察の二人には敢えて言わなかった。
「現在の形栖みやです。先日会ったでしょう? 生きてはいますよ」
「……へぇ。どこの病院に? ここですかねぇ? 個室かね?」
「家に」
こともなげに返した蓮見に、「本気かこいつ」といった目が向けられた。田中は常識的な大人だ。これはどう考えても入院するべきだろうと、言い立てずにはいられない。
「すんませんがね、如月さん。これはちゃんと、お医者さんが近いところで面倒を看てもらってた方がいいんじゃないですかね?」
「かかりつけの医者には診せていますよ」
「はあ……」
わかんねぇなあ。
田中は、ぽつりと言った。本心からの言葉のようだ。
それでいい。こんなものは理解できなくてもいい。どうせ警察と如月家は、どうしたって交わらない――と、母親がよく言っていた。
「それで、異変は何も?」
「……見られません」
そうですかと簡単に返して、蓮見は男の方を見た。
「あっ!」
田中の影になっていた山下巡査が、声を上げる。
「なんですか?」
蓮見が訊ねる。おい余計なことを言うんじゃねえぞという田中巡査長の視線にも気づかず、山下巡査は思い出す。
「事故る前に、なんか白い布みたいなものがかかって前が見えなくなったって。追突したトラックの運転手が、」
「おまっ! ばっっっっきゃろ!」
山下の頭に拳が落とされた。ごすん。と鈍い音がした。言ってはいけなかった情報だったのだろうけれど、蓮見は容赦しない。
「トラックを運転していた時、運転手の目の前に白い布が被さり、伊野上彰人を乗せていたパトカーに追突したと?」
「……まあ、はい」
「その白い布は見つかりましたか?」
「いや。不思議なことになーーーーんも」
開き直った田中が、溜息半分に答えた。
「どういう布だったかは聞いていますか? 肌ざわりとか、臭いとか」
「それはこっちで調べてるんでね。取り調べごっこはもういいでしょ」
田中が、もう我慢ならないと切り捨てる。
蓮見は緊急治療室を一瞥した。
「そうですね、もう十分です。それでは、俺はこれで。いつもご苦労様です」
「いえいえ、お気をつけて」
「……ああそうだ、山下巡査と言いましたっけ」
「っ! は、はい」
山下は男子高校生に呼ばれて、姿勢を正す。情けないったらありゃしねえと言いたげな田中に肘で突かれている。
「もし何か『変わったこと』がありましたら、如月家の方にお声がけくださいね」




