何泣いてんの?
お前さァ、ちぃっと危ねぇことに興味あんだろ?
主人公の噛ませ犬なチンピラ風にオラつきながら、観月さんが言った。一緒にコンビニでアイス買ってこよう、君は未成年で危ないけど成人が一緒だから平気だよね。という意味らしいので、僕は笑顔で頷いた。
けど、観月さんの家を出てから三十分。僕たちは町内をうろちょろと徘徊している。グレーの上下スウェットな観月さんに任せて歩いていたけど、さすがの僕も訊ねずにはいられない。さっき普通にコンビニの前通り過ぎたし。
「あの……コンビニ……」
「あー? まだいいだろ」
何がいいんだろう。コンビニに適正時間とかあるの?
「ぶっちゃけ坊ちゃんから外に出てろって言われてただけなんだよなぁ」
「なんで?」
本当になんで? という疑問が顔に出ていたのか、観月さんは面倒くさがらずに説明してくれる。見た目が激しいだけで、根は良い人みたいだ。
「一応さあ、なんつーの? お前だって巻き込まれたやつだろ? なんか変なのがこっちに来ないとは限らないってんで、外出てろって」
「……はあ。外なら安全なんですか?」
「いんや?」
「えっ」
安全じゃないの? ならなんで外なの?
「考えてみろ。ホラー映画なんかほぼ室内だろ。こたつの中とか、風呂場とかよ。玄関に立たれてみ? 外出れねえじゃん。鍵かけてたってどうにもなんねーし、あんなんさァ、密室殺人と変わんねーじゃん?」
「うううん……?」
独特の感性だな。
観月さんはポケットに手を突っ込んで、猫背でチャラチャラと周囲を威嚇しながら歩いている。すれ違ったサラリーマンがこっちを心配そうに見ていたけど、僕が会釈してやりすごした。観月さん本人は気にしてもいないようだった。
「よーするにさ、逃げ場の確保? っつーか、……まァ……。外には外のバケモンもいるが、今回は屋内にいる方が無理だっつー、坊ちゃんのご判断なワケだ」
幸いなことに、今日は満月だし。観月さんはそう言って、空を見上げた。
つられて僕も見てみると、頭上には見事な満月があった。空にぺいっと張り付きながら、こっちを見下ろしている。ここは空気が澄んでいて、東都よりは綺麗に見える。と言いたいところだけど、正直なことを言うと、あんまり変わらなかった。
観月さんは、満月が幸いだと言った。何か意味があるんだろうけど、詳しいことを聞こうと思わなかった。答えてくれるとも思えない。
「曇ってたらダメなんですかね?」
「ノらねぇな。まあ今日は坊ちゃんがちょっとガチめの晴天祈願してたんで、しばらくはこうだろ」
ノるとかあんの? ちょっとガチめの晴天祈願とは?
僕は「そうなんですか」と適当に返事をして、彼についてただ歩く。
彼らと出会ってから日も経っていないのに、非日常的な単語を当然のように受け入れている自分がいる。
と。
足を止めた。
何も悲しくなんてないのに、両目からぼろりと涙があふれた。
「んあ?」
観月さんがびっくりしてこっちを見る。僕は目尻を拭うけど、涙は全然止まらない。
「何泣いてんの?」
「……わかんないです」
なんでだろう。愛理の葬式でも泣けなかったのに、どうしてこんな何でもないお散歩で急に泣き出してしまったんだろう。
『まあ、高校生だしね。受験あったしね。ちょっと大人になっただけさ』
記憶の中の愛理が胸を張る。
僕はひく、としゃくり上げて、もう一度、
「わかんないです」




