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自業自得だよ

 蓮見は心置きなく学校生活に勤しんでいた。

 窓際の席で頬杖をつき、ぼうっと外を見ていたけれど、どすんと重たい音がして微かに揺れた。視線を左にずらすと、机に男子生徒の尻が乗っている。

 如月蓮見の机に腰掛ける輩は、一人しかいない。

 蓮見は何事もなかったようについっと視線を外に戻して、なんとなく髪を弄る。


「何してんの?」


 一度は見なかったことにされた男子生徒が、気にした様子もなく尋ねてきた。


「髪伸びてきたなって」

「んあー? そういや、前はもっと長かったな。項で一本結びできてたじゃん」

「そうだね」

「また伸ばすん?」

「そうだね。髪はある程度伸ばさないと、家がうるさいし」

「じゃ、なんで切ったんだよ」

「うーん、」


 ややあって、


「愛のため?」

「うっざ」


 友人は真顔で罵倒した。


「いや、それがあながち間違いでもなくてね」

「すげえな、ウザさに拍車がかかったわ」


 どこまでいくんだよお前は。と褒められて、蓮見は「ははは」と笑った。


「あの子って、お前の気持ち? 知ってんの?」

「知ってるからこうなったんだよ」

「よくわかんね」


 解らないように言っているのだから、簡単に解られても堪らない。

 蓮見はこの友人に惚気話を乱発することはあるけれど、話していないことだっていくらでもある。如月家の云々とか、形栖家のあれそれとか、霊的なあれこれとか。

 許嫁である形栖みやには、


『好きだよ、みや』


 なんて率直な言葉を伝えてあるとか。その結果、あれだけ清楚な彼女が大胆にも押し倒してくれて、押し込めていた熱烈な想いを真っ向からぶつけてくれて嬉しかったとか。その時に付けてくれた首周りの痣が消えてしまって寂しいとか。

 様々な方向にぶっ飛んでいて、それでいて繊細な思い出は、蓮見の中に大切にしまいこんである。


 スマートフォンが震えた。ポケットから取り出して、画面を見る。


「おっ、どした?」

「噂をすれば」


 言いながら、蓮見は通話ボタンをタップして、受話口を耳に当てた。

 端末越しの声は震えている。普段話したがらない彼女がこうして電話をかけてきたということは、事態は深刻なのだろう――彼女の中では。


『助けて、いただきたくて……っ』

「助ける? 何を?」

『今日、奏多さんが学校に来ていないんです。そして、……それで、奏多さんのスマホが地下通路に落ちていたみたいなんです。登校途中で消えてしまったとしか考えられなくてっ』


 蓮見は冷めた思考で、愛する彼女の声を聞いている。

 悲鳴にも等しい救援要請。これが彼女の精一杯だ。友人の危機と知っても即座に身一つで行動せず、こうして適切な相手に連絡を寄こした。最善の方法だろうと、蓮見も思う。

 そしてその上で、


『蓮見さまなら、なんとか、何か、できるかと』


 蓮見は木沢奏多を助けたいとは思わなかった。


「自業自得だよ」


 その冷たい声に、教室中が静まった。

 休憩時間になるたびに騒がしい生徒たちが、一声で固まってしまう。

 誰だ今の。うそ如月くん? 困惑と好奇の視線が集まる中、蓮見は窓の外を見る。校門に見知った顔を見つけた。ここには決して近寄りたがらないはずの、蓮見もよく知る彼女だった。耳にスマートフォンを当てて、心細そうにこの校舎を見上げている。


「しょうがないよ。あの場所をああしたのは、木沢奏多なんだから」


 蓮見は言いながら、席を立った。

 友人と「行ってくる」「行ってら」と目で語り、クラス中の注目を浴びたまま、ゆったりと廊下に出る。


「自分とみやをお坊さんにお祓いしてもらおうって言ってたけど、あの館自体をどうにかするって発想にならないのは不自然だった。あれだけみやを大事に想ってくれているなら、みやのお祓いを俺が断った時に、いっそ根本から絶とうとしてもいいはずだ。憑かれた原因があの館ってことは明白なんだから」


 予鈴が鳴り始める。


「お坊さんに、あの場所自体に手を入れられたら困る理由があるんじゃないかって、俺は思った」


 蓮見の左右を、四、五人の男子生徒が必死の形相で駆け抜けていった。三時限目が移動授業であることを忘れていたらしい。


「木沢奏多は、みやを連れて行く前にも何度か洋館に足を運んでいる。夏休み中にも何回か」


 電話の向こうで彼女が『ぇ』と戸惑っても、蓮見は動じない。


「そこで何を行っていたのかはわからないけど、自ら巻き込まれに行ってるんだから救いようがないよ」

『でも、』

「木沢奏多はあの洋館に何らかの目的があって、そこにみやを連れて行った。この意味が解るよね?」

『…………。』


 電話の向こうは沈黙した。蓮見は悠々と廊下を歩き、玄関に向かう。

 途中で出会った教師らは何かを言おうと口を開き、けれど何も言わなかった。

 無言が続く。みやが迷っている様子が手に取るようにわかる。そうして十秒ほどが経った。


『わかりました。無理を言ってごめんなさい』


 みやがそう言うことも、考えることも、蓮見は予想していた。

 だから彼女に言い付ける。


「ダメだよ」


 穏やかに、子供によくよく言い含める母親のように窘める。


「行っちゃダメ」


 蓮見は己でも自覚しているが、意地が悪い。

 彼女が一度反故にしてしまった忠告を、同じ声色でなぞった。

 やはり屋敷に行くことを考えていた彼女は、微かに戸惑いを見せた。彼女の中には、如月蓮見への恐怖も、如月家と形栖家の絶対的な上下関係も染み付いているのだ。

 しかし返答は速かった。彼女は蓮見が思う以上に強かになったようだ。


『蓮見さまは、私を止められないはずです。私の忌み名を二度と使わないと、大事な髪を切ってまで、誓われたのですから』


 蓮見は玄関で靴を履き替えて、外に出た。


「俺を信じてくれて嬉しいよ。だけど俺が約束を破ることだってあるんじゃない?」

『如月家は、悪いことはしません。だから約束も破ったりしません』

「甘いね。『正しいと思えば約束すら破る』のが如月家だよ」


 ――それに。

 蓮見は自嘲して、


「それに俺はもう何度も、君に悪いことをしている」


 彼女がいる校門まで歩いていく。

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