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第6章 翼

「こんなにここへ来てて大丈夫なのか?」

 ゲームセンターに着くとおじさんにそう言われた。大丈夫も何もここが俺の居場所だ。

「髪の毛は伸びてきたし、まだ16時じゃないか。っておーい聞いてるのかー?」

 俺は近くにあった筐体(きょうたい)に無言で600円を置き、奥の部屋へと向かった。


 見慣れた景色、歩き慣れた道、仲の良い仲間。ああ、ここが落ち着く。

「コータ ! BBBしようよ!」

 今日はジャガーズの公式戦が無く、練習日だった。とはいえ、何か明確な練習をしている訳でもなく、各々好きな事をしていた。ボーッとしているとノノから話しかけられた。

「分かった! 負けないぞ!」

 野球場から野球場へと景色が変わる。ジャガースタジアムでやればいいのに。試合経験を積んだ俺は総合評価Aになっていた。一方で、ノノは総合評価Dだ。差異があるのでハンデを付ける。俺とノノは同じ野手同士なので、CPU相手にどっちの方が良い成績を残したかで勝敗を決める。ハンデとしては、俺は総合評価A、ノノは総合評価Dの投手を相手にする。そうこうしている間にノノは2球目をセンター前ヒットにした。ドヤ顔を見せるノノ。

 総合評価Aの投手は160キロの球を投げ、キレッキレの変化球を何種類も投げる。正直そんな球打てるわけないと思いつつも、真ん中低めのフォークボールを上手く(とら)えてレフトポール際に運んだ。ホームランだ。

「もう! なんでそんなに打てるの? もう一勝負!」

 再戦をしようとした時に声をかけられる。

「おいコータ ! お前のお客さんが来てるぞ」

 声の主はサボテンだった。

「お客さん?」

「入団テストの受験者だよ」

 ジャガーズが強くなってからというもの、毎日何人かのプレイヤーが入団テストを受けに来る。そのため、”お客さん”とわざわざ言う程の事はない。そもそも、”お前の”って何だ?

「それがどうかしたか?」

「まあすぐに分かるよ。ほら! こっちおいで!」

 サボテンがそう言うと、小学校高学年ぐらいの少年が現れた。どこかで見た事のある気がする。

「ぼ、僕の名前は翼と言います」

 ああ、思い出した。俺のデビュー戦の時にバックネット裏に居た少年だ。

「君、ジャガーズが初めて勝った試合見てたよね?」

「はい! その試合でコータさんのファンになったんです!」

 俺のファン!? サボテンを見るとニヤニヤしていた。”お前のお客さん”とはそういう事だったのか。嬉しさで俺もニヤニヤしてしまう。

「違うよ翼くん。コータ だよ!」

「いやもうそのネタは良いから」

「分かりました! コータ さん!」

「ノリいいなぁ」

 ノノのツッコミにノリよく返す翼くん。ジャガーズの一員となれば楽しくなりそうだ。


 キャプテンが入団テストの説明をする。翼くんは野手のようだ。懸命に聞いていた。

 入団テストの準備をしている間に翼くんに質問をする。

「そういや翼くんは総合評価どれくらいなの?」

「えーっと……まだFなんです」

 想像より低く、ちょっと心配をしてしまう。

「うーん、厳しい戦いになるかもしれないよ」

 今やプロ野球のレベルは上がり、入団テストで使われるCPUは総合評価Dとなっている。

「が、頑張ります!」


 入団テストが始まった。結果は想像通りだった。ストレートは空振り、変化球には手が出ない。最後の10球目のストレートを何とかバットに当てたものの、弱々しいゴロが投手の前に転がっただけだった。それでも、一生懸命な翼くんの姿から野球への想いが伝わってきた。

「申し訳ないがジャガーズへの入団は認められないな」

 キャプテンがそう告げる。残念だが致し方ない。

「また明日も受けに来て良いですか?」

 予想だにしない一言に皆驚く。入団テストに落ちたプレイヤーが再び受けに来る事はあまりない。しかも、落ちた次の日にまた来るなんて前代未聞だ。みんな口を(つぐ)んでいる。俺はそんな真っ直ぐなプレイヤーがいてもいいと思った。

「良いんじゃないか? 明日も待ってるよ」

 俺の一言で笑顔になるのは翼くんだけで、他の皆は険しい顔になった。


 翼くんが帰った後に緊急ミーティングが行われた。

「コータ、お前には世話になっているが言わせてくれ。正直翼くんに構っている暇はない」

 キャプテンが厳しい口調でそう言った。

「ジャガーズは強くなったと言ってもまだまだ余裕がある訳では無い。今は首位にいるが、またいつコアラズに順位を抜かされてもおかしくない立ち位置だ。分かっているよな?」

「おいおい、キャプテンがそんなに冷たい事言うとは思わなかったよ」

 俺はキャプテンに言い返した。

「でもでも! 総合評価Fだと仮に入団できても戦力になるかは分からないよ……」

 ノノが申し訳なさそうに言う。

「毎日のように入団テストを受けに来られたら、その準備で練習時間が減ってしまうんじゃないか」

 サボテンも苦言を呈す。皆それぞれ反対と言った意見ばかりだった。

「皆の言いたい事は分かる。ただ、翼くんは俺達の持っていないものを持っているように感じた。”野球へのひたむきさ”だ」

 皆は黙って真剣な顔になった。

「今日の練習を振り返ってみろ。BBBで遊んでいたぐらいじゃないか。翼くんが入ればまた新しい風が吹く」

 皆に言った事は確かに思った事だ。弱かった頃からの習慣なのか、皆イマイチ練習に身が入っていない。これではあまり上手くなれない。

 だが、それ以上に俺は翼くんに親近感を持っていた。俺は昔から野球が上手いはずなのに、中々バットにボールが当たらない翼くんが自分の事のように感じたのだ。

「分かった。翼くんの世話は君が責任をもってしてくれ。ただ、彼はまだジャガーズの一員ではない。くれぐれも情を入れすぎるなよ」

「分かったよ。キャプテン」


 次の日、翼くんはやはり来た。そして、またダメだった。それでも、次の日もまた次の日も翼くんは真剣に野球と向き合っていた。俺は見ているだけでなく、翼くんに指導をするようになった。バットの振り方を教えたり、俺が投手となって打撃を見たりするようになった。

「次はティーバッティングをしようか」

「ごめんなさい! そろそろ帰る時間なのでまた明日にお願いします」

「そっか、またね!」

 翼くんは必ず俺より遅く来て、必ず俺より早く帰っていく。門限が厳しいお家なんだろうか。いや、あまり中身の事は気にしないでおこう。ノノの件は未だに割とトラウマだ。


 翼くんと練習をするようになってからしばらくした頃、俺は学校へ行くのをやめようかと思い始めていた。役に立たない勉強をしているぐらいなら、翼くんにもっと野球を教えてあげたい。いや、早く行った所で翼くんは来ないか。それなら自分の腕を磨くための練習をしようか。そう考えながらつまらない学校から帰ろうとすると、目障りなさくらに行く手を(はば)まれた。

「ねえ! また野球をしようよ」

「野球なら毎日してるさ」

「ゲームじゃなくて本物の野球だよ!」

 BBEは偽物だと言うのか……。

「みんな心配してるよ。どうしちゃったんだろうって」

 どうでもいい事だ。

坂谷(さかや)くんも外野が減って寂しいって」

「俺には関係ない。そういや、この前も坂谷の話をしてたよな? お前、坂谷の事が好きなの?」

 さくらは怒ったように顔を赤くした。

「違っ……私は! 耕太 くんの事が……」

 歯切れの悪いさくらにイライラする。

「俺の事が何なんだよ!!」

「もう……知らない!」

 さくらは泣きながらどこかへ走り去ってしまった。何なんだよあいつ。


 いつもより機嫌が悪い俺の所へ、いつもより遅く翼くんはやってきた。

「今日も始めるか」

「……はい」

 翼くんはいつの間にか打撃力がEまで上がっていた。そして、その日の翼くんは冴えていた。初めてヒットを打ったのだ。合格はできなかったけど。

「よく打ったな!」

「これもコータ さんのお陰です」

「そういや、そろそろ敬語やめてもいいよ? オンラインゲームではタメ口で話すのが普通なんだよ」

 そう言っても翼くんは首を横に振るだけだった。かわいい奴め。


 それからしばらく先の事、翼くんはヒットを二本打てるまでに成長した。もう少しで合格できるんじゃないか? 努力する清々しさのようなものを翼くんからもらっていた。

 そして、時は来た。9球目までに二本のヒットを打っていた翼くん。10球目のストレートを綺麗にセンター前ヒット! ようこそジャガーズへ!

 センターから走って翼くんの元へ行ったが、辿(たど)り着く前に皆から胴上げをされていた。

「うあああ~」

 手荒い祝福を受けていた。何やかんやで皆も応援していたのだ。

 落ち着いた所で翼くんに話しかける。

「おめでとう翼くん!」

「ねえコータ くん。努力するって楽しいでしょ?」

 いきなり敬語をやめた翼くんに困惑する。

「昔を思い出してみてよ。これぐらいだった時の事を」

 俺が翼くんぐらいだった時の事……? 遠い記憶を呼び戻してみる。俺は小学校低学年で少年野球チームに入った。その時の俺はとても下手だった。バットにボールは当たらない。守備もダメダメ。それでも、小学校高学年の時に初めて試合でヒットを打った。とても嬉しかった。チームメイトから祝福された。

 そうか、練習しても野球が上手くならないと思っていたけど、そうじゃなかった。たまにヒットを打てるぐらいには上手くなっていた。平凡なフライを取れるぐらいには上手くなっていた。全く成長してない訳では無かったんだ。

「翼くん……」

 声をかけようとしたら翼くんはログアウトしてしまった。しかし、どうして翼くんはそれを知っていたんだろう。

「あっ」

 ここでこれまでの事が繋がる。ゲームセンターに二台ある装置。俺より必ず遅く来て、必ず早く帰る。歯切れの悪さ。ああ、そういう事だったのか。

「ごめん。今日はもうログアウトするよ」

 皆にそう言い、俺は現実へ戻った。



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