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第2章 チュートリアルのお姉さん

「ベースボールアースへようこそ」

「うわぁ!!」

 いきなり目の前に女性が現れ驚く。俺はホテルのロビーのような所に立っていた。ええっと何で俺はここに居るんだ?

『BBEに入ったら最初はチュートリアルがある。かわいいお姉さんが説明してくれるから楽しみにしてろ』

 おじさんの言葉を思い出す。そうか、BBEへ入るのに成功したって事か。

『実はそのお姉さんに会いたくて最初は何度もデータをリセットしたもんだよ』

 そこは思い出さなくていい。あまりにもリアルな女性や室内に驚く。手足を少し動かしてみる。何も違和感がない。最近のゲームってすごいんだな。

「ベースボールアースとは、オンライン上で世界中の人々と野球をする事ができるVRゲームです。あなたのご参加、心より歓迎致します」

 女性はおじさんと同じような事を言った。

「これからチュートリアルを始めます。まず初めにプレイヤー名を決めてください」

 フォンッという音と共に、目の前にフチなしのタブレットのようなものが現れた。宙に浮いている。思わず後ろに回り込むが、誰かが持っている訳でも、支柱があって床から支えられている訳でもない。

「すげえ」

 思わず言ってしまうが女性の反応はない。そういや、この女性改め、おじさん曰く"お姉さん"をよく見ていなかった。まじまじと眺めてみると確かに美人というより他はなかった。腰まで伸びたこげ茶の髪に、たれ目の相性は抜群で、優しそうな顔つきをしていた。歳は俺より少し上で20歳過ぎといった所か。大学生のアルバイトか? こんな時間までお疲れ様です。

 お姉さんを見つめていたが名前を決めなくてはいけない。何にしようか。野球一筋だった俺はこういったゲームを全然してこなかった。そのため、イマイチどう名前を付けて良いのかが分からない。お姉さんを待たせるのも申し訳ないので早く決めてしまおう。うーん、まあ本名でいいか。でもちょっと(ひね)るか。

「名前は”コータ”でお願いします」

「モニターに名前を入力してください」

 お姉さんは表情を変えずにそう言った。そうだった、何かタブレットみたいなやつが俺の前に浮かんでいたんだった。モニターを見てみるとアルファベットが並んでおり、ローマ字入力で名前を打ち込めるようになっていた。宙に浮かんでいるので本当に(さわ)れるのか、恐る恐るモニターの”K”に()れてみる。するとピコンッという音が鳴り、ホログラムのように目の前に”K”が浮かび上がった。

「すげえ」

 また言ってしまう。きっと初めてテレビを見た人は同じ事を言っただろう。「絵が動いたぞ」と思いながら。こっちは「字が浮かんだぞ」と思った。

 続いて残りの文字を勢いよく打ち込み、決定ボタンを押した。

「コータ さんですね? よろしくお願いします。続いてアバターを選択してください」

 アバターってなんだ? お姉さんは誰もが当たり前に知っているような口ぶりだったが俺は知らない。よく分からないのでお姉さんに聞いてみるしかない。

「すみません。アバターって何ですか?」

 すごく初歩的な質問だろう。こんな質問をお姉さんにした人は居ないかもしれない。笑われたらどうしようか。少し恥ずかしくなった。しかし、お姉さんはまたしても表情一つ変えずに説明してくれた。

「ベースボールアース内であなたの分身となるものです。アバターの姿でベースボールアース内を行動する事となります。そのため、あまりおかしな格好は選ばない事をおすすめします」

 なるほど、すごろくで言う駒のようなものか。それよりは自由度が高そうだが。ゲーム内での自分自身となれば真剣に選ばなければならない。

 モニターを見るとアバター選択モードと表示されていた。まずは髪型から決めるようだ。坊主か短髪か長髪を選べた。ロン毛はまず無いな。野球部員には慣れない。じゃあ坊主かと言われると、ゲーム内でまでなりたくもない。消去法で短髪を選ぶ。短髪を選ぶと部位ごとに長さの調整画面へと変わった。ツーブロックや襟足(えりあし)長めなど好みによって変えられるという事だろうか。別にこだわりは無いし適当な長さに揃えておくか。

 髪型を決めるとと次は眉毛だった。野球部員は眉毛を剃る奴が多い。そこぐらいしかオシャレのできる体の部位が無いからだ。しかし、眉毛を剃っているのがコーチにバレると怒られる。怒られるか怒られないかの瀬戸際をチームメイト達はせめぎ合っているが、正直バカバカしい。俺は特に剃っていない。だから普通のやつを選ぶ。

 そろそろ終わっても良いんじゃないか? そんな俺の想いは虚しくどんどん次の体の部位へと変わっていく。眉毛の次は目だった。つり目か普通かたれ目か……。正直どうでもいいよ! こっちは早く野球がしたいだけなんだが。

 ふとモニターに目をやると、右下の方に”ランダム”というボタンがあった。全部適当に決めてくれるのだろうか。もうこれでいいや。そう思い、俺はランダムボタンを押した。

 ボンッと音が鳴った。何だか少し体付きも変わったような気がする。部屋の左の方に姿見があったのでそこで全身を確認してみる。何かイケメンだ。短髪で二重の目。身長も本当の自分より10cm程高く感じる。良いんじゃないか? これで。

「アバターが決まりましたら、ゲームのシステムを説明します」

 お姉さんは次々説明をしていく。

「プレイヤーにはそれぞれパラメータがあります。投手と野手によって変わりますが……コータ さんは事前に野手が選択されていますので、野手の説明を致します」

 野球は野手だけではできない。ボールを投げる人、つまり投手がいて初めて野球が成立する。BBEに入る前におじさんは”打撃力””走力””守備力”の三つの説明をしてくれたが、あれは野手を事前に選んでくれていたから野手だけを説明してくれたのだろうか。あれ? おじさんに俺は野手だって言ってたっけ?

 少し疑問に思ったがお姉さんの説明が続くので、考えるのをやめた。

「野手とは投手以外のポジションを守る人の事を指します。打撃・走塁・守備がメインの仕事です。もっと詳しく知りたい方はチュートリアル後にヘルプを参照してください。ヘルプは口で”ヘルプ”とおっしゃるとモニターが現れます。他にも、野球のルールからベースボールアースのシステムまでヘルプで確認する事ができます」

 困った時は”ヘルプ”と言えばいいのか、覚えておこう。

「先程申しあげたメインの仕事、打撃・走塁・守備に対して、それぞれパラメータがあります。細かく数値化されていますが、それに応じてG〜Sの評価がされます。さらに、その三つの総合評価もG〜Sで評価されます。最初は総合評価Gからのスタートですが、総合評価Sを目指して頑張ってください」

 ごめんお姉さん。実は俺もう総合評価Cなんだ。

「各パラメータは装飾品を装備したり、経験値を積んだりする事によって上がります。装飾品はベースボールアース内でのイベントで手に入ったり、ベースボールアース専用通貨B(ベース)によって購入する事ができます。総合評価が上がりやすい装飾品ほど高価となっているのでご注意ください」

 まあ想像の範囲内だな。

「そして経験値ですが、これは実際に野球をする事によって貯まります。プレイヤー同士で試合をしても貯まりますが、まずはベースボールバトルで経験値を積んでいくのが良いでしょう」

 ん? ベースボールバトル?

「ベースボールバトルとは1対1で行われる1打席勝負です。投手野手共に同じ総合評価ならば、ヒットを打てば野手の勝ちです。投手以外のポジションの守備は、投手と同じ総合評価のCPUがしてくれます」

 また分からない言葉が出てきた。CPUってなんだろう。しかし、お姉さんの説明は続く。

「もしも総合評価に差異があるならば、低い方にハンデがつきます。例えば、野手の方が低い場合、ヒットの他に外野フライでも勝利、といった風になります。なお、ハンデの有り無しはプレイヤーによって選ぶ事ができます」

 まあ俺の方が低い事はとりあえず無さそうかな。総合評価Cだし。

「もしもベースボールバトルの相手が自分と同じ投手同士野手同士だった場合はCPUを相手に戦ってもらいます。その時の成績によって勝ち負けが決まります。この時のみ、引き分けが起きる可能性があります。また、総合評価の差異でのハンデはここでもあります」

 いや、だからCPUってなんだ? お姉さんにまた質問しようかと思ったが、不意に思い出す。そうだヘルプがあるじゃないか。チュートリアルが終わったら早速使ってみよう。

「ベースボールバトルに勝利すると経験値とBをもらうことができます。勝利したプレイヤーは多め、敗北したプレイヤーにも少し手に入ります。総合評価に差異があろうとも、どんどんベースボールバトルをしていきましょう」

 なるほどな。お姉さんの分かりやすい説明(CPUを除く)に感心する。まだ出来たてのゲームだからアルバイト歴は浅いだろうにすごいなぁ。

「では早速ベースボールバトルをしてみましょう」

 お姉さんがそう言うと、ファンッという音と共に今までのホテルのロビーから野球場へと景色が一変した。

「うわぁ! 何をどうしたんですか!? お姉さん魔女なの!?」

「コータ さんは野手なので私が投手となります。バッターボックスへ入ってください」

 驚き思わず言ってしまった質問をお姉さんは無視する形で説明を続けた。お姉さん時々俺の言葉に無反応なんだよなぁ。仕事だしあまり感情移入したらいけないのだろうか。

 俺は右バッターボックスへと歩いて進む。お姉さんはそういやピッチャーマウンドに立っていた。俺が投手ならお姉さんは野手役をしてくれたのだろうか。

 そういやバットがない。まさか始めたばかりだから最初は手でボールを打てとでも言うのか? と思ったのも束の間、足元にバットが現れた。お姉さんもいつの間にか左手にはグローブ、右手にはボールを持っている。俺は力強くバットを構える。

「それでは投げますよ」

 20歳過ぎの女性としては珍しく、綺麗なフォームでボールを投げてきた。しかし、ボールはほぼど真ん中に来そうだった。

「もらった」

 そう呟き俺はバットを振る。ブゥン!! バットは虚しく空を切る。タイミングが早すぎた。ボールはたった今、俺の横を通り過ぎて行った。あまりにも綺麗なフォームだったのでかなりの豪速球を覚悟したが、100キロ程しか出ていないようだ。チュートリアルだから当たり前か。しかし、いつもの”素振り”よりいい音がしたな。

「少しタイミングが早いようです。しっかりボールを見てバットを振ってください」

 言われなくても分かってるよ。そう思いながらもう一度バットを構える。

「では、投げます」

 そう宣言してからお姉さんはボールを投げた。またど真ん中だ。次は少しタメを作って……振る!


 カキーーーーーン


 いい音が鳴りボールはぐんぐん伸びていく。綺麗な弧を描いて飛んでいく。そして、レフトスタンドへと吸い込まれていった。え? 俺ホームラン打ったの? 生まれて初めて打っちゃったの? やったぁぁぁぁぁぁ!!

「お姉さん見た今の! ホームランだよホームラン! 俺生まれて初めてホームラン打ったよ!」

「結果はホームランです。コータ さんの勝ちです。おめでとうございます。これでチュートリアルを終わりにします」

 お姉さんがそう言うと、野球場からホテルのロビーへと戻ってきた。あれ? 反応冷たくない? 俺生まれて初めてホームランを打ったんだけど? 普通ならもっと一緒に喜んでくれるよね? そもそも他のプレイヤーは総合評価Gからスタートって事はチュートリアルでホームランを打つ人なんてそうそう居ないよね? おかしいよね?

「あの……俺……ホームラン…………」

 弱々しくお姉さんに声を掛ける。しかし、応えない。どうして?

「ささやかではありますが、ベースボールアースの始まりを記念して1,000Bをプレゼント致します。大事に使ってくださいね」

 いや、お金より今はホームラン……。

「私はいつでもここに居ますので、チュートリアルをもう一度聞きたくなったらいつでもお越しください。それでは良いベースボールライフを」

 そう言いお姉さんは一礼した。その後は微動だにしない。

 いつでもここに居るって事は住み込みなのか? それってどういう……あっ。

 ここでようやく気付く。そっか、お姉さんは人間では無いんだ。ゲームの中にしか居ない人なんだ。俺が驚いた時も表情変えなかったし、喜びを分かち合いたい時にも無視された。そういう機能は付いていないんだ。

 初めてホームランを打ったというのに、何だか気分は晴れなかった。こんなお姉さんに会いたがるとはおじさんは変わっている。というか、いつでもここに来たら会えるなら、おじさんデータをリセットする必要ないじゃん。全く、変わってるよ。

 そう思いながら俺はホテルのロビーから外へ出た。

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