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第1章 ゲームセンターのおじさん

「いらっしゃいませ」

 いきなり声をかけられて驚く。ゲームセンターって入ったら話しかけられるシステムだったっけ? もしかして隣のお店に入ってしまったのかと辺りを見回したが、一昔前に流行った格闘ゲームの筐体(きょうたい)が置いてあるので、どうやら入る店を間違えたわけではなさそうだ。

「ごめんごめん。久々にお客さんが来たから嬉しくてつい」

 目の前には白髪混じりのメガネをかけた優しそうなおじさんが立っていた。

「いえ、大丈夫です」

「部活帰りかい?」

「はい。まあ」

「その坊主頭に大きなエナメルバッグ……君はズバリ野球部員だね?」

「誰でも分かると思いますが」

 妙におじさんのテンションが高い。相手をするのが疲れそうだ。そんなにお客さん来てないのかこの店。もう帰ろうかな。

「何だか元気ないね」

 半分はおじさんのせいだけど。

「もしかしてエラーでもしたかい?」

「……それ以前の問題です」

「それ以前と言うと?」

「練習しても野球が上手くならないんです」

 最近ずっと考えていた事なので、初対面のおじさんにポロッと本当の事を言ってしまった。

「それで気晴らしにでもなるかなと思いここへ来ました」

「なるほど、そういう事ね。それなら君にピッタリのゲームがあるよ」

「はぁ」

「最新のVRゲームを導入したんだ! 結構したんだ、これが」

 おじさんは指でお金のマークを作ってみせる。店先にあった張り紙のことだろうか。

「入口に貼ってあったあれですか?」

「そうそう! それだよ! いやぁ張り紙って意外と効果あるんだねぇ」

「それで、俺にピッタリというのは?」

「実はそのゲーム、野球VRなんだ」


 野球VRという言葉に興味を引かれた俺は、おじさんに店の奥の方へ案内してもらった。古いアーケードゲームの間をすり抜け店の隅まで来た。何やら怪しげな扉がある。この奥に野球VRがあるのだろうか。

「さあ見てくれ」

 おじさんはおもむろに扉を開けた。すると、10畳ほどのスペースに大きめのイスが二つ置かれていた。え? これだけ? 想像とは裏腹にモデルルームのようなスッキリした部屋があるだけであった。モデルルームのイスにしては肘掛けやら頭を置く辺りやらがやけにゴチャゴチャしているものの、とても野球ができる場所とは思えない。

「聞いてくれよ。VRの世界に入り込むためには周りが気になってはいけないと思ってさ、この部屋作ったんだ。元々は1つのフロアだったんだけど壁まで作って。いやぁこれも金かかったのよ」

「おじさんの経費の話は良いですからゲームの事教えてくださいよ。野球ができるようにはとても見えませんが」

 おじさんはニヤりと笑った。

「そう言うと思ったよ。君の前にも一人見に来た子が居たけど、同じ事言ってたな。きっと驚くに違いない」

 勿体(もったい)ぶった言い方をされ、少しムッとする。

御託(ごたく)はもういいですから早くゲームをさせてください」

「まあまずは説明を聞いてくれ。これはベースボールアースという名前の野球VRだ。通称BBE」

 少し疑問が浮かぶ。

「何で”アース”なのに”A”じゃ無いんですか?」

 おじさんは呆れた顔をする。

「お前英語苦手だろ。授業中、眠いだろうけど少しは寝ずに勉強しろよな。アースの(つづ)りはEarthだ」

 おじさんに指摘され少し複雑な気持ちになる。

「次に進むぞ? ゲーム内のプレイヤーは皆これの事を”BBE”と呼んでいる。覚えておけよ」

「はい」

「BBEを始めるにはまずこのイスに座り、右の肘掛けに付いているスイッチを押すんだ。すると自動的に身体がシートに包まれる。顔の付近にゴーグルが降りてきたら自分で丁度良い位置に固定してくれ」

 そこはアナログなのか。

「ゴーグルの位置は自動じゃ無いんですね」

 少し笑ってしまう。

「まだ出来たてのゲームだからしょうがない。(じき)にそこも自動化するさ。次にゴーグルを付け、自分の都合良い位置に固定できたらBBEの世界が見えるかを確かめてくれ。恐らく建物の内部が見えるはずだ。大丈夫そうならゴーグルの右横に付いているスイッチを押せ。これがBBEへの入り方だ」

 仰々しい装置と言えるイスなので手順が難しいかと思えば、そうでも無いらしい。

「とにかくスイッチを二回押せば良いんですね?」

 おじさんは(うなず)く。

「そして、BBE内に入ると身体を自由に動かす事ができる」

「イスに座ってるだけなのに?」

「そう、イスに座っているだけ、なのにだ!」

 おじさんがBBEを作ったわけでも無いのに随分(ずいぶん)と得意げな顔をしている。

「にわかに信じられないと言った顔をしているな?」

 まあそれもあるけど。

「百聞は一見にしかずだ。とりあえず一回やってみろ。今回は初回限定サービスでタダで遊ばせてやろう」

 そういや忘れてたが、ここはゲームセンターだ。プレイにはお金がかかる。最新のゲームだしそれなりにお金を取られてもおかしくない。

「ありがとうございます」

 おじさんの好意を素直に感謝する。

「いやいいって事よ。我がゲームセンターで初めてのBBEプレイヤーだからな。出血大サービス」

「あれ? でもさっき他にも見に来た子がいたって言ってましたよね?」

「ああ、その子は残念ながら見るだけで帰っちゃったよ」

「そうなんですか」

 そういやもう一つイスがある事を思い出す。

「イスは二つありますけど、おじさんと野球をするんですか?」

 おじさんは一瞬びっくりした顔をしてから大笑いを始めた。

「ワッハッハ、君は面白い事を言うなぁ。もしも俺が一緒にBBEをやってる最中に、他のお客さんが来たらどうするんだよ」

 言われてみるとその通りだ。店はもぬけの殻となってしまう。

「接客はできないし泥棒し放題だろうが。あっ今どうせ客なんて来ないだろって思ったな? おいおい、まあその通りなんだけどな」

 おじさんはまた大笑いをする。

「BBEはネットワークで全世界に繋がっている。その名の通り世界中の人と野球ができるんだ。どうだ、面白いだろ? もしかしたらBBEでアメリカ人と出会うかもしれないな。そういや君は英語が苦手だったな? その時はどうする?」

 少しドキッとした。顔が強ばる。

「ごめんごめん、ちょっと脅しすぎた。そんなに緊張するなよ。今はまだ日本でしか稼働してないし日本語にしか対応してない。だから心配するな」

 心からホッとする。

「そういやゲーム内のシステムとかってどうなってるんですか?」

「まあそういうのは若いから習うより慣れろだ。とりあえず遊んでみてくれ。それにBBEに入ったら最初はチュートリアルがある。かわいいお姉さんが説明してくれるから楽しみにしてろ。実はそのお姉さんに会いたくて最初は何度もデータをリセットしたもんだよ」

 おじさんはニヤニヤし始めた。うーん気持ち悪い。

「もう始めていいですか?」

 おじさんは少し慌てた。

「ああ待て待て。実は今ちょっとキャンペーンをしててな、それに伴って少しだけBBEのシステムを説明するよ」

「キャンペーン?」

「BBEでは野球の能力を表すパラメータとして”打撃力””走力””守備力”の三つがある。さらにそれらの総合評価がG〜Sで表される。よくある野球ゲームと同じ感じだ。本来なら最初は総合評価Gから始まるのだが、君には特別に総合評価Cから始めさせてあげよう」

 え? いきなり強くない?

「それってズルなんじゃ。チートとかになりそうですけど」

「いいのいいの細かい事は気にするなって。そんじゃいってらっしゃい」

 おじさんは勝手に肘掛けのボタンと頭の上の方にあるゴーグルのボタンを押してしまう。

「ちょっとまだゴーグル付けられて無いんですけど!!!」

 その叫びはおじさんに届くこと無く俺の身体はどんどんシートに包まれていく。おじさんは笑顔だ。俺はというとゴーグルを付けるので精一杯だった。ちゃんとBBEに入れるのか? これ。

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