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#02-2:雨と、執事

「いたっけ、あんな人」


シェリル──興味無さ気に、道の脇に止めた車から窓を見る。連なった建物の隙間──丁度人が2人程度並んで通る事が出来る位の、細く薄暗い路地を見る。そこにはいかにも善良ではなさそうな市民と、同じクラスの男子生徒


「確か、ヒューゴ・ローレンツ…」


ラルクがそう呟くと、感心した様にシェリルが話す


「本当にみんな覚えてるんだねぇ」


「覚えなきゃ不便だと思って。でもあの人、大丈夫かな」


その少年、ヒューゴ・ローレンツ──得意な術式は医療系統の白魔法。不得意な術式はその他全般の、健康そうな男子──一般層出身の


「あのホントに、お金なんて持ってないですよ」


「いいじゃねえかよ兄ちゃん。名門校生なんだろ?財布の一つや二つ、減るもんじゃあねえって」


二人の身長差は15〜20cm位だろうか。恐らくは身長170〜175cm程のヒューゴを、厳つく、いかにもまともではなさそうな外見の大男が威圧している。しかしヒューゴはいたって冷静かつ緊張感のない態度で対話をしている


「いやぁあの勘弁してくれませんか。今結構疲れてるんですよ俺っ痛いっ」


笑顔にならない、だるそうな引きつった笑顔をヒューゴが作った直後、男は憤怒した様子で怒鳴り、制服の襟を掴み力任せに自分に引き寄せた


「てめえ立場理解してンのか!?殺すぞ!!」




「あっやっぱり絡まれてるよ、やっぱり」


その様子を窓越しに傍観しているシェリルが、隣のラルクに向き話す。20m程距離があり、ドアが閉まっている為か身振りや表情は確認出来ても声は三人に届いていない様で、気の抜けた態度である


「助けた方が良い、かな?」


ラルク、疑問気味に──シェリルは面倒極まるといった表情を湛え、"えー"と声を漏らす


「…やっぱりお父さんとかじゃないのかな?アレ」


そしてそう吐き捨てる様に言う


「いや、流石に違うと思うんだけど」


白く細い指でサラサラと髪を弄びながら、困った様にラルクが言う。見た感じでは、明らかに追い剥ぎかカツアゲ的な何かの被害を、同じクラスの生徒が受けているのだ


「じゃあ、助けに入る?」


シェリルが少し不本意そうに言う


「うーん…」


しかしラルクは、急に困った様に、不本意そうに唸った


「う?」


「…でも、私は魔法を生き物に使った経験がほとんどないから…その、加減が上手く出来るか解らなくて…」


モジモジと、ラルクが言い辛そうに言う。概念的には、ラルクは召喚術を使用出来るというだけで既に並大抵の魔法術師とは一線を画すポテンシャルを秘めているのだ。にも関わらず、その力の出力を調節出来ないとなると、普通の人間に使用すれば気絶はおろか、死、最悪の場合周囲に多大な被害を被らせつつ塵一つ残さず消滅という事態にもなりかねない──従って、その言動は自分は手を出せないという、ラルクの意思表示である事をシェリルは理解した


「おぁー、それは洒落にならないですね!」


シェリル──浮き浮きとした態度で、感心した様に


「そういえば、」


不意に、気付いた様にラルクがシェリルに言う


「シェリルなら大丈夫じゃないの?」


アンデルセンと言う血統──その人間なら、家紋が男の目に入った時点で事態は終息するだろう。ラルクはそう考えたのだ。しかしシェリルは、眉を少し寄せ、いかにも面倒臭いというオーラを滲ませ即答する


「ヤですよそんな正義の味方みたいなの。恥ずかしいし」


「あぅ…そ…そうだけど、私達はこういう時、助けなきゃいけない身分じゃない」


「確かに恥ずかしい」という様な意思を孕んだ表情で、ラルクは言い返す。そもそも"助けなきゃいけない身分"とは、ラルクらが住む国、ヴァフスルードのシステムに関係がある


ヴァフスルードは、貴族が平民よりも云々という差別的思考は一部を除いて無いものの、貴族という区別をする為の階級・格差はある。それは一重に、各血族の能力的な差から生まれ、結果弱い力を持つ者が労働をし、強い力を持つ者がそれを従えるかわりに彼らを魔物や侵略者から護るという、機能的に理に適ったシステムが構築されている。つまり、"貴族は、市民に危害を加える存在から市民を護らなければならない"のだ


「けど。私の周りの貴族にはそういうのをみて見ぬ振りする人ばっかだし、あのゴツいのは魔物や敵国からの兵でも無さそうじゃない。それにほら、きっとお父さんだよアレ…あっ殴られた」


窓を見るシェリル。そこからは、倒れ込むヒューゴと、それを持ち上げる大男の姿が見えた


「やっぱり助けようよ。シェリルならきっと、あの人の目の前に立つだけで済むし」


「"そういうの"、僕はあんまり好きじゃないんですよぉ」


「うーん……」


シェリルの様子を見る限りでは、断固として動かない。確かにラルクの周りの貴族も、その大多数がこれ位の小さな事には見て見ぬ振りをする。というより、気に留めないのが普通の様に見える。しかしだからこそ、シェリルは小さな事でも救おうと思ってしまう。自分の力でそれらを救えるのなら、例え小さな事でも、と


「うぅ〜……どうすれば…」


頭を抱えながら思考──むしろ放っておけば万事解決…?いやいや、例えむこうが知らなくても、放っておくと明日から一方的に気まずいし…


「うぅ〜〜〜〜…………────」


声を長く絞り過ぎて、音程が高くなっていった頃──不意に、声


「お嬢様」


それは、低く、落ち着いた、男の声


「え?はい…?…なに?」


「…私が行きます」


眼鏡を助手席に置き、ドアを開くそれの主──執事、シャルヴィルト・ウォークハイム


「あっそうか…シャルヴィルトが居たんだっけ」


ラルク──今更気付いた、といった風に


「じゃあ、うん。お願い」


「いって参ります、お嬢様」


「うん。…殺しちゃ駄目だよ?」


「理解しました」


ドアを閉め、燕尾服を揺らせながら歩いていくシャルヴィルト──コツコツと、靴底が地面を打つ音を伴いながら


「シャルヴィルトさんって"そういうの"も出来るの?」


シェリル──急に興味あり気に、浮き浮きと


「うんまあ、とりあえず、一般のヒト並以上には」


あはは、と脱力した様子で笑うラルク。執事と少年の距離は20m程。特に急ぐ様子も見せずに、一定の歩幅で、そして一定のリズムで執事は歩を刻む




──一方で何度か殴られた様子の少年──ヒューゴは、大男に襟を掴まれ、両手で宙に持ち上げられながらも一定の余裕を持ち、赤く腫れた頬をさすりながら言った


「痛…苦しいんですけど…はなしてくれませんかね」


「……あ?」


何か聞き間違いであったかの様に、ヒューゴを更に上に持ち上げながら聞き返す男


「いや…あの、ほら。無…意味です…よ…?」


一向に怯える様子も、要求に応える様子もないその様子に、明らかに業を煮やす男。先程までの勢いこそ無いが、声色は低く、蓄積した強い怒気を孕んでいるのが感じられる。それに気付いているのかいないのか、駄目押しの様にヒューゴは尚も言う


「苦しいん…ですよ……これ、無意味だから…やめて…くれませんかね」


ぶちん


唐突に男の、蓄積された怒りが頂点に達した。引き金はヒューゴの、その一言──男の暴力的衝動のリミットが限界を迎え、目が血走る


「…か。お前」


襟から手を離し地面に落とすと、小さく「痛いっ」と発してから咳き込むヒューゴ


「死ぬか。お前」


「へ?…」


男の雰囲気が変わり、全身から滲む様に殺気が発せられる。そして最低限の力のみで、ゆらりと半歩距離を取り、刃渡り15cm程の中型ナイフを腰に付けている革製の鞘から抜き取ると、酷く品のない笑顔で笑った


「くくッはハはッッハハハハはッ!」


「あれこれ…逃げた方が良い雰囲気──だよな」


流石にヤバい──そうヒューゴは直感した。話し合いで解決しようと思っていたが、結果はいかんせん不運な事に、彼の目の前の大男は彼が思っていたより二、三割増で危険な男だった


「…なァ……悲しいなァ〜………せっかく…なァ?命とかは勘弁してやろうと思ってたのに…なァ?」


「あは…このまま帰してくれるとありがたいんですが……ねェ?」


ジリジリと、徐々に後ろに下がるヒューゴを、ゆらり、ゆらりと不気味に、確実に男が追い詰める


「それなら…なァ…?……死体で、帰してやるよ。ククククッッあはははははは」


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