#02:雨と、執事
「ほあー、これがクルマってやつですか」
それから二人は、しばらく話してから教室を出た
「乗って」
校門前でラルクを待っていた、黒い車に乗る。同じ様に上流階級の人間にも関わらず、迎えを来させていないというシェリルを、ラルクが家まで送ると言って車に乗せた
「凄いねー、クルマって」
「シェリルの所は無いの?」
「馬車はあるんだけど。走った方が速いです」
「あはは、そうなんだ」
他愛のない受け答えを二、三しながら、後部座席で二人、石畳の微妙な段差に揺られながら話す
「そういえば何で、迎え来ないの?」
ラルクが不思議そうにシェリルに話す。上流階級の人間はその殆どが、例えシェリルの様な畏怖の対象となる狂暴な噂や通説が多く、危険が自らクラウチングスタートで遠のいていく様な極めて狂暴な家柄でも、外出時は必ずしも付き人が傍に居、移動時は馬車や最近開発された自動車等を使うのが普通なのだ。そうでないと、その血統の品格や威厳を誇示出来ないし、何より、いくら畏怖の対象となる血統でも、そうやって身の回りを固めないと人攫いや暗殺者にどうしても狙われるのが上流階級の人間なのだ
「んー……父さま曰わく、"そんなんでヤられるような子に産ませた覚えはナッスィン"…って教え込まれてる…?かな」
首を傾げながら、「特に不便な事はないです。はい」と付け足すシェリルに、驚きを隠せない様子でラルクが呟く
「なんて非常し…いや、放任主義…?いやいや、フリーダムな、貴族……?」
「案外大丈夫だよ?僕は並大抵よりちょっと上くらいの攻撃されても、服が破けてセクシーになるだけだからさ」
シェリル──ひまわりの様で、浮き浮きと
それを横から見るラルクは思考──"嗚呼、なんて破天荒な血統なんだろう。それに対して私は──"
「私は、縛られっぱなしだ」
シェリルを少し羨ましく思ってしまう自分を、そんな風に客観視しながら運転席の若い男に話し掛ける
「シャルヴィルト、後どれ位かかる?」
「はい。恐らく…」
低く落ち着いた印象を受けるその声の主は、背は高く痩せすぎとまではいかないが、無駄な肉は一切付いていない様な印象を受ける、引き締まった体躯、短めに切られた、清潔感漂う漆黒の髪、整った顔立ちに銀縁の眼鏡──瞳は鮮血の様に紅く、パリッとした黒い燕尾服と真っ白な手袋を身に付けているという容姿──その男、シャルヴィルト・ウォークハイム──ラルク・ヘイルフラム専属の執事──訳ありの
「後15分程で問題無く着くかと…お嬢様」
囁く様な音量で、しかししっとりと鼓膜に馴染む様な甘く低い声。「そう。お願いね」とラルクが言うと、「はい。お嬢様」と静かに返す
その様子に、興味津々といった様子で後部座席から身を乗り出し、笑顔を湛えながらシェリルがシャルヴィルトに話し掛ける
「シャルヴィルトさんって言うんですかー。シェリル・アンデルセンです、宜しくお願いしますね」
ラルクに振り向き「執事?」と付け足して
「いやぁ…まあ、そんな感じでもあるし……うーん…」
「…?……イケナイカンケイ?」
うーんーと唸るラルク。少し言いづらそうな表情で、「それは違うけど、今度、話すね」と笑う
「楽しみにしてます」
やんわりと微笑むシェリル
安堵し、こみ上げてきたあくびを噛み殺しながらラルクは窓の外を見る。石造りの建物が視界から流れて行き、一定間隔を空けて均一な距離で緑や街灯が連なり、紙袋を抱えた少女や子供を連れて歩く親子が見える
「そっち、右ですよ」
シェリルがシャルヴィルトに言うと、「はい。シェリル様」と簡潔に返し、安定した運転で道を曲がるが、ふと気付いた様にゆっくりと運転を停止し、口を開く
「……あちらに居られるのは、お嬢様のクラスの方では?」
「え?」
そう言われ、はっとなる。ボーッとしていて気付かなかったが、確かに窓の外には今日、教室内で見た少年がいた
「え?いや、あの、そんな因縁付けられても…」
名前はヒューゴ・ローレンツ──ラルクの記憶が正しければ、得意な術式は医療系統の白魔法、不得意な術式はその他全般──健康そうな、一般層出身の少年である