アンケ答えたら異世界にいたんだが誰か助けて
前回のを見てくれた方がいたので。暇潰しにどうぞ。
よく分からないまま、森に放置されてからかれこれ1時間ほど。
迷子になったらその場を動かないのが鉄則らしいが、そもそも迎えに来てくれる人なんて居ないんだから動くしかないよねって話だ。
「にしても、もう少しアフターフォロー欲しいよ、ねっ」
いくら超過分?のペナルティとはいえ、一週間分の荷物が詰まったトランクを抱えて森を進むのが、思った以上にきつい。かといって投げ出せないから仕方がないわけだけれども。
方位磁石なんぞ持ってないので、差し込む薄日を便りに時計を見ながらある程度一定方向を目指して進んでいるが、メールに書いてあった街がどっちにあるかもわからないのでぶっちゃげ何処に進んでも遭難してるようなもんである。
『メルサ草:食べられる』
「あ、この葉っぱ食用なのか。持っていこう」
只今大活躍中なのが、ファンタジーの定番『鑑定』スキルである。
今日はもう野宿確定なので何か腹の足しになるものをと思って周囲を眺めていたら、POPのように頭の中に説明文が浮かんだのだ。
明日をも知れぬ我が身だけど、めちゃくちゃテンションあがりました、はい。
だってゲームもアニメも漫画も好きなんだもん!年甲斐もなく歓声を上げましたとも!見ただけでそれが何かわかるなんて、スキルってしゅげぇえええ!異世界しゅげぇえええ!ってなるでしょ!
今のところ食べられるか否かしかわからないけれど、レベルが上がればこの説明文が増えるんじゃないかなと考えてみたり。
今のところステータスみたいなものは見えないしわからないから、レベルの概念があるかは不明だけれど、それに類似するものはありそうだと思われる。
特性とか属性とか、どんな名称なのかは調べてみないとわからないんだけど…。
それもこれも、まずは第一村人ならぬ第一異世界人を見つけないといけないんだけどね…。このままだと野垂れ死にそうで怖いわ。
今は幸運にも何にも出くわしてないけど、熊とか鹿とかに遭遇したら普通に死ぬだろうし。
その前に何かしらの対策を講じなければ。
「……うん、この辺でいいか、な、っと」
巨木の根が岩の窪みを覆うような場所を発見した。人ひとりと荷物くらいはしっかり入りそうだ。今日は状況整理の為に早く拠点を決めたかったんだよね。暗くなってから行動できる自信ないし。
ここをキャンプ地とする!…なんてね。
念の為に入れてて良かったレジャーシートを敷いて、その上にバスタオルを広げる。簡易の寝床はこれが限界だがまずまずの出来だろう。
虫が入ってこないようにロングスカートからジャージに着替え、裾は靴下で留める。めちゃくちゃにカッコ悪いけど、見てる奴もいないので気にしない。
トランクを置いて周辺で落ちた枝や葉っぱを集め、寝床の前の土を少し掘る。囲うように石を並べれば、焚き火の準備もばっちりだ。高校の時の飯盒炊爨以来の焚き火だけど、なんとかなるだろ。
「………さて、まずは検証から、かな」
落ちてた小枝を一本手に取る。
曲げても全然折れないほどしなる小枝は、生木だし湿気も含んでいてこのままでは燃えない。これを燃えるように加工しなければ。
先程、自分の周囲だけ湿度が下がった感覚を思い出す。それと同じように、この小枝から水分を抜くのだ。
水分を蒸発させて、乾燥、干からびるイメージをしながら、じっと小枝を睨む。
「………ぅおお」
小枝が、パキ、パキ、と音を立てる。心なしか先程よりも軽い。
真ん中から曲げてみたらあっさりと折れた。中身はカラカラのスカスカだ。成功した。
そのまま葉っぱや他の枝も同じように乾燥させる。
落ちても青々としていた葉っぱは秋冬によく見るカサカサの葉になり、良い火種になりそうだ。
「うおおおしゅげぇええ…私魔法使ってる……しゅげぇえええ」
か、感動だ。
めちゃくちゃ地味だが明らかに通常ではあり得ない現象を起こしている。
これで私も魔法少女!なんて言ったら各方面から殺されそうだが、超過分とやらで体は10代の様だし、ロリではないが未成年ボディなので許してほしい。中身はおっさんのようなおばさんだけれども。
そして此処が地球にある辺境ではなく、まったく異なる世界であると確定した訳だが、それはそれとして今は有用な能力を喜ぼう。
乾燥させ薪にした木を組み、財布の中からスナックの薄っぺらいマッチを取り出す。
週末上司の飲みに付き合わされた時はイラッとしたが、何の気なしに突っ込んだマッチがこんなところで役に立つとは思わなかった。ありがとう上司。でもスナックのチーママに近付きすぎるのはよくないと思うので自重せよ。ちょっと嫌がってたぞ。
数も少ないので失敗できない。周囲の湿度も抑えてから火をつけた。………うむ、よいよい。暖かいってすごい落ち着く。
本当はこの火で調理を…とまでいきたかったんだけど、何分調理器具も無ければ食料もない。
体温維持の為におやつ用に買っていたチョコレートをひとつだけ食べて、後は引っこ抜いてきた草をかじろう。ひもじい。
火を避けた位置で掌に水球を生み出し、その中に草や木の実を突っ込んで適当に洗う。固めの草を食みながら、少し汚れた水球に更にイメージを追加する。…この草苦いな。
まず、水球から汚れだけを排除するようにイメージすると、砂や土がゆっくり下部に溜まっていき、水球を出て掌に落ちてくる。
うぐぐ、これ結構神経使うな…。
なんというか、右手で文字書きながら左手でパソコンのキーボード叩いてる感じ。自分の中の何かがゴリゴリ減ってる気がする。
ゲームで言うところのMPを使ってるってとこかな。
さて、今の状態はどうかな?鑑定!
『水球:微量の不純物が混じっている』
うーむ。やはり、まだまだ修行が足りないかな。
再利用できればと思ったけど、これなら新しい水球を作った方が楽そう。そのうち自在に出来るようになりたいな。
投げるように放てば、少し離れた樹の幹に当たって水球が弾けた。
さて、次だ。
同じように水球を作り、両手でボールを持つように構える。水球が割れても自分に引っ掛からないような感じね。
今のところ、水球を生み出す、周囲の湿気の操作、水分を抜き取り乾燥させる事の三つが出来る。その他で出来そうなことと言えば、何があるか。
…水は、温度で形状を変える。
温度が0度で氷となり個体へ、100度で沸騰し気体へ。
それが水球にも起こせたら、お湯を沸かせる。
「んぬぬ、ぬぅ」
先程と同じく何かが削れていく感覚がする。
しかし、それと同時に水球にも変化が起きた。泡立つように内側から気泡が沸き、かざした掌に熱を感じる。どうやら私の魔法は、水の温度を変えることも出来るようだ。
逆に温度を下げていけば、パキパキと音を立てて白く膜が張るように凍っていく。
イメージを止めてみるが、氷の球は消えずに手元に残った。
現象として具現化したら、無くなることは無いようだ。
持ったままだと手が冷たいので、これも適当に投げておく。
ふぅむ…。
なんか、不思議な感じするなぁ。
人間の脳みそって、簡単にイメージを具現化できるほど精度高くないって聞いたことがあるんだよなぁ。密教の修行とか瞑想とかでも極めない限り難しいらしいし。
それが簡単に出来てしまうって言うのは、やはり『スキル』の恩恵なんだろうな。チートですよほんと。
芸術家がイメージ通り完璧に絵画や彫像を作れるかって言われたら、そりゃ練習しないと難しい…ってのと同じ原理よね。
油絵描いたこともない素人が精密にモナリザを描くようなもんだよ。
だからというかなんというか、火を起こすための種火のイメージをしても、ちっっとも現象として発現しない。
私が『水系統全般』と注文した為、それ以外の属性についてはなんの補正もないからだろう。
お湯も作ってみたいが、下手すると火傷しそうなのでとりあえずは保留しとくか。
水に対する温度変化として発現するのか、温めるということで火系統の魔法として処理されてしまうのか…。
氷にするのは出来たから、多分大丈夫だと思うのだけど。
…出来たらいいなぁ。
……はぁ。
…………………うん。
「………これから、どうしよう」
無理矢理テンション上げて、魔法について考えて、誤魔化して。
動けなくなったら終わりだと思って、色んな事を考えないようにしていたが、やはり腰を落ち着けてしまったら、もうダメだった。
じわりと涙が滲む。
理不尽すぎやしないか。そりゃあアンケートには色々書いたけどさ。あんなのどう見てもイタズラか何かだったでしょ。本当に異世界に来ちゃうなんて思うわけないじゃないか。
今、本当に泣いてしまったら、スッキリするどころか心が折れそう。
家族の事大好きなのに。居なかった事になってるって何よ。
私が失踪してしまった事で迷惑がかからなくて良かったとは思うけど、喪失感が半端じゃない。
まだ親孝行もしてないのに。還暦には母を旅行に連れていく予定だったのに。
妹夫婦のとこのちっちゃな姪だって、舌足らずに私の名前を呼んでくれるようになったのに。
弟と新しいゲームをする予定だったのに。まだイカのスコアも勝てていないのに。
なにも出来ないまま、私を構成する大半が消失してしまった。
「………ぅん?」
微かな揺れがお尻に響く。
地震の揺れではない。こう、トラックなんかの重いものが近くを通る感じの揺れだ。そんなに早い速度じゃないけど。
ずしり、ずしりと等間隔。
なんだろう、何が近づいてきてるの?
見知らぬ森に放り出されて小一時間歩いてきたが、辺りからは微かに鳥や虫の鳴き声しかしなかった。大型の動物には出会っていない。
猪とか鹿とか出てきたら死ぬ自信がある。
がさり、と眼前の茂みが動いた。
「ひ……っ」
赤錆色の毛皮に、鋭い金の眼光。
体長3メートルはある大熊が、のっそりと顔を近づけてきた。
湿り気を帯びた毛皮や呼気から獣の臭いがする。
ああ、これは死んだかもしれない。
ぼろっと涙が溢れた。怖い。
訳もわからぬまま、こんな辺境で熊に喰い殺されるのか。
私が何したっていうの。
「──よぅ」
ドスのきいたテノールで喋った。
───喋った!?
「お困りかい、嬢ちゃん」
「ひッ、…………ひゃい」
今まさに困ってます。
助けてとは思ったけど、喋べる熊は望んでなかったかな!
ある~日~、森の~中~、熊さんに出逢ったああぁあ!