第六猫 猫と兎のお買い物
この世界の人はあまり生年月日を特別視しないらしい。生まれた時は0歳で授齢祭を迎えると皆が一斉に歳をとる。授齢祭が年始じゃない点を除けば、数え年とシステムは一緒なのかな?
授齢祭の起源は、昔、どこぞやの偉い人が「農閑期に何か心がワクワクするようなイベントが欲しいよね!」と作り出したとかなんとか。諸説あるらしいけど。
そんなわけで、授齢祭は町をあげてのお祭りとなる。
住人たちはこの日のために溜めておいたお金をパーッと使うし、それを判ってる行商人も挙って街に押しかける。それに加えて、普段は街の外に住んでいる近隣の農家や、近村の村民が、加工品や民芸品を持ち寄ってくるから、屋台の数が普段の何倍にも膨れ上がる。
こんな騒がしい日に授業なんてやってられるか!って事なのか、教会の方が忙しくなるからなのか、理由は定かじゃないけど、孤児院もこの日ばかりは、完全休業の一日となる。
「それじゃ、また。」
「みんなも元気でね!」
朝ごはんを追え、朝のお勤めを終えると、アハトとフュンフはあっさりと住み慣れた孤児院を出て行った。
二人とも希望に近いの恩恵を賜ったみたいだから、その所為だろう。希望に満ち溢れた出発、なんと素晴らしい事だ。
「それじゃ、アイン、私たちも出かけよっ。」
「うん、行こうー。」
「あ、二人とも、ちょっと待ちなさい。」
エルがアインの手を握り、歩き出そうとした二人に声をかけたのは、教会で一番の古株マーサだ。マーサは孤児達のしつけ担当だけあって、時折お局様っぽいなぁって思う。
「なになに?マーサさん?」
「エル、貴女、いい加減丁寧な言葉遣いを覚えなさい。」
「えー、お小言?それ帰ってきてから聞くんじゃダメ?」
「……はぁ、帰ってから聞くつもりがあるなら今はいいでしょう。二人とも、これを持って行きなさい。」
マーサが懐から取り出したのは、布製の巾着袋だった。
それぞれ一つづつ巾着袋を受け取った二人は、早速中を確認しているようだ。みゃーみゃーと足に擦り寄ると、アインは屈んで手のひらに載せたそれを見せてくれた。
「何を買ってくればいいんですかー?」
「違うわ。お遣いじゃないの。それはお小遣い。貴女達の好きに使ってかまわないわ。」
「え、嘘、でも、何で?」
お金を渡される=お遣いという絶対公式が身についている二人は、お小遣いというものに混乱しているらしい。確かに、今までお小遣いを貰っているのを見た事がないな。
「今日で貴女達も12歳、そろそろ巣立ちの準備を始める時期だわ。アハトやフュンフだって、2年前の今日、初めてお小遣いを貰ったのよ。」
「えっと、つまり、これで好きな物を買っていいってことですかー?」
「えぇ、そう言ってるのよ。とはいえ、何度もあげられるわけじゃないわ。無くなったらそれで終わり。だから、よく考えて大切に使いなさい。」
「「ありがとうございます」」
やっと理解が追いついたのか、二人は大きな声でお礼をいい、マーサは微笑みを返した。
「あと、それから、お昼の鐘が鳴る頃に冒険ギルドに行きなさい。」
「冒険ギルド?なんでですか?」
「それは行ったら判るわ。……と、そろそろお祈りの時間ね。二人とも気をつけて行ってらっしゃいね。」
「「いってきまーす」」
首をかしげながら、二人は外に飛び出した。町の喧騒は心をウキウキした気分にさせてくれる。
町を縦横断する大通り、街路の端では多くの行商人達が敷物の上に商品を並べ、声高らかに呼び込みをしている。いつも閑散としているなんて信じられない。いつもの10倍は人通りがあるんじゃないかな。
まぁ、通学ラッシュ・通勤ラッシュを乗り越えてきた俺には大した人ゴミでもないが、二人は時々人にぶつかって謝りながら、路端の商品を眺めていく。
とはいえ、俺も今は猫、人に踏まれないように気を張って歩く必要があったりするんだが。
「お嬢ちゃん、その綺麗な髪にこれなんてどうだい?」
「それ、なんですかー?」
「これは、麻糸で編んだ髪留めさ。麻糸なんてそこ等辺に転がっているが、この色はうちの村でしか出せないよー。」
その髪留めは太陽の光を浴びて琥珀色にキラキラと輝いている。確かに、アインの白い髪によく映えるだろう。
「えっと、おいくらでしょー?」
「本当は200リアンなんだけど、お嬢ちゃん可愛いから、180リアンにまけとくよ!」
「どうしようー」
アインはポケットから巾着を取り出し中を確認している。中には銅貨が二つ、200リアン入っているはずだ。買えないことは無いが、これを買ったら他に何も買えなくなってしまう。
迷っているアインを見て、行商人が畳み掛けてきた。
「お嬢ちゃん、迷っているなら他を見てきてから決めてもかまわないよ。……でも、これは毎年売れ筋の商品でね、一周回って戻ってくるまでに残っているかは保障できないけどね。」
「え?そうなんですかー?」
「決められないかい?じゃ、今買うって決めてくれたら、更に30リアン引いて、150リアンにしてあげるよ。」
「え、本当ー?じゃ、え?何?」
俺は慌ててアインのズボンを噛み引いた。
アインの混乱している声が聞こえるが、かまわずそのまま道の反対側まで引張った。
「ちょっと、カイー、どうしたのー?」
「みゃー」
俺は一声鳴くと、アインの巾着を見て、さっきの行商人の店を見た後、首を左右に振った。
「買うなって事ー?」
「みゃー」
俺は目利きが出来るわけじゃないから、あの髪飾りの品質なんてわからない。もしかすると凄い掘り出しものだったのかもしれない。でも、アインは生まれて初めておかずかいを貰ってまだ一時間と経っていない。
まだまだ見てないお店が沢山あるのに、ここで全財産の半分以上使ってしまったら、きっと後悔する。その後悔に匹敵する価値があの髪飾りにあるとはどうしても思えなかった。
「……んー、そうだね、他のお店も覗いて考えて見るよー。」
暫し迷うそぶりを見せていたが、アインは一つ頷いて歩き出した。
「あ、エルやっとみつけたー、って、どうしたのー?」
先程アインだけを引張ったせいで、すっかりはぐれてしまっていたエルを見つけたのは、あれから半刻が経ってからだった。時間がかかったのは途中何度かアインが露店に足を止めていたからなんだけど、無事に合流できてよかった。
……いや、無事と言っていいのだろうか?エルは、噴水広場の脇にあるベンチに死んだ魚のような目で座っている。
「あ、アインー、私って本当バカなの、ダメ人間なの。」
「ちょっと、エルー、どうしたのー?」
「ふふふ、聞いて、惨めな私の話を聞いて笑うといいわ。」
乾いた笑いを浮かべるエルに、首をかしげるアイン、そして大体展開の読めた俺。
「さっきね、凄い凄い可愛いハンカチを見つけたの、狐の顔を刺繍であしらったハンカチで、一点ものだっていうのよ。ただ、値段が200リオンするっていうじゃない?それじゃ、お小遣い無くなっちゃうし、どうしようって迷っていたら、私が可愛いから170リオンで売ってくれるていうのよ。思わず飛びついたわ。」
どこかで聞いた話だねーと、アインとアイコンタクトを交わす俺。
「えっと、気に入ったものが安く買えたなら良かったんじゃー?」
「……と、思うでしょ?でもさ、その5件隣のお店で、殆ど同じ柄のハンカチが売っていたのよ、しかも、150リオンで!もー、私ってホントバカだ。大事に使いなさいって言われてたのに、貰ってすぐに使っちゃって、20リオンも損したの!残り30リオンじゃ何が買えるか……。」
そのままズーンと沈むエルと、かける言葉が浮かば無い俺。まぁ、かける言葉が浮かんだところで、みゃーしか言えないんだけどね!
「エル、それは違うんじゃないかなー?」
「へ?」
「だって、エルは、そのハンカチが気に入ったんでしょー?それとも気に入っても無いのに買ったのー?」
「え?それは、勿論気に入ったから買ったんだけど……。」
「そのハンカチが気に入って、そこに170リオン払う価値を感じたからこそ、エルはお金を払ったんだよー。他でもないそのハンカチだったからねー。だから、似たようなハンカチが150リオンで売られていようが関係ないよー。エルは何も損してない、大事なお金が大事なハンカチに変わっただけだよー。」
「アイン、でも……」
「それにさ、そのハンカチは大事な事も教えてくれたんだよー。」
「大事な事?」
「そう、いくら気に入ったものがあっても、飛びつくのは良くないよーって。いっぱい見ていっぱい悩んで買わないと後悔することになるかもよーって。」
「……そっか、そうだよね、アイン、ありがとう。もう買い物出来ないのは寂しいけど、私これ買って良かった。うん。このハンカチ、凄く大事にするね!」
「うんー、それがいいよー。あ、あと、その残った30リオン、使わないなら貸してー。」
「?いいよ。はい。」
「ありがと、ちょっと買ってくるから、カイと、ここで待っててー。」
そう言って走り去っていったアインは10分もせずに戻ってきた。俺は言いつけ通りエルとおとなしくベンチに座って待っていた。ふふん、この猫は飼い主の言うことをちゃんと聞ける猫なんだぜ。
アインの手には、串焼きが5本握られていた。
「はい、エルとカイどぞー。」
そのうち2本をエルに差出し、1本を俺の前に置いた。
「アイン、これ。」
「なんかね、ポケル?のお肉なんだって。凄く美味しくて、食べると元気になるお肉なんだってー。」
「ポケル?聞いたこと無いけど、それって、高いんじゃ?」
「そなの、それ1本で60リオンもするんだよー。いつも売ってる串焼きの倍以上だよねー。あ、だからごめんね、まけてもらったけど、30リオン使い切っちゃったー。返すのは暫く待ってー。」
「え?それじゃぁ、これって、殆どアインのお小遣いじゃん、貰えないよ!」
「えー、エルとカイと一緒に食べたくて買ってきたんだから、返されると困るよー。」
「アイン……じゃぁ、貰うよ。ホントありがとう、30リオンは返さなくていいからね。」
「そう?実はそういってくれるの期待してたー。」
あははーと笑うアインに後光がさして見える。貴女が女神か。異世界の女神はここにいたのか。
俺は本当に良い飼い主に巡りあったんだなと、しみじみ感じながら、ポケルの串焼きにかぶりついた。。
美味い!いつもの謎肉は、筋肉質の筋張った肉だが、このポケル肉はとろりと口の中で溶ける。
昔旅行先で食べた高級牛肉のような口当たり、でも、味は豚肉に近いかな、これは、とまらん。
夢中で食べていたのだろう、テニスボールくらいの肉が三つも刺さっていたのに、気付くとそこには串だけしか残っていなかった。
貨幣単位はリオン、100リオン=1銅貨です。
露店の商品は値札はついておらず、基本的に店主と交渉です。
1リオンの価値はどのぐらいか。値段って流通量によって変動するのが基本なので、それを表現するのは難しいです。
日本で狐のハンカチを買ったら300円もしないだろうけど、ポルクの串焼きは1本500円ぐらいするんじゃないでしょうか?




