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第1話:萎れた少女の教会訪問


 


 

 ウルティアの街へと向かう道中、わたしは耐え難い苦痛を味わっていた。

 仰向けに寝転んでいると、断続的に続くがたがたという刺激が背中に伝わり徐々にわたしの神経を蝕んでいく。

 そんなわたしの様子をみて、狭い空間に押し込められた沢山の人達が奇異の視線を向けていた。

 明らかに距離が置かれていてほんの少し悲しい気持になる。

 まあ、当然の事なのだけれど。


「おーい、嬢ちゃん大丈夫かい?」


 商人然とした人の良さそうなおじ様が、笑みを浮かべながら仰向けに倒れ込んでいるわたしの顔を覗き込んでくる。

 突如視界に入ってきたその顔に思わずこみ上げたものをぶちまけかけるが、必死に堪えてどうにか言葉を紡いだ。


「あい……らいじょーぶでしゅ。……うっぷ」


 ろれつのまわらないその返事に、人の良さそうなおじ様はだめだこりゃ、と肩をすくめるとわたしに向かってパタパタと木の板で風を送ってくれた。

 ほんの少し楽になった気がする。

 ありがとうございます、とお礼を告げると、おじ様は軽く微笑んだ。


「頼むから俺の隣で吐かないでくれよ。しっかしひでぇ乗り物酔いだなぁ」

「こんなに長く馬車に乗るなんて初めてなので……うぇっ」


 わたしは現在、乗合馬車にてウルティアの街へと向かっていた。

 最初はお金を節約する為に歩いて向かおうと思ったのだが、道に迷いそうだったので断念したのだ。

 馬車に乗ったはいいが、まさか自分がここまで乗り物に酔うと思わなかった。


「お嬢ちゃん、あんた冒険者だろ? 馬車に乗ったことないなんて珍しいな」

「あっ、ちゃんと冒険者に見えますか? えへへ……実は旅するのも初めてなんですよ」

「すまん、いっちゃなんだが冒険者にはあまり見えん。旅が初めてってことは駆け出しってことか。目当てはヒュライドの塔?」


 おじ様の言葉に、わたしは頷きを返す。

 ヒュライドの塔。六年前にウルティアの街のど真ん中ににょっきり生えてきたという、まるでなにかの冗談みたいな塔。

 内部は迷宮となっていて、しかもそれは生きた迷宮ともいうべき、不思議な空間だそうだ。

 魔物はどこからともなく出現するし、いつの間にか宝物なんかも置かれているらしい。

 ロックが向かったのも、そのヒュライドの塔のはずだ。


「おっ、噂をすればなんとやら……お嬢ちゃんのお目当ての塔が見えてきたぞ」


 人の良さそうなおじ様に手を引かれて起こされ、馬車に備えつけられた小さな窓から身を乗り出して前方を見る。

 壁に囲まれた街の中心に、馬鹿みたいに巨大な白亜の塔が、これでもかと存在を主張していた。

 あれが……ヒュライドの塔。

 塔を見て感慨深さを感じていたら、また胸の辺りに違うものが込み上げてきた。うっぷ……。

 やっぱり寝ている方が楽みたい……。


 乗り出していた体を馬車に戻す時、空を自由に飛ぶ竜のような影が見えた。

 なんか、人が乗っていたような……?

 ほへー、ああやって空を飛べたら気持ちよさそう。

 都会っていろんな人がいるんだなぁ。








 つつがなくウルティアの街へと入り、長い馬車旅での疲れと、凝り固まった体の関節を軽く体操してほぐす。

 うぅ、まだなんかふわふわしてる気がして気持ちが悪い。

 もう馬車旅はしたくない。


 さて、ウルティアの街へと来たはいいが、これからどうするべきか。

 正直言ってノープランだったのだが、さっきの馬車の中で良い話を聞いた。

 なんでもこの街には治癒や蘇生の神聖魔法を行使できる、非常に優秀な神父様がいる教会があるらしい。

 まずはそこへ向かってみることにする。

 

 ロックが五体満足でいるなら、わたしを放って連絡も無しに四ヶ月も戻らないはずが無い。

 それだけの絆を育んできたという自信はある。

 ……あると思う。

 ……あるよね?

 

 不安になってきたが、過去にいくら家を空けても一ヶ月~二ヶ月程度で帰ってきていた事を考えると、それは間違いないと思う。

 つまり、戻ってこないということは、何らかの理由で身動きが取れない状況ということだ。

 大怪我をしているという可能性もあるし、あるいは既に……。

 どちらにせよ治癒や蘇生の神聖魔法に秀でたという神父様が情報を持っている確率は高いと思う。

 わたしは未だ抜けきらない馬車酔いに足をもつれさせながら、ふらふらと教会へ向かった。

 



 街の中心にそびえるヒュライドの塔を間近に見上げて、その異様な迫力に気圧されながら街の東側へと向かうと、立派な白壁の教会が見えてきた。

 まだ真新しさの残る石畳を歩いて扉へ近付いた時、内側から扉が勢いよく開け放たれて教会から炎が吹き出てきたような錯覚を受けた。

 いや、違う。炎のように真っ赤な髪の青年が怒り心頭といった様相で飛び出してきたのだ。

 わたしと似た皮鎧を身につけたその服装からすると冒険者だろうか?

 赤髪の青年は鋭い目付きでわたしを一瞥すると、いまだ怒りが収まらないといった様子で吐き捨てる。


「お前もあのクソ神父に用か? 金が無ければ子供も見殺すクズ野郎だから、できるなら帰った方がいいぜ」

「ええっ、なにそれこわい!」


 子供を見殺しにする? 神父様が?

 いったいどんな会話をすればそんな問答をする事になるのか興味は尽きないが、ここで帰る訳にも行かない。


「でも、大事な用だから……教えてくれてありがとう」


 わたしがお礼を告げると、少しだけ赤髪の青年の表情が和らいだ気がした。

 どうやら完全に粗暴な青年というわけでも無いようだし、教会でよほどの事があったのだろう。


「んいや、俺も変なこと言って悪かった。気を付けろよ」


 最後はどこか愛嬌のある笑顔を見せてくれた赤髪の青年とすれ違うように教会へと向かう。

 クソ神父、クズ野郎、気を付けろ……頭の中で青年の言葉が反芻して緊張が高まっていった。

 うぅ、さっきはああ言ったけど帰りたいなぁ……。


「失礼しまーす……」


 恐る恐る扉を開けて教会に入ると、金髪金目の中年男性が優雅に振り向いて微笑を浮かべてくる。

 その佇まいは教会自体の荘厳な雰囲気と相まって、とても神秘的に見えた。


「おや、続けての来客とは珍しいこともあるものです」


 その痩躯の神父様は上品な仕草でわたしを招き入れてくれる。

 ……あれ? 聞いてたよりもこわい人じゃないのかな?


「私はジェームズ・カント。そんなに警戒せずとも、とって食いやしませんよ。今日は如何なされましたかな?」

「あ、ミスティ・グラスフェッドです。人を探しているんですが、神父様はなにかご存知ないかと思って……」


 ほう、人を……と、神父様が呟く。

 なにかその瞳が冷たく光った気がした。


「えっと、名前はロック。浅黒い肌に草みたいな緑色の髪、年齢は三十三歳で痩せ型の男の人なんですが、ご存知ないですか?」

「思い出せませんね」


 即答だった。

 考える素振りもなく、きっぱりと。

 少しくらい心当たりがないか、間を置いてくれてもいいんじゃないかなぁ。

 だが、ここで先ほどの赤髪の青年が言っていた、金が無ければ子供も見殺すクズ野郎という言葉を思い出す。

 金が無ければ……そうか、そういう事か。


「……もしかして、お金ですか?」

「ほう、なかなか聡明なようですね。情報には対価を。当然の事です」


 それは確かにそうかもしれないけれど、神父様が本来の業務以外で収入を得るというのは正しいのだろうか。

 お金……どうしようかな。家から持ち出したお金は多少は持っているが、これからこの街に滞在する費用を考えると余分な事に支払うお金はあまりない。

 お金を稼ぐ目処も立っていない以上、無駄遣いは控えた方がいいと思う。


「あの……持ち合わせが無いのですが、なんとかなりませんか? 大切な家族の事なんです」

「そうですか。お帰りはあちらですよ」


 神父様はわたしの持ち合わせが無いという言葉を聞いて、途端に興味を失ったかのように素っ気なく教会の出口を手で示して、背を向けてしまった。

 この、強欲神父は……!

 頭をカチ割ってやろうか、と、危うくロック譲りの暴言が口をついて出てしまいそうになったのをぐっと堪えて飲み込んだ。

 こんな神父に気圧されてすごすごと帰ってしまうのはとても悔しい。

 要するに対価があればいいのだ。

 対価、対価……そうだ。


「ねぇ、神父様ぁ……わたしのお願いきいてくれたら、いいものあ・げ・る。それでもだめ?」


 わたしは出来るだけ甘ったるい声を出しながら体をくねらせて、神父にウインクを送ってみる。

 神父はそんなわたしを爬虫類を思わせる感情の読めない瞳で見て、くっく、と邪悪な笑みを浮かべた。


「これはこれは敬虔な信徒もいたものですね。自ら神にその身を差し出そうとは」


 神父が手の関節をゴキゴキと鳴らしながらゆっくりと近付いてくる。

 えっ、ちょっとまって。


「えっ、あ、あの、身を差し出すって何をするつもりなんですか?」

「何って、対価として臓物を捧げるのでしょう? 神聖魔法の触媒として活用させていただきますよ」

「臓物っ!? あわわ、冗談です! 出直して来ます!」


 あわてて飛び下がって教会の出口へと全速力で走った。

 そんなわたしの背中に神父がため息と共に、皮肉げな笑みを湛えて一言。


「貴方は色仕掛けをするにはいささか発育が足りていないのではないですか? もっとよく食べる事をお勧めしますよ」

「大きなお世話ですっ!!」


 教会の扉を叩きつけるように閉めて、一息ついた。

 結局なにも聞き出せなかったし、あの返答ではクソ神父が本当にロックについて心当たりがあるのかも分からない。

 せめてそのくらいは推測できるやり取りをするべきだった。

 失敗したなぁ……。


 ため息と共にふと、自分の起伏に乏しい身体を見下ろす。

 ……じつにへいたんである。

 

 先ほどクソ神父にも言ったわたしの必殺のお願いセリフをロックに言ったら、生暖かい笑顔で毎回おかずをわたしにくれていたのはそういう意味だったのか。

 発育不足だから沢山食べろよ、と。


「はぁ……」


 再度深いため息を吐いてわたしは通りすがりの男性に声をかけた。

 気持ちを切り替えていこう。

 その為にもまずは……。


「すみませーん、この街で安くて美味しいご飯が食べられるお店を知りませんかー! あっ、できれば量も多いと嬉しいのですがっ!」


 ……量も気にしてしまうあたり、どこかクソ神父の言葉を引きずってしまっているのだった。



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