第五話
第五話
「いや~、先ほどは失礼した!」
「わしはまだ許してはおらんぞ。」
皆の弁明の甲斐もあり、南華仙人の俺に対する誤解は解け、快く迎え入れてくれた。一方で未だにむくれているハクは、部屋の片隅で三角座りをしている。
「珀磨殿、どうにかお嬢様のご機嫌を直していただけないでしょうか。ああなっては、もはや我々の手には負えませぬ。」
「え、俺にできますかね?」
「大丈夫です。ホウの肩を持つわけではありませんが、お嬢様は珀磨殿を気に入っておられます。」
本心か気休めか、カクは愛想笑いを浮かべながら俺の背をハクの方にぐいぐいと押す。
「え~と、ハクさん?ホウさんも反省してるみたいですし、許してあげたらどうです?」
「ふん、ホウの奴め。これに懲りて少しは反省すればいいのじゃがな。ところで、珀磨はその…、あのような事を言われて い、嫌ではないか?」
「いいえ?俺は全然嫌じゃないですよ。」
「そ…そうか!それならよいのじゃ!仏の顔も三度というしな、ここはわしが矛を収めてやるか。」
ハクは緩んだ口元を隠すようにそっぽを向く。
「そ、そうじゃ珀磨よ、腹は減ってないか?わしも割と料理は得意な方でな。お主がどうしてもと言うのなら、わしが作って…」
「あ。ああああああああああ!」
「急にどうした!?びっくりしたではないか!」
俺の叫び声に、その場にいた全員がこちらへ首を向ける。
しまった。非現実的な空間にいたせいですっかり忘れていたが、祖父が朝ごはんを作り俺を待っているのだった。慌ててスマホを取り出し確認すると、時刻は9時を回っていた。
「ああ、すみません。実は…」
俺がそのことを伝えると、皆「何だ、そんなことか」とでも言いたそうな表情になった。
「それだったら、南華様のお力でどうにでもなるぞ。なあ、南華様。」
「まあな。あまりホイホイと使っていいもんでもないが、今回はわしらが迷惑をかけてしまったしの。特別じゃ。」
言葉の意味が分からずキョトンとしている俺に対し、南華仙人が続ける。
「はっははは、心配するでない。急がずとも間に合うはずじゃ。ハクよ、珀磨君を扶桑の樹まで送ってあげなさい。」
ハクは名を呼ばれるも、座ったまま俺に尋ねる。
「なあ、いつ帰っても間に合うんじゃから、もう少しこっちでゆっくりしていってもいいのではないか?」
「これこれ、無理をいってはいかんぞ。それに、会おうと思えばいつでも会いに行ける距離ではないか。」
南華仙人に諭されたハクはしぶしぶと立ち上がり、服についた砂を手で払いながら入口に歩いていく。
「ほれ、ついてこい珀磨。離れるんじゃないぞ。」
「今日はありがとうございました。久々の来客で皆賑わっておりました。珀磨殿さえ宜しければ、またいつでもいらして下さい。」
「ええ、また時々顔を出します。」
カク達への挨拶もそこそこに、俺は急いでハクの後を追う。
カク達の姿がだんだん小さくなりやがて見えなくなった頃、ハクがようやく口を開いた。
「さて、珀磨よ。ここで一つ相談がある。」
「どうしたんです、改まっちゃって。」
ハクは真剣な表情で語り出す。
「…わしは今、腹が減っている。」
「…はぁ?」
「いや、はぁじゃなくてだな。なんかこう…言うことがあるじゃろ。」
どうやら彼女は朝食に誘って欲しいらしい
「…うちにご飯食べに来ます?」
「行く!」
間髪を入れずにハクが元気ないい返事を返す。
「南華さん達に断らなくていいんですか?」
「よいよい。どうせ戻ったとこで霞くらいしか食うものもないしの。偶にはまともなもんを食べたいんじゃ。」
「仙人は霞を食べるって本当なんですね。美味しいんですか」
「いや、まったくの無味じゃ。あんなの食べれたところでなんの得も無いぞ。」
「食費が浮くじゃないですか。」
「え…まあ、それはそうかもしれんが…。」
そんなことを話していると、いつの間にか扶桑の樹の根本にたどり着いていた。
「思ったより早く着きましたね。」
「うむ、早く行こうぞ。」
そう言うとハクは左手を俺に差し出す。
「はいはい。それにしても、毎回ここを通るのは大変ですね。」
差し出された手を右手で受け取りつつ、再び大きく開かれた大樹の口へと入ってゆく。