プロローグ
「ふあぁぁ…」
俺は朝露で湿ったコンクリートの田舎道を、夢か現かの区別もつかぬまま、山の中腹にある大きな神社まで歩を進めていた。ポケットに入れたスマートフォンを見ると6:30その下に小さく3月25日の文字が浮かびあがる。寝ぼけ眼のまま鳥居をくぐり辺りを見回すと、境内の裏から美少女…ではなく、この神社の神主である俺の祖父が現れここが現実だと認識させられる。祖父は俺に気が付いたようで、足早に近づいてきた。
「おはよう、珀磨。よく眠れたかい?」
俺は高校を卒業した後、祖父の後を継ぐためにこうして神社の仕事を手伝うことになった。今日はその初日というわけだ。この『恋道神社』は俺の家が代々神主を務めており、俺はその十代目だ。この神社では季節ごとに祭りが開催され、夏休みには県外からも大勢の観光客であふれるくらいには有名だ。とはいえ、こんな片田舎の神社、ましてや平日の朝早くに観光客がいるはずもなく、することといえば掃き掃除くらいのものだ。その掃き掃除も、俺より先に来ていた祖父がほとんど終わらせてしまった。
「儂は朝ごはんを作ってくる。残りの掃除やっといてくれ。8時になったら帰っておいで。」
為す術なく立ち尽くす俺に気を遣ったのか、そう言い残すと箒を俺に渡しそそくさと帰ってしまった。俺の祖母は俺が生まれる前に亡くなったので、家事は当番制でこなしているが、朝食はもっぱら祖父が作っている。
一人残され、何か仕事をした気になりたかった俺は残った落ち葉を掃き終えた後も意味もなく竹箒で石畳をなでていた。
「精が出るのぅ。」
不意に古めかしい口調とは裏腹な若い声が響き、俺は慌てて姿勢を正した。
「カカカカ!」
周囲を見渡し声の主を探していると、高らかな笑い声と共に、突風で舞い上がる落ち葉の中から和装に身を包んだ少女が姿を現した。
「どうだ?かっこいいじゃろ?」
呆然としている俺に、彼女は無邪気な笑顔を向ける。
「あ、ああ…、え…?誰?」
我ながら情けない返事である。混乱と自己批判でフリーズしている俺に対し、彼女はまってましたとばかりに語りだした。
「よくぞ聞いてくれた!何を隠そう私は仙人…じゃなくて仙女で名を白ぎょきゅ…白玉という!」
勢いよく語りだした割には、歯切れの悪い自己紹介だったが、当の本人は満足しているようでドヤ顔をこちらに向けている。
「はあ、仙女ねえ。」
「むぅ?反応が悪いのぅ。このわしがせっかく人前に姿を現してやったというに。」
俺の反応が気に食わなかったのか、自称仙女は眉根を寄せる。
「いまどき仙女なんて信じてるやつはいないだろ。それに、仙女っておしとやかな大人の女性ってイメージなんだけど…。」
「わしにピッタリではないか。―――なんじゃ、文句でもあるのか?」
「いえ、何も!ところで、その仙女様がなんの用で?」
少女ににらまれて、思わず敬語になってしまった。
「忘れておった!おぬしに来てほしいところがある。ついてこい!」
急な展開に少し戸惑ったが、女の子に誘われたという嬉しさと好奇心に負け、俺は二つ返事で彼女の誘いに乗った。
「ただ、その前に…落ち葉を掃いてからでいいですかね…?」
「あ…、すまん…。」