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満ちていく月 欠けていく月  作者: 長谷川るり
14/30

第14話 不発弾


 沖縄は東京よりも梅雨が一ヶ月近く早い。だから梅雨のこの時期、ダイビングツアーは沖縄方面の人気が高い。従って、ツアーの日数もやはり長くなる。慎二が3日ぶりに出張から戻った日の夜、夏子の部屋を訪れた。泊まる用意を万端に整えて、だ。

 そして次の朝一緒に出勤すると、駐車場に停めた車のエンジンを止めて、夏子が言った。

「慎ちゃん、先行ってて」

慎二が言われた通り 一足先に車を降りると、そこへタイミング悪く一台の車が入って来る。村瀬だ。それに気付いた夏子は、大きな溜め息を吐いて、ハンドルに突っ伏した。その様子に気付いた慎二が、降りかけた足を止めて夏子に言った。

「俺、上手い事言い訳しとくよ」

夏子は上体を起こして、首を横に振った。

「いいよ、もう、別に」

少し驚きの表情を浮かべた慎二が車から降りると、続いて夏子も運転席から降りて ドアをバタンと閉めた。一足遅く車を停めた村瀬が、二人の後ろから声を掛けた。

「慎二、おかえり」

「おはようございます。無事戻ってきました」

振り返ってにっこり挨拶を交わすと、その慎二に村瀬が言った。

「昨日は存分に青柳に甘えられましたか?」

その言葉を聞いた慎二の顔は、驚きというより固まっていると表現した方が近い。夏子の顔は、それ以上だ。強張っている。そして慎二が夏子の方を見るから、もう夏子は開き直るしかなくなる。

「はい。お陰様で、3日ぶりに楽しく過ごせました」

その返しに、慎二は更に目を丸くしている。

「それは何よりで・・・」

そう言いながら、村瀬は二人を追い越して歩く。立ち止まったままの慎二がコソコソっと夏子の耳元で言った。

「いいの?あんな風に言っちゃって」

「慎ちゃんがこの前話しちゃったからでしょ」

それには何も言い返せない慎二が、歩き出してまた思い出した様に口を開いた。

「『思う存分甘えられたか?』なんて、変な言い方するなぁ、店長も」

ドキッとした夏子は、車のキーを鞄にしまう素振りで動揺を隠した。

「慎ちゃんが甘えん坊だって、バレてんじゃない?」

「なっちゃんが男を甘えさせてくれるって知ってるみたいな言い方だね」

先日の慎二との会話を聞かれた事がバレない様にごまかしたつもりが、思わぬ方に話の矛先が向いて、雲行きが怪しくなるのを夏子は必死で止めた。

「ただ単に、慎ちゃんのが年下だからってだけでしょ。そんな深い意味ないよ」

「そうかなぁ・・・」

「からかっただけだよ、きっと私達の事。だから嫌なんだよなぁ、職場にバレんの」


 昼時、今日も村瀬は愛妻弁当を広げた。夏子はデスクに近寄って、それを覗き込んだ。

「今日も美味しそうな愛情弁当ですねぇ」

顔を見上げた村瀬が少し警戒した顔をしている。やはり勘がいい。夏子が朝の復讐に来た事くらい、薄っすら察している。

「奥様も偉いですよね~。赤ちゃんの世話もしながら旦那のお弁当も作って。若いのに、良く出来た奥様で」

村瀬はさっきから箸も止まったままだ。すると、その会話を聞きつけて霧島が近付いてきた。

「本当よ~。私なんかより、ずっと立派な奥さん!」

村瀬の表情を楽しみながら、夏子はまた質問をした。

「あっ、そう言えば、歩実ちゃんお元気ですか?」

村瀬の眉毛がぎゅっと上がる。さすがに誰が見ても分かる程の驚きの顔をしている。隣で霧島が夏子の腕を手の甲ではたいた。

「萌愛ちゃんよぉ、赤ちゃんの名前」

「いやいや。奥様、歩実ちゃんっていうんですよ」

「へぇ~、良く知ってる」

霧島と村瀬の顔があまりにも対照的で、夏子も笑ってしまいそうになる。

「そうなの、良く知ってるでしょ?」

「まさか、お知り合い?」

「ふふふ・・・」

意味深に笑って、夏子は村瀬を見た。当然、村瀬はさっきから瞬き一つしていない。

「中学の同級生なんです」

夏子が切り札を出す様にそう言った。夏子が思っていた以上にその爆弾の威力は大きくて、デスクに居た慎二までが顔を上げた。この事実を言ってしまったら、もう村瀬との全てが終わってしまう。それが分かっていたから、夏子は一人胸にしまっておこうと思っていたのだ。しかし今朝の村瀬の挑発的な会話についカッとなってしまって、爆弾を落としてしまいたくなった自分を後悔していた。


 仕事の帰り道、慎二をアパートまで送った後、大きな溜め息を吐いてエンジンをかけた。自分に給油する様な気持ちで、ガソリンスタンドに寄る。最近はどこもセルフだ。夏子は財布を持って車を降りると、反対側で給油を終えた守屋が目に入る。

「あれ?・・・守屋さん?」

名前を呼ばれ顔を上げた守屋が、夏子を見つけて 優しい笑顔を広げた。

「夏子ちゃん!今、仕事の帰り?」

「はい。守屋さんも?」

財布をポケットにしまいながら、守屋が頷いた。

「いつも、この道で帰るんですか?」

「今日はね、本社で会議があったから」

納得して頷く夏子の様子が、ふと気に掛かる守屋。

「今日・・・元気ないね?」

「・・・そう見えます?」

守屋がじっと夏子を見てから、またふっと笑って頬をほぐした。

「一人だからかな?」

朗らかな守屋に、今日の夏子はつられない。そして言った。

「今、時間あります?」


ガソリンを満タンにした後、併設された休憩所で二人は、缶コーヒーを買って椅子に腰かけた。

「私、負けず嫌いで本当に嫌になっちゃう」

夏子はそう言って、くしゃくしゃっと髪をかき上げた。

「誰かと喧嘩でもしたの?」

「喧嘩って訳じゃないんですけど・・・」

「・・・慎二君と?」

夏子はゆっくり首を左右に振る。

「仕事で、何かあった?」

夏子は再び首を振って、それを否定した。守屋も、初めて見る夏子の影のある表情に、黙って待ってみる事にする。ガラス窓の外に見える車を目で追いながら、夏子がぼんやりと呟いた。

「こんな所で守屋さんと会うの、凄いタイミングですよね?」

「そうだね」

「これも・・・そういう事なのかな・・・」

独り言の様に夏子が呟いて、缶コーヒーに一口 口を付けた。

「私・・・慎ちゃんと付き合う前、不倫してたんです」

守屋の顔から笑顔がすっと消えた。

「つい、この間までです。相手は、職場の上司。急に『子供が生まれるから、もうこの関係を終わりにしよう』みたいに言われて、なかなか気持ちに区切りがつかなくて・・・。でも、私なりにも色々考えて終わりにしようって決めて、慎ちゃんと付き合い始めて・・・。小さい職場だから、正直いつか慎ちゃんにバレるんじゃないかってヒヤヒヤしてます。それに・・・その上司の奥さん、私の中学の時の同級生だったんです」

「・・・え?!」

それまで黙って聞いていた守屋が、遠慮がちだが、思わずそう声を発する。

「私も別れた後に知ったんですけどね」

「彼は、知ってたの?」

「いいえ。今日、私が言うまで知らなかったと思います」

「言ったの?」

「一生言うつもりなかったのに、ついカッとなって、仕返ししてやりたくなっちゃって・・・」

夏子がはぁと溜め息を吐いてから、続けた。

「言っちゃったら、もう完全に、何があっても終わりだなって思ってたから・・・」

守屋が夏子の横顔を見ながら言った。

「まだ・・・好きだったんだ?」

「感情的になって自分から切っちゃった後悔と、これでもう本当に終わりなんだなって思って落ち込んでる自分。その両方共、最低な私。しかも、慎ちゃんに彼との事聞かれても正直に答えられない自分もずるい」

夏子は再び髪をくしゃくしゃっとした。暫く黙って、給油していく車を目で追う二人。そしてその沈黙を破ったのは守屋の方だった。

「何で俺に話したの?」

「大人だから、意外と冷静にこういう話も聞いてくれるかなって」

守屋がふふっと笑う。

「歳は大人だけど・・・」

「逆にお説教されちゃうかな?」

自分のその言葉に、ふっと夏子は笑ってみせた。

「お説教されたい気持ちもあるのかな」

すると、守屋が言った。

「説教なんかしないよ」

「どうして?守屋さんも経験ありですか?」

「俺はないけど・・・」

「ですよね。守屋さんはしなさそう、不倫なんて」

すると守屋が口を開けて笑った。

「よく言うよ。四人で会った時、『結婚は?』って聞いたくせに」

「あ~、あれは確認です。雪子ちゃんの為に。おばさんも心配してたし」

「・・・だろうね」

守屋の表情も少し沈む。

「気持ちに正直にいるのは、難しいね」

守屋がその一言を言うと、夏子が胸の辺りをくしゃくしゃっとした。

「気持ちなんて、何にもなくなっちゃえばいいのに」

「・・・慎二君を好きな気持ちも?」

「・・・・・・」

「彼、いい人じゃない。夏子ちゃんの弱いところも全部分かってて、受け止めてくれた人でしょ?」

「・・・真っ直ぐな人に嘘つくのって、本当に辛い」

缶コーヒーを両手で握りしめる夏子。

「正直に話すのって、勇気いるしね」

守屋のその言葉で、夏子は先日雪子から打ち明けられた守屋の噂話を思い出す。

「守屋さんもあります?話せない事って」

「話せないって訳じゃないけど・・・相手の為に 話した方がいいのか、黙ったままにしといた方がいいのか分からないって事はあるよ」

「それって・・・どんな事ですか?」

「うん・・・」

そう呟いたまま、守屋が固まる。あともう10秒無言が続いたら 聞いた事を謝ろうと思っていた夏子の耳に、守屋の声が届く。

「就職した時から、すっごくお世話になってた先輩がいるんだけど。就職して、現実の壁にぶち当たって、もう辞めちゃおうかなって思ってるところを救ってくれた人。その人のお陰で今の自分があるって言っても過言じゃない位感謝してる人なんだけど。その人が前の職場の職員の女の子と付き合ってて、子供が出来て・・・」

夏子の耳のアンテナが感度マックスになる。

「でもその先輩には、家庭があって・・・。ま、別居中とは聞いてたけど・・・やっぱり世間のルールからは外れてて」

一回守屋が深呼吸を挟むから、当時の事の重大さが夏子にも伝わる。

「そこで初めてその話を聞いたんだけど。先輩は、離婚してその彼女と再婚してやっていきたいと思ってたんだよね。だから子供も産んでもらうって」

夏子も黙って相槌を返す。

「でも、そんな事会社に分かったら・・・そりゃ大変だし。しかも丁度その時期に、本社に昇進の話も出てて」

「どっち取ったんですか?その人」

「昇進なんかしなくたって、彼女との結婚を取るって言ったんだけど・・・止めたんだ」

「守屋さんが?!どうして?女なんか捨てて地位と金を取れって?」

守屋がゆっくり首を振った。

「違うよ。彼女と結婚するって言ったって、職を失ったら生活できないでしょ?離婚するとなったって、そういう状況じゃ慰謝料とか発生しないとも限らないし」

ついこの間まで 社会のルールからは外れた村瀬との関係を続けてきた夏子は、複雑な思いで守屋の話を聞く。

「だから、離婚がきちんと成立するんだったらっていう条件で、悪役を買って出たって訳」

「悪役?」

「独身の俺が誰と付き合おうと自由でしょ。とがめられるとすれば、結婚する気もないのに妊娠させたって事だ」

夏子は目を見開いて、守屋を見た。

「守屋さんが全部被ったって事?」

守屋が頷いた。

「その時付き合ってる人もいなかったし、傷付ける人もいない。その彼女は会社を辞めて、俺は異動になった。それで済んだ」

夏子が背もたれから背中を離した。

「その後、その二人はどうなったんですか?」

「結婚して、今は二人子供がいる。幸せに暮らしてる」

「その先輩、昇進したんですか?」

守屋がにっこり微笑んで言った。

「あぁ。今日も本社で会ってきた」

夏子が更に身を乗り出す。

「その先輩は何も失ってないのに、守屋さんは異動になったり悪い噂流されたり・・・。分が悪いって思わないんですか?」

守屋は笑顔で続けた。

「本当に自分がスランプの時に助けてもらった人だからね。これ位の事で恩返しになるんだったら、何ともないよ」

腑に落ちない夏子を横に感じ、守屋が言った。

「あの先輩がいなかったら、きっと今この仕事続けてない。この仕事続けられてるだけでも有り難いし、あの人に仕込んでもらったお陰で、今 仕事にやりがいを持ててるんだと思う」

夏子が渋々納得しようという顔をしている。

「守屋さんって、人がいいんだか、お人好しなんだか」

それを聞いて、守屋もはははと口を開けて笑った。

「な~んか、私の落ち込んでた理由が、どうでもよく思えてきちゃった」

「じゃ、少しは話して良かったのかな?」

「はい。きっとこういう所通ってきてる人だから、包容力とか感じるのかもしれませんね、雪子ちゃん」

守屋は首を傾げた。

「それはどうかな?自分の事になると、めっきり駄目だから」

「どうして?」

「・・・どうやって距離を縮めたらいいのかも分からないし、気持ちが通じたなって思っても、俺の勝手な思い込みだったり」

「距離の縮め方か・・・」

夏子は首を傾げた。

「好きって思ったら好きって言って、声聞きたいって思ったら夜中でも電話して、会いたいって思ったらすぐにでも会いに行って、ぎゅってしたくなったらハグして、キスしたいなって思ったらキスして・・・。そうやって思いを伝えてたら、近付いていくんじゃないの?」

「ユキは、そういうタイプじゃないでしょう」

「確かにそうだけど、気持ちは同じだと思うよ。好きなら会いたいし、声も聞きたし、スキンシップもしたい。もっと相手の事知りたいし、近づきたいって思う」

「だけどそれは、100%の信用がある場合でしょ?今ユキは、必死で俺の事を信じようとしてくれてるとこだし・・・。それに、もしユキの耳に前の職場での俺の噂が入ってるとしたら、手が早い男だって思われたくないし」

「案外、雪子ちゃん待ってたりして。守屋さんが距離縮めてくれるの」

その時、守屋のポケットで電話が震えている。

「ちょっと、ごめんね」

電話に出ると、相手は雪子からだった。

「まだ、外?」

「あ、うん。ガソリン入れてたら丁度・・・」

そこまで言うと、夏子が口の前に人差し指を一本立てて、“秘密”のゼスチャーをする。尻切れトンボで終わった会話を、雪子が拾う。

「気を付けて帰ってね」

「ありがとう」

「・・・じゃぁ・・・」

会話が続かないから雪子がそう言うと、守屋が待ったをかける。

「帰ったら電話してもいい?」

「・・・・・・」

「もう寝ちゃう?明日、早番だっけ?」

「うん」

「そっか・・・」

「ごめんね・・・」

「あっ!じゃあさ、明日仕事の後、どっかご飯食べに行こうよ」

「・・・仕事の後は・・・ちょっと駄目かな」

「そうか・・・」

「ごめんなさい」

「じゃ、いつが平気?」

「お休みは今週の木曜だけど・・・」

守屋が手帳を出して予定を確認する。今週の木曜は夜勤だが、その前に弟の病院に付き添う予定が入っている。

「それ以外だと、やっぱり仕事の後になっちゃうね」

「・・・そう・・・」

弾まない会話と噛み合わない予定に、電話を切った後で虚しさが胸に充満する。そこへ夏子が元気な声で目を覚まさせた。

「ほらね」

「ほらね?」

「そう。雪子ちゃんも待ってるんだって。守屋さんが柵を超えてきてくれるの」

守屋は首をめいっぱい傾げた。

「そうかなぁ?そんな感じには到底思えないけど」

守屋は続ける。

「無理に押したら、今にも逃げ出しそうな感じだよ」

夏子は『う~ん』と言って腕を組んだ。そして言った。

「さっきの話、雪子ちゃんにしないんですか?」

守屋は口を真一文字に結んだ。

「実はね・・・あれで本当に良かったのかなって、時々思ってるからかな」

「どういう意味ですか?」

「先輩は無難にあのピンチを乗り越えて今幸せだけど、離婚した元奥さんは、本当にそれで良かったのかなって。そこが当時からずっと引っ掛かってて。俺が余計な事言ったがばっかりに、離婚を後押ししたみたいになっちゃったんじゃないかって」

「・・・・・・」

「それでも、言った方がいいと思う?」

「それで疑惑が晴れるなら、話すべきだと思います」

「ユキが聞きたいって思ってなくても?」

「聞けないのは、怖いから。どんな話なのか怖いから。でも聞いたら、全て不安も解消されると思う」

「全てか・・・。それはどうかな。俺・・・嫌われるのが怖いのかもね」

くすっと笑ってから、守屋が口調を変えた。

「じゃ、夏子ちゃんも言える?慎二君に、さっきの話」

「それとこれとは話が別でしょう」

守屋が笑った。

「知りたがってる慎二君には言えなくて、聞きたがってないユキには言え言えって。おかしいでしょ」

夏子も負けてはいない。

「だって守屋さんのは、聞いて安心する話。私のは・・・聞いてもやきもち焼くだけ。いい事何にもない」

それには守屋も頷く。

「確かにそうなんだよな・・・」

「でしょう?」

「昔付き合ってた人の顔知るってのは・・・なかなかだよね。自分なら、やきもち焼かない自信ないな。しかも、そこで働いてる限りずっとな訳だから」

「そうそう」

「知らない方が身の為って事もある」

「うんうん」

「問題は、夏子ちゃんの気持ちだよね」

そう言って、再び真顔になる守屋。

「その上司への気持ちは・・・きっぱり諦めなきゃ駄目だ。当たり前の事言うようだけど、やっぱりルール違反に違いはない。そこから誰も幸せにならないでしょ?新しくスタートしようって思った気持ち、忘れちゃ駄目だよ」

夏子の顔が急にへたる。

「・・・ですよね」

まだ気持ちの整理が付かない夏子の顔を心配気に眺める守屋。それに気付いた夏子が、急に明るい声を上げた。

「私達、いいコンビだと思いません?」

「いいコンビ?」

「お互い、自分の事は全然ダメダメなのに、相手の事になると言いたい事言って」

守屋はそれを聞いて、はははははと豪快に笑った。

「そうだね。夏子ちゃんの言う通りだ」

お互い空になった缶を捨てて、それぞれの車でそれぞれの方向へ帰っていった。


 別れ際に夏子に言われた事を守って、守屋は帰宅するなり雪子に電話を入れる。時間は夜の11時を過ぎている。明日早番だと聞いているから、尚の事気が引ける守屋だ。何回か鳴らして 掛けた事実だけ残して切ろうとした時、雪子の応答がある。

「寝てた?ごめんね、遅くに」

「帰ったの?」

「うん」

守屋がさっきの電話の話を出す。

「さっきはゆっくり話せなくてごめんね。何か・・・話あった?」

「ううん。ただ・・・ちょっと声聞きたかっただけ」

雪子の小さな勇気が、守屋の心に大きく響く。

「俺も。ユキの声聞きたかった」

ふふふと雪子が照れた様に笑うから、守屋も同じ様に笑った。

「私・・・電話で話すの、好き」

その『好き』の言い方が凄く可愛くて、守屋の頬が思わず緩む。

「誰にも見られる心配ないし・・・」

雪子のその理由に、守屋の胸が少し切なくなる。

「ごめんね」

「ううん。それだけじゃないの」

守屋がもう一つの理由を待つ。

「守屋さんの声が、耳の近くで聞こえる感じ・・・凄く好き」

ベッドに腰かけていた守屋の背骨が砕けて、ごろんと横になる。仰向けに寝転んで、天井を見つめながら、守屋はその嬉しさを噛みしめた。

「ユキ。毎日、こうやってこれからも話そう」

「うん」

その『うん』という二文字なのに、雪子の嬉しさやはにかんだ感情が伝わる。守屋は目を瞑って呟いた。

「・・・会いたいなぁ・・・」

明日の早番勤務が、守屋にブレーキをかける。

「あっ!そうだ。テレビ電話にしよっか?」

「やだぁ!」

「どうして?」

「だって・・・もうお化粧もしてないし、パジャマだし・・・」

守屋ははははと笑った。

「やっぱ、そういうの気にするんだ?」

「そりゃ、するよ」

「じゃ、パジャマですっぴんの自分を見せてもいいって思ってくれたら、その時はテレビ電話しようね」

「え~?!そんなの来るかなぁ」

「来てくれないと困るなぁ」

「じゃ、守屋さんだって・・・何か恥ずかしい事・・・何かな?」

「俺、全然パジャマでも平気だよ」

「そりゃ男の人だもん!ん~、何だろう。もっと・・・何かない?」

守屋の声が小さくなる。

「筋肉が落ちて、なまった体・・・」

「じゃ、それにしよ」

「いいよ。今日から筋トレするから」

「ずる~い!」

二人の笑い声が弾ける。そして、守屋が気付く。

「ねぇ、ユキがパジャマ着てんのに、俺裸?」

電話の向こうでゲラゲラと楽しそうに笑う雪子だ。

「どう考えてもおかしいでしょう」

「守屋さんが自分で言い出したんだよ」

二人が笑い疲れた頃、守屋が言った。

「もう切らなくちゃね、寂しいけど」

「うん・・・」

「すぐまた明日、会えるしね」

「・・・・・・」

守屋には見えない電話の向こうで、雪子の顔が曇っていった。


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