日本に帰りたくないけど。
遅くなりました。
コトちゃんたちが宿屋に戻ってくる前。待っているよっちゃんのお話です。
♪♪♪
今日はいろいろあって、夕方に『羽根飾り亭』に戻ってきてからはコトちゃんとあんまりお話できなかった。こんなにお客様が入っていてとっても忙しいんだもん、仕方がないよね。
コトちゃんママとウーハさんが、私のママと厨房からお夕食を運んでくる。宿屋さんではお夕食はまだ出していないみたいで、食堂の隅の方だけ明かりをつけて私たちだけでのお夕食。
たったの二日間だったけど、食べるものはそんなに違和感なく感じられて良かった。コトちゃんもすんなり慣れたみたいだけど、コトちゃんの話してくれたお話の中には、鹿を捕まえてちぬきをしてさばいた? とか、ウサギの内臓はくさみが少ないから串焼きにすると美味しいんだよとか、今までだったら考えられないようなものがあったのにびっくりした。
でも、コトちゃんって元から活発な女の子だったし、蛇だって素手で捕まえられるくらいだから(それを私や先生にニコニコして見せに来たのを覚えてる)、きっと大変だっただろうけど覚えてやれるようになったんだね。親友の私からしてもとっても誇らしい。
「ヨシア、どうしたの? じぶんのすにかえるの、さみしいの?」
フィルフィリちゃんをかまいながら、穴掘りグマのイルマリさんがおっきな黒い目で私を見る。この二日間ですっかり私は、この穴掘りグマの一家とも仲良しになった。もちろんウホッホ族のウホイさんやウーハさんともね。みんなとってもあったかくて、優しい人(?)たちで、コトちゃんからのお手紙にもたくさんみんなに助けてもらったって書いてあった。最初の頃は、ここウラヌールの町の人たちよりもよっぽど他の種族の人たちのほうが優しくて人間味あるんだよって。今なら私にも分かる。
そりゃあ町の人にも良い人はいっぱいいる。わたしがコトちゃんに紹介してもらった人たちみんな、とっても思いやりがあってお世話好きさんばっかり。ファスタ様みたいにカッコよくて、気配りも出来る紳士な方もいらっしゃるし(きゃ~♡)ね。
「ううん、大丈夫です! でも、もう明日には日本に帰んなきゃいけないんで寂しいのはホントかなって」
イルマリさんに抱かれているフィルフィリちゃんがきょとん? って顔で私を見つめて、今しゃべったことをじっくり考えたみたい。それからじわ~っておっきな黒いお目々に涙をいっぱい貯めながらこう私に言うの。
「よっちゃん、いなくなっちゃうの? ことちゃんのおともだち、わたしのおともだち。おねえちゃんみたい、すき。いなくなっちゃうの?」
ふるふるしているフィルフィリちゃんの声も震えている。ふわっふわの毛に、まだそんなにおっきくはない両手の黒いスコップみたいなツメ。両手を私に広げてきたから、イルマリさんに目で合図してからそのままフィルフィリちゃんを両手で抱っこする。全身フワモコだからか、元々体温が高いのか、とってもあったかい。
フィルフィリちゃんの顔を正面から見つめて、私は泣かないように注意しながらにっこり笑顔にして話しかける。
「ごめんねフィルフィリちゃん。私とママは、住んでるお家に帰んなきゃならないの。ず~っとコトちゃんやフィルフィリちゃんと一緒にいたいんだけどね。でも、また遊びに来るからね? フィルフィリちゃんにも会いに来るから。必ず」
「ホント? またあそんでくれるの? よっちゃん、だいすき! うん、フィルフィリまってるね」
フィルフィリちゃんの頭をなでなでしながら、そんなに頻繁には来られないと思うけどなんとかして、定期的に『船運び』って言ったあの装置でこっちに来たいと、そう強く思った。
お夕食を食べ終えて、お皿を洗うのを手伝ってから二階の踊り場から吹き抜けの方に向かうと、そこにはふわふわと浮かびながらセントアちゃんが廊下を行き来していた。
「あ、よっちゃん、フィルフィリちゃんも♪ 夕ご飯終わったんだね」
「ごめんね、私たちだけでご飯食べてて……ほんとはセントアちゃんとも一緒に食べたりしたいんだけど、その、どうしたら良いのか……」
フィルフィリちゃんが一生懸命に、セントアちゃんに抱きつこうとしてすり抜けてるのがなんだか切ない。セントアちゃんも少し悲しい顔をしてフィルフィリちゃんを見てる。
「ううん、いいんだよそんなに気にしないで? 私お腹空かないから大丈夫。でもみんなとやっぱり触れ合いたいかなあ、ね、フィルフィリちゃん」
すり抜けちゃうのを茶化すように、明るい声でそう言うセントアちゃんの顔は、すこしだけ物憂げで心なしかその姿も薄らいでる感じがした。
しばらくしてコトちゃんたちが帰ってきたんだけど、後から増えたお客様の対応とか朝食の下準備とかで忙しいみたいで、ろくすっぽ話も出来ないでいた。ママは厨房でなにかお手伝いしようかって言ってたんだけど、お肉を捌いてミンチにするって聞いて戻ってきちゃった。仕方ないよね、私だってごめん、無理だもん。
それにしても、宿屋さんのお仕事ってとっても大変だ。
朝は早いし、お掃除にお客様のお相手、お部屋や食事の準備に買い出しなんかもあるんだって。そうそう、買い出しって言ったらコトちゃんパパが、大事な荷車だって言ってリヤカー? みたいな荷物を乗っけて引っ張る、車輪部分が木の輪っかになってる台車を使って運んでるのを少しだけお手伝いさせてもらった。
確かコトちゃんたち一家は、このウラヌールの町を恐怖に陥れてた『色なし』っていうのをギャフンって言わして、ファスタ様のお父様、フォーヘンド様から爵位をいただいて貴族になったんだよね。その貴族って偉い人? みたいなものなのに、なんでも自分でやんなきゃならないなんて。
すごいなあ、コトちゃんたち。
「ふう~っ。ごめんねえ、よっちゃん。ようやっと落ち着いたよお! ってもうこんな時間、明日の朝もまた早いからもう寝ないといけないね。ゆっくりよっちゃんとお話したいのに……ほんとにごめんね?」
「ううん、仕方ないよお。それだけ繁盛しているってことだもん、いいことだと思うよ♪」
よっちゃ~ん♡ って言いながら、コトちゃんが私に抱きついてくる。そんなコトちゃんを受け止めて、ぎゅってしたら気づいたことがあったから、コトちゃんに面と向かって聞いてみた。
「ねえコトちゃん。もしかして背伸びた? それに、その、おっきくなったよね、ことちゃんの」
通っている中学では、あんまりうれしく思えない私の胸。ファスタ様にはどうやら気に入ってもらえたみたいだから、今となっては良かったって思うけどほんとは私は、コトちゃんみたいにほっそりしたスタイルが好き。そのコトちゃんが少し身長が伸びて、相変わらずほっそりしてるけど胸が前よりもふくらんでいるのがすぐ分かった。私たちの年なら当たり前だけど、離れてた間に少しの変化だけど変わっていく親友がなんだか、誇らしいっていうか感慨深い? っていうかね。
えへへって笑いながら、なんだかとっても大人っぽい表情をするようになったコトちゃん。あの誘拐事件やその時にあった、大変な思いをしたこと、そしてコトちゃんを救ってくれた黒いマントの人。セントアちゃんのことだって、きっとこの短期間に私なんかが普通に暮らしてるよりももっと多くの体験をしてるから、コトちゃんがどんどん魅力的になっていってる気がする。
コトちゃんのお部屋で私は、一緒のお布団の中で少しだけお話をした。明日も早いし、私たちも明日帰らなければいけないし。そんな中、コトちゃんがうっつらうっつらしながら言ったことが印象深かった。
「よっちゃん、私ね、これからもっともっと宿屋さんのお仕事頑張って、もっともっと町のお役に立てれるように『力』の修行をして、出来るだけ早くにセントアちゃんを元の体にしてあげたいの。そしてその後はゼファーおじいさん。どうせまたゾーンみたいなのが出てきちゃうと思うんだ。だからその前になんとかしないと……すう」
すぐそばでセントアちゃんもふわふわと横になっていた。
そう言えばセントアちゃんから、前に宿屋さんの仕事を手伝ってくれていた、ファーゴさんっていうお兄ちゃん? のことを聞いたんだけど
私はそんな二人を見ながら、なにもしてあげられないのがもどかしくって。コトちゃんの黒い髪、今ではいろんな色合いに変化する濡羽色だっけ? その長い髪の毛を優しくなでなでしながらすこしだけ、胸が苦しくなった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ここんとこ、少し心情面の描写が多い気がします。実生活やお仲間の活動など、いろいろ影響を受けているのかもしれません。
次回はよっちゃんが日本へ帰る日。何事もなければ良いんですが。




