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ウラヌールの宿屋さん ~移住先は異世界でした~  作者: 木漏れ日亭
第二部 第四章 北の大地、北の国。
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【閑話】お手伝いさん。

 お客さんの御用聞きに、セントアちゃんが二階の各部屋を回っていたら……

◆◆◆


「お休みのところ失礼します! 宿の者ですが、なにか御用向きはございませんか?」


 一部屋一部屋、声に出して確認をしていく。ほんとは扉をコンコンと叩いて知らしたいんだけど、私の場合はそれが出来ない。なぜなら、私には実体がないから。


 パパ……フミアキパパが持っている占いの道具、タロットカードって言うらしいけど、そのカードの中にいるゼファーおじいさんが言うのには、私の状態は幽霊とかじゃなくて心身しんみが具現化したものなんだって。本当の身体、現身は幽世って場所にある。コトちゃんのあのあったかい『力』でこっちに長くいられるようになるまでは、いくら頑張ってもその幽世に引っ張られて、なんにも見えない暗い所に押し込められて寂しかった。


 それがどうだろう、今こうして生身の体がなくったって懐かしい宿屋の仕事が出来るんだから。本当にコトちゃんや、パパたちには感謝してもしきれない。


 声かけをしていると、はじの部屋の扉が開いた。


「ああすまないねえ、それじゃあ下まで介添えを……無理だね嬢ちゃんじゃあ。仕方ない、それじゃあ誰か別の人を呼んでもらうか、無理なら後で部屋に湯を運んでもらえるよう伝えておくれ。あまり足腰が良くなくてねえ、下まで一人で降りるのが難儀なんでね」


 かなり年配のご夫婦なんだろう、表に出てきたおばあさんはすっかり腰が曲がってしまっている。これじゃあ階段の昇り降りどころか、盥にお湯を張ったとしても足を浸けるのが精いっぱいだ。私がなんとかしたいと思っても、実体がないから触れることも出来ない。返事だけして申し訳ない気持ちでいっぱいの私は、階段を降りて受付の椅子に座って(気持ちだけね)俯いていた。


 カランコロン。


 玄関の木鈴がなったけど、もう満室だからお問い合わせなら断わらなきゃいけない。私は頭を上げ、玄関前に向かった。


 頭を下げながら、宿泊のお客さまかどうか確かめようと顔を見ると、相手の人が驚きの様子で私を凝視していた。私もその顔を見てしばらく固まっていたんだけど、涙が頬を伝わっては落ちて消えていくのをうっすらと感じた。


「ま、まさかセントアちゃんなのか? 生きてたんだね、ほんとにほんとに良かったっ!」


 私の止まっていた時間が、コトちゃんのおかげで動き出してそしてまた、今目の前に現れた人物によって加速する。


「ファーゴおにいちゃん……」


 勢いよく抱きつこうと思って飛び出した私は、おにいちゃんの体をふにょんとすり抜けてしまった。その時に感じた気持ちは、前にフミアキパパが誤ってすり抜けた時とはぜんぜん違うもので、甘酸っぱくてなんだかずくんっ、って感じだった。


「セントアちゃん、その身体は……ああ、あの後戻ったぼくが感じたのは、セントアちゃんの気配だったんだけど、あの場にいたんだね?」


 そうだ、今まで思い出さないようにしていたこと。忘れようとしていたあの光景。買い出しから戻ってきたおにいちゃんが、半狂乱になってパパとママを抱きかかえて叫んでいたのを私は、薄い膜一枚を隔てたようなところから眺めていたんだ。


「うん、そうだと思う。私はパパとママに守られて、今はこうしてこんな風になってるけど、またここで働けてる」


 うんうんとファーゴおにいちゃんは頷きながら、優しく微笑んでくれた。その目がうるんでいるように見えたのは間違いじゃないと思う。


「えと、おにいちゃんはどうしてここに?」


「うん、あの後しばらく町を離れて旅をしていたんだけど、町に活気が戻ってきて、北も以前に比べるとまだまだだけど賑やかになったって聞いてさ。ああそれなら『羽飾り亭』は今はどうなってるんだろうって気になって。それで前まで来たら中からあったかい光があふれてきててさ! いてもたってもいられなくなって」


 玄関先でそのまま立ち話をしていると、ラウンジの方からパパ、フミアキパパが怪訝そうな顔つきで近づいてくる。


「セントア? そちらは知ってる人なのかい?」


「あなたは、今のこの宿屋の御主人ですか? ぼくはファーゴって言います。以前にこちらで仕事を手伝わせてもらってました」


「セントア、そうなのか?」


 私は力強く頷いた。私にとっては、とってもとっても大事なおにいちゃん、ぜんぜん赤の他人さんだけど大切な人なんだもん、変な風に思ってもらいたくないから声にも力が入ってしまう。


「そうだよ、パパ! とっても優しくて力持ちで、頼りになるおにいちゃんなの!」


 フミアキパパはほうって一息吐いて、改めてファーゴおにいちゃんの方に体を向けた。


「そうか……それは失礼したね。ああ、俺が今はこの宿屋、『羽飾り亭』の主人のフミアキだ。それに、セントアの父親でもある」


 優しげな笑顔を向けながら、力強くそう言ってくれた。なんだか嬉しくなってきて、ふわふわ二人の間を行ったり来たりしちゃった。


「そんな! ぼくはあの一件の後、ここに足を運ぶのをためらってしまって。ようやく来られたらこうしてセントアちゃんにも会えたし、宿屋さんも再開されてて。こんなに嬉しいことなんて久しぶりすぎて……」


 なにやらパパの顔が、子供っぽいっていうかいたずらを思いついたみたいな顔つきになってる。ど、どうしたんだろう?


「そうか、そうか! 宿屋にそんなに思い入れがあったなんて、これは天のお導きか、セントアのおかげだな。なあセントア? ああそうだ。ファーゴ、って呼び捨てで構わないか? 良かった。なあファーゴ。もしよかったら俺のお願いを聞いちゃあくれないか?」


 パパはおにいちゃんの肩を右手でぽんって叩いて、背中に手をまわしながら受付の中に連れて行った。その時に私に振り返り、パチンってウィンクをしてきた! え、いったいなに?


 パパとおにいちゃんの後に付いて行きながら、なにが始まるのかドキドキした。


「まあ座ってくれよ、ああ遠慮なんかすんな? 俺の大事な娘の一人、セントアがおにいちゃんって言うくらいだからな。俺にとっても身内みたいなもんだ、なあそうだろ、セントア?」


「う、うん。そうだね、パパ」


 なんだかパパが、にへらって感じの笑い方をしている。少し、ううん、かなり気味が悪いんだけど……


「そ、それでフミアキさん? ぼくにお願いってなんでしょうか」


 引きつり気味なおにいちゃんがそうパパに尋ねると、パパはにへら顔をいっそう強く? しながらおにいちゃんに言った。


「なあファーゴ。もし君が良かったらなんだけどさ、セントアを助けるって思ってさ、この宿屋でまた働いてくれないかな? それともあれかな、もうどっか別のところで働いてるのか? それなら無理にとは言わないが」


 たぶん私の今の顔は、心身で薄く透き通ってはいるけど期待に満ちた顔をしているってばればれだろう。おにいちゃんくらいに性格も良いし、優しくってかっこいい人を放っておくはずがない。きっとどこかで働き口を見つけて、既に責任なんかも持たされているんじゃないかな。半分以上あきらめながら、それでもやっぱり期待しちゃってる私ってなんだかずるい。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、おにいちゃんがゆっくりと、私とパパの顔を見比べてこう言った。


「良かった。フミアキさんは、セントアちゃんの父親になってくれたんですね。そしてぼくなんかを誘ってくれる。はい、ぼくの方こそお願いします! ぜひ今日からでも働かせてください、三年近くあっちこっちを旅しながら料理も覚えました。お役に立って見せます!」


 おにいちゃんとパパが、だんだん下の方に下がっていってる。あ、違った、私が浮き上がってたんだ。あまりにも嬉しすぎて、心だけじゃなくって心身の身体自体が勝手に浮き上がっていたんだね。恥ずかしすぎてそのままふわふわしていたら、受付の扉の外の方でどばばば~って盛大な音がするのが聞こえた。


 パパとおにいちゃんが首を傾げているのを横目に、私はそのまま浮き上がりながら受付窓の方から扉の方に回ってみると。そこには、涙でぐしょぐしょになって抱き合ったママとコトちゃんが座り込んでいた。


 その二人の周りには、コトちゃんが出しちゃっただろう、色とりどりの♪ や♡ の音石だっけ? が、ごろごろと転がって優しい光をあっちこっちに振りまいていた。


 あちゃあ~、また片づけるのが大変そうだな。マイヤさんに怒られちゃうかな。でも、それよりもなによりも。


 とっても綺麗で、とっても嬉しいな!

 いつもありがとうございます。


 セントアちゃんが、どれだけ悲しい目にあったのかは書きません。


 代わりに、幸せになってもらいたいのでファーゴくんに来てもらいました。


 あ、ちなみにファーゴくんはこの後すぐに、二階の老夫婦を背負い浴室に連れて行って、コトちゃんと分かれておじいさん、おばあさんのお風呂の介添えを初仕事として無事終えるのでした。

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