隣国の噂。
おはようございます。最新話です。
領府に向かい、現状の話を聞くフミアキたち。
◇◇◇
六の鐘が鳴ってからだいぶ経ってしまった。宿屋の仕事は、どうしてもお客さんに合わせなきゃならないところがあるから仕方がないと言えばそうなんだけど、今はそんなことも言ってられない。俺はコトハとマイヤさん、そしてゼファーじいさんを他のカードと一緒にポーチに突っ込んで(ごめんごめん、ポーチさんだったな、よしよし)、急いで領府へと向かった。
「フミアキ殿、え、今まで通りで良いと? はい、それではフミャアキさん……すみません。でフミアキさん、どうしてご領主様のところに急がなければならないのですか?」
マイヤさんがコトハのペースに合わせてきながら、俺に聞いてきた。さっき軽く説明したが、コトハにも分かるようにしておきたいからだろう、俺はそれに合わせることにした。
「今この領内ではいくつかの大きな出来事が動いてる。一つは『色なしの悪魔』、ゾーンが関係している、この世界を混沌に陥れようとするやつらがいるってこと。これからも絶対に、なにかことを起こすはずだ。二つ目は、俺らが来たことで今までの停滞、っていうか閉塞した状態から、このウラヌールが変わり始めていること。別に自慢することじゃないが、コトハがいるからな。これは大きい。三つ目はこの二つと係わってくるけど、今やこのウラヌールが注目を浴びてるってことだ。今フォーヘンド様のところに向かっているのはこの件が、急を要することになりそうだからだな」
急ぎ足とはいえ、ずっと動きながらしゃべるのはさすがにきついものがある。そりゃそうだよな、俺は四十を過ぎてるし、どちらかというと運動は苦手な方だ。
ゼーゼーしながら北側の領府入り口に着くと、待っていたかのように門が開いた。そこにはいつでも対応できるように待機してくれていた、フォーヘンド様の執事であるハンニバルさんがいた。
「フミアキ様、お仕事もおありでしょうにお越しくださいまして、誠に……はい、かしこまりました。どうぞこちらへ」
話を端折ってもらって悪いが、今はそれどころじゃないからな。俺たちはハンニバルさんに付いて領府の一角にある部屋に通された。
そこは会議室になっているらしく、木製の長机と革張りの椅子が数脚用意されていて、一番奥中央には領主であるフォーヘンド様、その隣にはファスタが座っているが落ち着きがない。相変わらず犬のように、好奇心からか尻尾を振っているのがここからでも分かる。当たり前だが尻尾は生えてないけどな、そう見えるだけだ。
他には、商工ギルドのギルド長代理のサミュート。緑色の肌、小さな角に大きく開いた口にはキバが覗いている。子鬼で商工ギルドの職員で。うちにはいろいろ便宜も図ってくれていて、その見た目とは裏腹に、人情味があって頼もしい。そのサミュートの横には……誰だ、初めて見る顔なんだけど?
「え~と、こちらの方は?」
少なくともまったく関係ない人を、フォーヘンド様が同席させる訳はないだろう。どこかの関係者かなんかだろうが、あんまりここにはいたくない様子で、終始逃げ出す道を探してるみたいにキョロキョロしている。
「そういえばだギェど、フミャアキさんははじめてあうんだっったギャな。このひと、カイラっていってオイラっちのどうりょうだギャよ。いっつもどっかにきえてて、かんじんなときにいないんだギョよ? おかげでオイラっちとばっちり……」
なんだかご愁傷様って感じだ。そう言えば、初めて商工ギルドに行った時にサミュートがなにやら言ってた気がするが、まあいいや。
「私から説明しよう。ここにいるカイラさんは、王都にある商工ギルド本部から出向してきてもらっているんだ。元々あのギルド長の不正を重く見た巡察府、マイヤさんたちからの報告で動いてもらってね。ギルド長の更迭後も、落ち着くまでいてもらうことになっていたのが渡りに船、今回の事態にも中央との橋渡しになってもらえると考えたんんだ」
ファーラルク様から紹介されたカイラさんは、さっきと同じように居心地が悪そうにしていたがそのままってわけにもいかず口を開いた。
「まあ、そういうわけさ。わたしがどんだけ橋渡し出来るかわかんないけどさ、乗っかちまった船、仕方ないから協力してやるよ。あんまり気が向かないけどさ」
どうでもいいけど、なんだかこう……あんまりやる気のない感じの人だ。見た目は、そう、マイヤさんほどではないけどかなりの美形だ。髪は栗色のショートカット、細身の身体に緑色の短いチュニック、その上に革のベスト。足元は動きやすそうな木綿のスラックスにショート丈のブーツ。ボーイッシュって言って良いのか? その割に物憂げな態度がアンバランスだ。
「それで? ファスタ様から聞いたけどさ、どうして北の地がそんなに重要なんだい。打ち捨てられて久しいし、採れるもんもあまりありゃしない。北の国、シレールと国の境になってるから多少の往来はあるけどさ、それもあったかい季節にしか峠は越えられないからね」
確かにあの山脈の険しさは半端じゃない。間近で見てきた俺たちにはよく分かる。しかし今は違う。まだそんなに多くの人に知られていないが、山脈を貫くトンネルが出来たんだ。この重要性について、時間が経つほどに分かる人も出てくる。そうなれば、そこに生じるのは利権だ。早いもん勝ちと言うと言葉に悪いが、ここをもし悪意ある人間に抑えられでもしたら。考えるだに恐ろしい。
「北の地が重要じゃないんですよ、まあ重要にはなるんだけど。それよりも今は俺たちがここに来るまでに掘ったトンネルを、急いでウラヌール領で押さえて管理しないといけない。代官一派のやつらに接収でもされたらややこしいことになるに決まってるから」
それもそうだね、北の国とのこともあるし。とカイラさんは言って立ち上がる。
「話は解ったよ。それじゃあ後はサミュート、あんたに任せたからね」
カイラさんはぽんってサミュートの肩を叩いて、フォーヘンド様にお辞儀を軽くして場を立った。
「いっつもこれだギャよ。いちどいなくなったら、なかなかでてこないんだギャらね~」
振り回されてるんだな、サミュートくんよ。本部から来たってだけであれなのに、こうせっかちだと周りが大変だ。でも、裏でどんだけ動いてるんだろう。こういうタイプはけっこう仕事出来たりするんだ。
カイラさんと入れ替わるように、早馬が着いて騎士が駆け込んでくる。
「急ぎラダー隊長よりお知らせするよう言付かって参りました!」
息切れしながらそう言う騎士に、ハンニバルさんが水を差し入れる。その水を一気に流し込んで、騎士が息せき切って報告する。
「北の山脈の麓、隧道に到着後、シレール側にはラダー隊長がウホイ殿たちと隊員数名が向かいました。こちら側はロンロ他で押さえました! いまだ代官一派の所在は掴めておりませんが、取り押さえるのも時間の問題かと」
気がついてからそんなに時間が経っていなかったせいもあって、混乱はなかったみたいだ。何よりも、代官たちにトンネルを押さえられてなかったってのが大きい。もしかしたらそこまで頭が回ってなくて、ただ単に逃げ出しただけ……
「領主様、さっきカイラさんが言っていた北の国シレール? って一体どんな国なんですか?」
俺が質問するよりも早く、コトハがフォーヘンド様に尋ねていた。そのフォーヘンド様は、苦虫を噛み潰したような顔でコトハに向かって応える。
「そうだね……十数年前までは頻繁に人や物の往来もあったり、使節団なんかも王都に向かう途中でうちの領に立ち寄ったりしていたのだけど、やはり『色なし』の影響からか交流もなくなってね。どうしても山によって遮られているために、私たちとしても判らないことが多い国ではある。それでも今まで何か、これと言った注意が必要な訳ではなかったよ」
ふんふんとコトハが頷いている。やっぱりここでも『色なし』の話が出てくるということは、シレールでも同じようなことが起こっていても不思議じゃないな。
なにやら腰のあたりがムズムズする。変な意味じゃないぞ、腰に吊るしたポーチ、さんがプルプルとしている。
ポーチさんの両閉じ紐を緩めると、中から一枚のカードが勢いよく飛び出してきた。もったいぶるのはやめような、毎度おんなじなんだから。
『聞こえておったぞ、なぜにわしを呼ばなんだのじゃ! わしがかねてよりゾーンを追っていることを知らぬものではないであろうが』
「これは賢者殿、いらっしゃったか」
『おるに決まっておろう。わしを誰と思うとるんじゃ』
そりゃ決まってる。寂しんぼで、目立ちたがり屋だろ?
「をれで何を知ってるって言うんだ? じいさん、あんたいろいろ係わりすぎてて聞くのが怖いよ」
俺が思ったことを言うと、じいさんはムッとした感じでカードの身を揺らした。
「し、仕方なかろう、わしだってこんなに永きに渡り、きゃつめと係わるとは思わなんだもん」
そう言ってしゅんってなって、コトハの近くに弱々しげに近づく。なあにがもんだ? ほだされたりしないぞ、俺は。どんだけ俺たちが振り回されてると思ってるんだ。同意を求めようとしてコトハを見ると、じいさんのカードを胸に抱いて、よしよししてたよ。
コトハはいつでもマジ天使。ふう。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
少し説明臭かったでしょうか。今回、一度だけ名前が出てきた人物が登場しました。すぐに退場しますが。
次回は今後の対策について、もう少し話し合いが行われる予定です。
よかったら、みなさんのお声をお聞かせ下さい。よろしくお願いいたします。




