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ウラヌールの宿屋さん ~移住先は異世界でした~  作者: 木漏れ日亭
第二部 第三章 宿屋さん、『羽飾り亭』。
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お客さんの案内。

 『羽根飾り亭』の外では、事態の収拾に当たるべくファスタくんやラダー隊長が動いてますが、宿屋の仕事がありフミアキさん、やきもきしながら接客しています。

◇◇◇


 五の鐘がだいぶ前に鳴り終わり、そろそろ大陽が傾き始める頃。宿屋である『羽根飾り亭』に、新しいお客さんがやって来る時間帯だ。


 カランコロン♪


 入り口扉に付けた木鈴が音を立てる。接客はコトハとセントアがメインで、受け付けや似運びは俺がやることが多い。


「羽根飾り亭にようこそ、お客様! ご予約はおありですか?」


「お、おう? この宿屋は会員制なのか?」


「いいえ! まだ予約されるお客様はいませんが、練習しとかないと忘れちゃいそうで、ってすみません……」


 そう正直に言うコトハ。お客さんも面食らった顔をしてはいるが、怒っているわけじゃなく仕事熱心な娘だな、くらいに思っているようだ。


「そうか。それなら宿賃はいかほどかな、見たところかなり高級そうだが」


 玄関扉を開けて中に入っただけでこれだ。ラウンジに通したらどう思われるだろう、腰抜かしたりは……さすがにそれはないか。


「はい、素泊まりで二千ルート、朝食付きで三千ルートです! あ、お部屋には湯浴み用の大桶が完備されてて、お湯の用意は無料です。お手洗いは一階と二階それぞれで男女別になっています」


 このお客さん、中年の旅人風だが表情豊かだな。まあ驚くのも無理はないけどな。なんとなれば、普通の町中の宿屋は、各部屋に湯浴み用の大桶は基本置いていない。お湯も別料金でただじゃないし、運ぶのもお客さん本人だ。トイレだって下手したら、部屋に置いてあるふた付きの桶に用を足し、済んだ後の桶は自分で運んで共同の肥溜めに持っていくか、お金を払って運んでもらうかが当たり前だ。


 大桶は、爵士叙任の際にもらった謝礼で賄ったが、トイレは元からあったものだし、お客さんにはもう一つ、驚いてもらう仕掛けが待っている。


「あとお部屋での湯浴みじゃなくて、大きなお風呂に入りたい方には、入浴料五百ルートで男女別の浴場をご利用いただけます!」


 案の定、旅人風のお客さんはあんぐりと口を開いている。


 それもそのはず、領都とはいえ田舎町の、しかも普通の宿屋で風呂があるところなんて聞いたことも、見たこともないだろうから。


 少ない時間でだけど俺なりに調べてみた感じでは、それなりの風呂がある場所は、高級旅館か王都の浴場施設、そして領地持ちの上級貴族の屋敷か王宮に限られている。


 じゃあなぜうちの『羽根飾り亭』には風呂があるのか? それはおそらく俺が知っている、いいや、深く関わったあいつによるものじゃないかって思う。職安の葉山さん(本名はハヤームだったか、ややこしい)の紹介からして、偶然にしては出来すぎてるからな、今までのあれこれが。


 まあ今はその話は関係ない。と言うよりは、落ち着いたら探すつもりだから置いておく。


「はあ? 外湯まであるのかこの宿屋は!? しかもその料金でか?」


「はいそうなんです、リニューアルオープンして間がないから、サービス価格なんですよ♪」


 コトハのこの言葉にすっかりほだされた旅人風中年は、それじゃあお願いしようかとなった。


 ここからは俺の仕事だな。コトハから引き継ぐ。


「ありがとうございます。それではまずこちらの宿帳にお名前を。はい、ありがとうございます……ゴルゾ・ソダン様ですね」


 書かれた文字を見てお客さんに確認する。比較的身分の良い人物なのかもしれない。きちんとした字が書けるという点でそれが分かる。こちらの世界の住民は、そんなに識字率が高くない。さすがに貴族階級であればそんなこともないとは思うけどな。俺はかろうじて読むことが出来るまでにはなった。教えてくれたのはマイヤさんと、ファスタの二人。書く方はまだまだだが、コトハはもうどちらも問題ないらしい。さすが我が家のマジ天使!


「ソダン様、ウラヌールでの滞在は何日になられますか? それと食事は先程お伝えしたように朝食はお出しできますが、夕食はまだ開業後間もないものでお出ししておりません」


「ああ、とりあえず今日一日泊めさせてもらおうか。朝飯はお願いするよ、早めが良いのだが可能だろうか?」


 一見さんだ、仕方ない。とりあえず一泊で様子を見たいといったところだろう。


「二の鐘のすぐ後で良ければお出し出来ますが。はい、ではそのように。なにかお嫌いなものはありますか?」


「うん? そのようなことまで尋ねられたのは初めてだ……そうだな、嫌いなものはないが筋張った肉は少々苦手だな」


 ふむふむ、朝から肉は食いたいけど焼くだけではダメそうだな。サクヤに伝えないと。サクヤは今私室で休んでいる。だいぶお腹もせり出してきて、休み休み厨房に立つ。夕食の提供や食堂の営業は、お腹の子供が産まれてしばらく落ち着いてからになるだろう。従業員を雇うことも考えていかなきゃならないかもしれない。


「かしこまりました。それではお部屋まで案内させていただきます。まず外湯はこちらになりまして、お入りになりたい時は先にお申し出下さい。他の宿泊客との兼ね合いがありますので。こちらはラウンジになっています。いつでもおくつろぎ下さい。ただし、裸や下着姿でのご利用はいただけませんので。そして食堂になりまして、朝はこちらへお越しください。お部屋は……この一号室になります。鍵をお渡ししておきますね。お出かけの際は受付に鍵をお渡し下さい。留守中部屋には誰も入れさせませんし、預けておけば安全ですので」


「ありがとう。しかし宿の造りといい、この部屋の支度といい。町の活気もそうだが他の領とは大きく違うようだな。とかくいろいろな噂話を聞いてやってきてみたんだが、どうやら本当のこともあるようだ」


「噂話ですか? 一体どんな噂が流れているんですか?」


 少し興味があって聞いてみた。


「俺が聞いた噂はとかく嘘くさいものばかりだったんだが、やれ北の外れであの『色なしの悪魔』を撃退したとか、やれ領主に取り憑いた悪霊を天使が降りてきて浄霊したついでに、領全体に祝福を授けていったとか。まあそんなことが出来るのならば、それはもう天使ではなく女神かなんかだろうがな。他には……美しい歌声で世の男達を惑わせる、悪魔のような美姫が現れたといったところか。ああ、言葉を巧みに操っては周り中すべてを真っ黄色に塗り替えてしまう、いわば『色なし』の真逆な力持ちがいるなんていうのもあったな」


 そんなのがいるのだったら、ぜひ一度お目にかかりたいものだ。そう言ってソダンさんが豪快に笑った。


 なんだかえらく大変なことになってるぞ。そもそもソダンさんは北の山脈に突然現れたという、地下深くまで穿うがたれた穴、迷宮への入り口の話を物は試しだと言って冒険心から探索に来たんだと更に言うし。


 どんだけ話に尾ひれがついて回ってるのか、考えるだけで怖い。しかもその噂すべてが、つい今さっきまでソダンさん、あなたと話してたうちの娘のことなんですよお、いやあマジ照れますわあ! 凄いでしょ、あ、サインはご遠慮くださいね、握手会はまた日を改めまして。なんて冗談が頭の中をよぎったが、ぶんぶんと振り払った。


「どうした、ご主人。なにか悩みでもあるのか?」


 そんな心配をされてしまった。



 それからも千客万来。北の地に新天地が出来たので、そこで一旗揚げたいと息巻く法衣貴族の三男坊だとか、はるか東の地で祖国を戦で失った一家が、安住の地を求めて流浪の末にここまでたどり着いたとか、ひっきりなしにお客さんの案内に時間を費やすことになってしまった。


 ファスタやラダー隊長に動いてもらってるが、早く仕事を切り上げてフォーヘンド様のお役に立ちたい。ひいてはこのウラヌールの町、いいや領全体のためにも。そう思いながらも、領府に向かえたのは六の鐘が鳴る少し前になってしまっていた。

 いつもお読み下さり、ありがとうございます♪


 今回は、宿屋の仕事の一端をご紹介しました。これで少しは、章タイトルに内容が近づいたかな?


 次回からは章が変わる予定です。



 もしよろしければ、ご意見やご感想をお寄せ下さい。もちろん評価やレビューなどもいただけましたら、作者泣いて喜びます。

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