色のないカード。
今回は、コトちゃん~パパ~コトちゃんとなります。
♪♪♪
私は、パパになでなでされて、いい具合にほこほこしているポーチさんを改めて見直した。
光沢のある黒、というか艶々しててなんかね、その、ん~色っぽい? 紫がかっててたまに濃い緑に移ろったりするんだもん。
不思議だなあ。ポーチさんと私が意思の疎通?こんなの普通じゃ考えられないシチュエーションなのに、そんなにびっくりしていない自分がいるんだ。
なんだかこれが当然あるべき姿に思えたりする。
ほこほこしているポーチさんが、とおってもいじらしくてついつい本題を忘れてしまいそうになるよ。
そう、本題はそのポーチさんの中身だからね。
「パパ、そのポーチさんに大切に入れてるもの、見せてくれる?」
「あ? ああ、そうだよな。そのために持ってきたんだからなあ」
なんだか腑に落ちない様子で、ポーチさんをなでなでするのをやめる。ポーチさんも満足したのか、文句を言ってくる気配はなかった。
でもなぜか、ほっぺ(どこだ!)がほんのりあかあくなってる感じがする。?
パパがポーチさんの、ちょうちょ結びされた両とじのひもに手をかけた。
……ポーチさんっ!
恥ずかしいのね、そうなのねっ?
でもがんばって! そうじゃないと、先に進めないんだよお。
どうやら無事にほどけたみたい。私なんでこんなことを心配しないといけないのかなあ。お部屋で小説読んでるだけじゃあ味わえないね。
ふう、なんか疲れた。
さっそく取り出された物を見てみる。
占いに使う物っていったら、水晶、四柱推命のくじみたいなの?手相に(あ、物使うんだから違うね)、やっぱりタロットカードかな?
やっぱりタロットカードだったね、想像通り。
すごい厚さなんだね、枚数は確か七十八枚? トランプがジョーカー入れて五十四枚だからだいぶ多い。
タロットカードっていうと、すごおい絵の綺麗で意味深な大アルカナ二十二枚と、トランプみたいな小アルカナっていうのがあるんだよね。全部揃ってこの枚数。
すんごい人気があって、私たち小学生の間でも自分で持っててやってる子もいるんだよね。
大アルカナは、描かれてる絵柄を解釈して占うし、小アルカナは、数字を利用するから合わせるとなんでも占えるってその子は豪語してたみたい。
その子の占いが、当たるかどうかは別にしてね。
そんなカードの束が、私の目の前に置かれていた。
広げられたカード一枚一枚が、静かに眠っているみたい。
ん? 布に感じた声や、ポーチさんとのフレンドリーなやり取りと違って、聞こえてくるだろう声みたいなものや、感じるものがものすごおく遠くてかすかだ。
ちらちらとした、小さな灯りみたい。
疑問に思ってよおく目を凝らして見てみると、その理由がすぐに判った。
色がなかった。
◇◇◇
きっとコトは、がっかりするだろうなあ。
三年間、俺だって忘れてた訳じゃない。意識的に近づくのを避けてしまっていたのは否めない。そりゃあそうだろ? 俺にとっては因縁深い、ある意味俺の人生を決定付けた代物だ。
コトには、間違いなく『力』がある。
それも、かなり強いものじゃないかと思う。
なぜ思うって消極的な言い方になるのか? それこそ今からコトに見せなければならない、あの物に関係してくる。
まさかあの時に、こんなことになるって判ってたらもう少し上手く付き合っていけてたんじゃないのか。
それも今更か。
おれはひとりごちながら、ポーチ(コトはさん付けしてたな)の、ちょうちょ結びされたひもをほどき始めた。
なぜだかコトが変な感じに身悶えてるぞ? 大丈夫かなあ。
ひもはなんの引っかかりもなくほどけた。
判ってはいたんだ。だって繋がりが見えてこないのはこれまでとおんなじで、少しだけ期待していた気持ちがなくなっても、そんなに落ち込むようなことにはならなかった。
カードには、色がなかった。
カードを持つ手には、何も伝わってこない。
俺が後付けで授かった『力』。それは紛れもなくこの手作りの、というより自ら生きているかのように動き回るカードから受けたものだった。もしくはこのカードを俺に預けていったあいつからか?
その躍動感あふれる、このカードにあった生気のようなものが根こそぎ立ち消えている。三年前から。
♪♪♪
「これが占いの道具なんだね。まるで、その、言ってもいいのかな……眠っているみたいだね」
パパが諦観と寂寞とした気持ちを顔に貼り付けたままでいた。難しい言葉だったけど、今のパパの気持ちを表すのには適当だと思ったんだ。
そんなパパの気持ちが、私がそう聞いた後で溶けた。
「眠っているのか……? 死んじまってるんじゃなくて?」
パパの顔から、さっきの難しい感じ(漢字?)が消えた。
それを横で見てたポーチさんがなんだか嬉しそうに色づいた。
「うん、そんな風に感じるんだ。起こしてくれって」
ポーチさんがうんうん言ってる。もういいよね、素直が一番。回りくどいのはやめようね。
パパもうんうん言ってる。そして、思い切ったように私に言った。
「コト。お願いだ、このカードたちを起こすことが出来ないか? たぶんコトに語りかけてたのは、このカードだと思うんだ」
一枚だけ大事そうにカードの束の中から選び出して、横に置く。
そのカードは、横を向いて片手で灯りをかざしながら、しっかりと前を向く老人の絵が描かれていた。
私の目には、その灯りがほんのかすかに瞬いているように映った。
「わかったよ。触り方ってあるのかな? 失礼にならないようにしないとね」
「……コト。むぎゅ~ってしていいか?」
「パパっ! 今それどころじゃないでしょ?」
「むう。目は塞がないほうがいいかな。彼の見通す先に『径』があるはずだ」
後ならいいんだな、むふふとか言ってるよ。パパ。ちょおっとだけど、ざわってしたよ。
改めてそのカードを見ると、灯りを差し出している方向になにか重い空気、というか帳が降りているようで怖い。灯りを点けている姿なんだから、夜だと思うけどそこだけ更に濃密な印象が色濃くなっているんだ。
そこで私は、カードの端っこを両手でそっと持ち、指を滑らして灯りをなぞっていたら、無意識に声が出た。
かくれたみちを さししめし
まえむきすすむ みちびきて
おんてにかざす そのあかり
つよきいしもち ともすひよ
おもきとばりを うちはらう
あかるくなあれ!
灯りのところを触っていた指が、とても熱くなってあわてて離した。
さっきまでちらちらとしたイメージしかなかった灯りが、明々と光り出し、かざしていた老人の顔を照らした。
描かれた絵は、そこから劇的に変化を始める。
しわに刻まれた顔の、細く絞られた目に強い意志を宿し、前方に暗くわだかまる帳を打ち払って進みながら、道を切り開こうとする老人の足取り。
しかし帳の袂に着き、その足取りは遅々として進まなくなってしまった。その光景を覗き見る私たちは、思わず強く拳を握り締めていた。心なしか、本部屋の室温が上昇しているのか、二人とも汗ばんでいた。
そうか、灯りも煌々と点いたからあったかくなってきたんだね。
なんとかしなきゃ。このままでは、このおじいさんは前に進めない。おじいさんが前に進めなきゃ、他のカードも付いてこれない。
そこで私はこのおじいさんの服装に注目した。
まるでつい今まで凍り付いていたかのように、かたく動きを妨げているローブ? 長衣。ぬかるみに足を取られ、踏ん張りが利かない皮の平底靴。
これじゃあ力入らないね。ただ明るくすればいい訳じゃなかった。
ごめんなさい、おじいさん。
このおじいさんのためにすぐに力になれるように……直接働きかけられるだろうか。それとも今は忙しいかな。ええ~い、ままよ!
「おじいさん、着てる服凍ってるよっ、あったかくて動きやすいコート、ぬかるんでるから靴は、底打ちされた靴を!」
そう言って私は、おじいさんに今言ったことを文字にして強くイメージした。
カードの中のおじいさんがハッとしたようにこっちを見た(ような気がした)。
そうしておじいさんは着ていた長衣を、持っていた灯りでなぞった。同じく足元も払うようにすると、私がイメージしたよりも数段かっこいいイケメンのおじいさんの出来上がりだよ。目が点だ。
新たに鹿革のロングコート、底が鋲打ちされた同じく鹿革のロングブーツの出で立ちのおじいさんが、さっきの灯りをもっと前にぐっと突き出しながら強い足取りで前に進みだした。
もう少し、もう少し!
おおう、帳が薄らぎ霧散していくよ。ちょ~かっこいいよ、おじいさん♪
前を塞いでいた障害がなくなり、辺りは柔らかな夜空に彩られていた。星も輝いているようで、気づいたらおじいさんのさっきのイケメン装束にしっかり色が付いているのがわかった。
深い落ち着きのある茶色。ブーツも同色だね。
照らされているおじいさんの横顔は、さっきよりもしわが目立たず、生き生きしているように見えた。
「コト! す、すごすぎるぞ、今目の前で起きたこと! 元からよく動いて見えるじいさんだけど、なんだこのイケメンっぷりは? すんげえ~かっこいいなあ」
パパが少年のようにはしゃいでるよ。子供っぽいところがあるなんてもんじゃなくて、目がね、もうキラッキラ! してるよ。
あ、他のカードも色、戻ってるや。
『いつもの彼奴に会いに行くがいい。布令を手にしているはずだ』
しっかりとした口調で、私におじいさんが語りかけてきた。
カードを見ると、こっちをみてウィンクしてたよ。
お読みいただき、ありがとうございます♪