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ウラヌールの宿屋さん ~移住先は異世界でした~  作者: 木漏れ日亭
第二部 第三章 宿屋さん、『羽飾り亭』。
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明かせぬ胸の内。

 遅くなりましたが、最新話です。


 今回は本人のたっての願いで(?)、ゼファーが語ります。

◆◆◆


 わしらはちょうど今、殿下――ファーラルク第二王子からの昼餉の誘いを受け、マイヤの世話になっておる酒場に着いたところじゃった。


 ここも随分と古びたのう。それも致し方ないところ、なにぶんにも、わしが知っておる頃よりも一昔は過ぎておるからの。わしだけが年を取っておらなんだが、周りはすべからく年輪を重ね成長しておったり、この酒場のように趣を深くしていくものだからの。


 しかし変わらぬものもある。先ほどより漏れ聞こえる、ピアノの音がまさにそれじゃ。なにやら懐かしいと思うたら、わしらが常日頃口ずさんでおる、我が故郷ではないか。いいのう、郷愁というやつかの。


 わしは今、コトハの上着のポケットとやらから顔を出しておるのだが、少し物足りなさを感じるのはなぜじゃろう。もちっとこうな、たゆんというかぽよんというか、そんな感じがいささか……いやいや、なにもコトハの大親友のヨシアの方が良いなどと言うておるわけではないぞ? ほんとじゃぞ。


 それよりもじゃ。ここに着くしばらく前より、コトハの様子が気になりそばに寄ったのじゃが、いかがしたものか、いつになく静かに深く考え込んでおる。まだ幼いところも多い故、これまでの騒動がだいぶん堪えておるのではないか。心配でたまらん。


 やはりなるたけ早い段階で、専門的な修行をさせねばならんの。マイヤの際も見出すのが遅く、えらい難儀したものじゃが、コトハは年は若くても『力』が太く強い故、別の意味で苦労しそうだがの。マイヤにとっても初の弟子になる。まあ、わしが近くにおるのだから安心じゃがの。



 おおう、わしとしたことが、よしなし事を思うとる間に皆店の中に入っておった。


 やはりかなり年季が入っとるのか、床板の染みや壁のひびなど目立つようになってきておる。手入れがよくされておって嫌な気にはならぬが。逆に落ち着きと申すか、貫禄を感じさせおる。まるでわしのようだの。


 ピアノを弾いておったのは、わしが知っておる者ではなかった。ん、しかしながら雰囲気はよう似ておる。誰じゃったかの……



♪ 我が故郷


風が運ぶのは 今は遠く離れた故郷の


彩り豊かに 甘く香る 花の香り 色


鳥が運ぶのは 今は遠く離れた故郷の


懐かしき ともがらの便り くわえた小枝


帰ろう 麗しき彼の大地へ


帰ろう 笑い絶えぬ輪の中へ


愛しき者の待つあの 故郷へ



 店の中は昼前ということもあってか、まだ客の姿は少ない。静かにピアノを弾く者に近寄り、マイヤがその声を震わせ懐かしき歌を曲に乗せて響かせる。


 さあすがは我が弟子じゃ! 『力』は細いがその為人ひととなりからくる歌声は、聴く者の心を揺さぶるにふさわしいものじゃ。かく言うわしも本身であれば、皆と肩を抱き合い美声で歌っておるところ。まっこと残念じゃわい。


「ゴーディ、あなた腕を上げたわね! 女将さんそっくりの、心ある音だったわよ」


 弾き手はやはりゴーディであったか。あの落ち着きのなかったやんちゃ坊主が、こうも良い音色を奏でるようになるとはのう。


 そのように感心しておったら、なにゆえかそのゴーディや客の視線がわしの方を向いておった。なんじゃ、いくら時が経とうとも、わしの威名は薄れはせぬものなのだなあ。どおれ、コトハの胸から華麗に飛び出てやろうかの。


 そう思いコトハの胸でもぞもぞしておったら、マイヤが慌てて声をかけてきおった。


「ちょ、ちょっとコトハ! 抑えて、抑えるのです、『力』がだだ漏れしているわ!」


 ポケットから抜け出てみれば、コトハとヨシアの揃いの音石が始原の色、美しく黄色に輝いておるではないか。それだけでも周りの客からすれば驚きじゃと言うに、手ずから音石を量産しておった! いかん、これを抑えるよう申し付けておったに。


「ご、ごめんなさい、マイヤさん~! だってあんまりにも歌が、歌が心に響いてきちゃって……、それにあのピアノの音色♪ よっちゃんもすごいと思ったでしょ?」


「うん、うん、かっこよかったねえ! こんなおっきくてひろ~いところで堂々と歌えるなんて、マイヤさんすごいです♡」


 む~ん、二人は今の状況を判っておるのかのう。まあよいか。客はまだまばらであるから、なんとかなるじゃろう……ならんかの?


 ゴーディの物問いたそうな様子を見ぬふりし、店の一角に席を設けて一同がほっと安堵の息を吐く。


「いやはや。思わぬ形で、実際にコトハが音石を拵えるところを目の当たりにしたが、コトハ。先にも言ったように、極力その『力』の発現は抑えるのだよ? 良いね?」


「はい、すみませんでした。ついマイヤさんの歌声とピアノの音に舞い上がっちゃって!……気をつけます」


「ファーラルク殿下。どうかコトハをお叱りにならないでくださいませ。なにもかも、そばにいながら非才の私の不徳の至り、戻りましてから修行を始める所存ですので」


 うむ、その言や良し! あっぱれな弟子じゃ。あっぱれな胸をしとるだけあるわい。どれ、わしがとりなしてやろうかいの。


 そう思い言を発しようとした矢先、フォーヘンドの小倅こせがれが余計な節介を働きおった。


「殿下、恐れながら申し上げます。元はと言えば私が、父やマイヤ巡察使の言う状況をよく把握しておらず、コトハに降りかかる危険を、未然に防ぐことが出来なかったからなんです」


 ん~ん? わしの名はついぞ呼ばれなんだが気のせいかの? いやはや年はとりたくないものじゃな。いやいやそうでなくてな、わしの立場というものがな?


「ああ、心配しなくても良い。私はなにもコトハを叱るつもりはないのだ」


 そう言い置いて、給仕が運んでまいった酒を掴み、くんと嗅いでにやりとする。その仕草はファルラーエン陛下とよう似ており、親子ながらなまなか目通りも適わぬはずなのに、やはり親子の絆は深いものなのだと改めて思うたのは間違いではあるまい。


 食事も運ばれ卓の上が賑やかになるのを待ち、殿下が皆を見渡しながら述べるには、


「私は今日、あくまでもコトハの買い物に付いて参ったに過ぎない。であるからここででしゃばるのもどうかと思う。しかしてせっかくの出会い、繋がりが出来たのだから、昼餉は私からの振る舞いとさせていただこう。良いかな?」


 一同に否やはなかろう。大いにいただけば良い。若人ばかりなのだから遠慮することはないぞ。


「そう言えば賢者殿は食われぬのか、そちらの中では……」


 む、わしに振りよるか。


「うむ。殿下は覚えておいでだと思うが、わしの本身は幽世のとある地に封じられておる。よって心身しんみであるこの身は腹が空かんのじゃ。それのみではなく心も清らかでの。邪な気の一つもなくまさしく仙人のようじゃろ?」


「その割にはマイヤさんのお胸でもぞもぞしてたり、わたしのとこではなんだか、しずかあ~になってよっちゃんの方に移りたそ~にしてた……」


 ブウォッホ、ゴホゲホ。な、なにを言ってお――


「そう言えば、ゼファーさん私にどんくらいサイズあるのかって。コトちゃんと違ってやわやわそうだってにへにへしてたの」


「師匠! 貴方はまだ幼き者に、なあにを言っておられるんですか! どこが邪な気の一つもないですって? い、いかがわしさ満載ですよ!」


 おおう、ヨシア。今それを言うのはなしじゃぞ、ほれ見ろ、マイヤが引いておる。これはいかん、このままではわしの面子が無うなってしまうではないか。


「いやそうではないぞ、コトハ。わしは発育途上のものも嫌いではないぞ、じゃが出来うればこう、ぽよんっとな、 っとち、違うのだ、そんなことはどうでも良い! それよりもじゃな、わしもそろそろ戻りたいと思うておるのじゃが。のう、殿下」


 そう言い終えファーラルク殿下に下駄を預けたのじゃが、上手く話題がそれてくれたじゃろうか。


「確かに賢者殿が現世におられれば、どれほど心強いことか。しかし賢者殿の本身は、あやつの現身うつしみを抑えるために幽世に封じられておるのだから、それを解かれるということは……っ! まさかそこまで?」


「まあ今すぐではないが、だいぶん『力』を蓄えておるのは間違いない。異界の地を探る意味ももう無うなったしの」


 殿下は、そういうことですかと得心がいった様子。まあ事実じゃから、前後の差はあれども彼奴の求めるものの一端が、ここにこうしておるのじゃから。


 コトハを見遣るとなにやら、どうせどうせ胸ないですよ、などと落ち込んでいるところじゃった。


 じゃからわしは、その発育途上の胸が嫌いではないと言うたではないか。お楽しみはこれから、っとまたぞろ話がずれたわい。この小さき身に、どれだけの重き宿命さだめを背負っておるのか。それを思うと、身のないおのれの胸が痛みよる。そんな心持ちになるのも致し方ないことじゃろう?

 お読みくださり感謝!


 いかがだったでしょうか?


 これまでお付き合いくださっている読者の方はよおくお分かりの通り、語り手の心情や行動が物語の大きな意味にもなっています。そこで今回は、ゼファーがなぜコトハを重要視しているのかの一端が示されています。


 え、そんなシーンあったって? あるじゃないですかあ、最後の方にちょろっと。なにもゼファーさんは、◯っぱい大好きじいちゃんってだけじゃないんですよ? あれで賢者なんですからっ!


 次回は通常回に戻るはずです、お楽しみに。最近更新間隔が開きますことをお詫びしつつ。

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