私の決意。
コトちゃんがマイヤさんの助けを借りて、宿屋さんに戻ります。
♪♪♪
「コトちゃん、少し落ち着いた?」
ママの優しい声が私を包みこんでくれる。あったかいお胸、おっきくなったおなか。ぽこぽこと、おなかの赤ちゃんも私を癒やすように動く。
安心できる場所、私を大事にしてくれて、大切に思ってくれる場所。帰ってきたんだ、私。
「ママ、ありがと。うん、もう大丈夫だよ。お風呂入ってさっぱり出来たし」
ママのそばで、ここまで私を連れてきてくれたマイヤさんが見つめている。
「マイヤさん、ほんとお~にありがとうございました。ずっと私を抱きかかえてここまで連れてきてくれて。真っ先に戻りたかったの。マイヤさんがいてくれたから、安心してここまでぐっすり寝ちゃったし♪」
そう言った私に、マイヤさんはぐっと目に力を入れて答える。
「いいえ、お礼を言われる資格は私にはないわ。私にはあなたを守り、導く責任があったのに、こんな目に遭わせてしまうなんて。ごめんなさい、本当に……」
マイヤさんの目から、大粒の雫がこぼれ落ちた。私はマイヤさんの頬を両の手でそっと拭く。
「ううん、なんてったって私が悪かったの。浮かれて後先考えないで飛び出しちゃって。捕まった時にも、落ち着いていればもっとなんとか出来たかもしれなかったのに。みなさんに迷惑かけてし」
「迷惑なんかじゃないわ、コトハ。あなたは大切な大切な私たちの希望の星。このウラヌールを、いいえ、ロストールを『色なしの悪魔』から救う事が出来るかは、あなたの成長にかかっている。でもね、そんなの関係なく、私はあなたが好きよ。まっすぐで、思いやりにあふれているあなたが」
マイヤさんは、私の手を頬から胸の高さに持っていき、強く握ってくれた。
「はい……私、そんなだいそれたこと出来るかなんてわからないけど、私たちを迎えてくれたこの町が暗く悲しんでるの、嫌です。住んでる人たちがみんな仲良く暮らせるようになるためなら、頑張っちゃいます! だってそうじゃなきゃ、宿屋さんだって儲からないもん」
てへって笑ったら、マイヤさんがちょっとびっくりしながら笑い返してくれた。
そうは言っても、完全には吹っ切れてない。気持ち悪くて、いやらしくて、不快な思いはまだ心の中にぐじぐじしてる。でも。あの場所で感じた無力感は、あそこに置いてきた。引きづらないよう、これからが大事。
私が救われた後、私に襲いかかった連中は騎士隊の人たちに連行されていった。二人は無傷で、騎士隊の営舎? で尋問をされている。後の二人は……ちょっと大変みたい。一人は切られた足がぶらんぶらんで(うへえ~)、切断しないといけないらしい。でも生命に別状はないそうだからまだいい。もう一人、真っ黒な闇に包まれた後助け出された方は、なにを聞かれても反応しないで完全にいっちゃった? 状態なんだって。騎士隊の人たちもさじを投げちゃって、営舎の独房の中でずう~っと一点を見つめてへらへらしているそう。
いい気味だなんて思わない。彼らを許す気持ちはないけど、だからといって憎んだってしょうがないと思うんだ。それよりも、もっと悪い人たちがいる。そっちをなんとかしないと根本からは良くならないからね。
そう言えば、ファスタくんには悪いことしちゃった。いっつもそばで尻尾を振っていたから、あんまり意識しないようになっていたんだけど、考えてみたら領主様の息子さんで貴族なんだよね。
「マイヤさん、ファスタくんはどうしてますか? 私を助けに来てくれたのに、大変な目に遭わせちゃったからきちんと謝りたいの」
マイヤさんはぱちんって可愛くウィンクをして、びっくりなことを言い出した。
「うふふっ♪ 今はそっとしときましょう、お屋敷でコトちゃんの代わりにファスタ様を慰めてくれてる人がいるから。後でご挨拶に伺ったらいいわ、ヨシアさんとお母様を保護してくださっているから」
そうだ、よっちゃんのこともあったんだね、忘れてた訳じゃないけどまだよっちゃんに会えてないんだった。うん、もう少ししたら顔を出さないとね。もう少し。
今私がいるのは、『羽根飾り亭』を入って右側の家族部屋。マイヤさんが私を連れてきてくれた時には、パパとセントアちゃんも一緒にいてくれたけど、宿屋さんのお仕事を優先してもらった。パパには悪いけど、男の人が怖いって感じてしまって、なんだか目が合わせづらかったのもあったから。
パパはなにも言わず頭をなでようとして止めて、背中を向けてお仕事しに出て行った。セントアちゃんは私に近寄ってきて、触れないけど優しく包み込んでくれた。
セントアちゃんもたぶん、似たような目にあったんだと思う。ううん、私なんかよりもっともっと辛かったはず。だって、目の前でパパママを……。
しっかりしなきゃ。私がいつまでもめそめそしてたら、セントアちゃんも悲しむし、パパママにもマイヤさんにも、ファスタくんや♪ の石――後でよっちゃんに、シトリンって教えてもらった――で私を助けるために奔走してくれたよっちゃんにも申し訳が立たないもんね。
パンパンッ! って頬を叩いて、おっきな声で私が、
「ああ~お腹空いちゃった! よっちゃんたち迎えに行く前に、なんか食べたいな。ママ、お願いっ?」
って言ったらママは、軽く目尻を指で拭って笑ってこう言ったの。
「もう、コトちゃんたら。そうね、お昼には早いけどなにがいいかしらねえ、アメフラシさんのアメフラシの味噌汁と、アメフラシの甘酢がけと……」
いやいやママ。どんだけ集めて調理したの、さすがにそうそう出されても、ねえ?
ママがお部屋の中の台所に立つと、私はマイヤさんにこう言った。
「マイヤさん、あの……私を助けてくれた男の人のこと、なにか知ってたりしますか?」
マイヤさんは、首を横に振りながら私に諭すように言った。
「コトハ、今はなにも教えられないの。ごめんなさいね。コトハのためにも、今は……」
「ううん、いいの。ただ、お礼を言いたかったから。それだけなの」
マイヤさんにそう言って、私は部屋の壁のフックに掛けられていた、黒い黒いマントを指でなぞった。
『カル様』
そうマイヤさんが呼んでいたのを、私はしっかり覚えている。意識を手放そうとした時に、マイヤさんのことを姉上て言っていたのもうっすらとだけど覚えている。
きっと逢える。ううん、絶対に逢ってみせる。そしてお礼を言うんだ。それから……
いつもこの、「ウラヌールの宿屋さん ~移住先は異世界でした~」をお読みいただき、ありがとうございます!
コトちゃんの成長のためにも、必要なパートだったので、少々重く心理面を強調しました。
次回はよっちゃんとの再会、町の案内などを挟んで、本格的に宿屋さんのお話に入っていく予定です。
どんだけかかってんの?
す、すみませんです……まことに、その。
そのぶん楽しんでもらえるように、作者頑張りますから! ほら、ウホッホ踊りも上手になったでしょ!?




