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ウラヌールの宿屋さん ~移住先は異世界でした~  作者: 木漏れ日亭
第二部 第二章 黒いマント。
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一軒家。

 捕らわれたコトちゃんを救うべく、マイヤさんがよっちゃんの持つ♪ の光を頼りに追跡を開始します。

◆◆◆


 私のせいだ。


 コトハを導くことを約束しておきながら、なぜか安心しきっていた。


 コトハの物怖じしない性格に、まだうら若いのに落ち着きを見せる姿。なにより際立つのは、『力』と繋がるたびに見せるあの目の輝きに、醸し出される聖なる気配。神が宿ったかのような色を変える黒髪。


 フォーヘンド様の口からいみじくもついて出た、天使様という言葉が頭から離れない。それだけの聖性を見に宿しているのなら、大丈夫なのだろうと勝手に思い込んではいなかったか? 


 離れるべきではなかった。領内の諸問題が危険と判断されなくなる段階までは、一番の鍵となるであろうコトハのそばにいるべきだったのだ。私がいたからといって果たして守りきれたかは判らないが、少なくとも身代わりになり逃がすくらいのことは、巡察使として鍛錬してきた身、意地でもしていたはずだ。


 しかしそれも今に至っては詮無いこと。コトハが拐かされてしまったのだから。


 コトハの親友と名乗り、領府の方に脇目もふらずに駆けてきた少女。ヨシアというその少女は、胸元にコトハの作った音石にそっくりな首飾りを垂らしていた。その音石からは、一条の濃い黄色の光が放たれていた。その光はヨシアが言うのには、コトハのいる場所を指し示しているとのことだった。


 きっと間違いないだろう。あれだけ繋がりを大事にしているコトハのことだ、遠く離れた地にいても常にこのヨシアのことを思い、あの旅の間中に時間を見つけては文をしたためていたのを、私はずっと目にしてきていた。であるなら今はまだコトハの生命は尽きていない。急ぎ行動に移せば、あるいはあの聖性も汚されずに済むかもしれない。一刻の猶予もないのは変わらないが、その光の筋にすがるしかない。



 ヨシアが息を切らして領府近くにまで来た時には、先にファスタ様が命を出した騎士隊による巡回捜索が始まっていた。

 私も連絡を受けて急ぎ『羽根飾り亭』のご両親にお伝えしに行ったところ、フミアキさんが私にゼファー様のカードを手渡しこう言ったのだ。


「コトハはなにやら大きな『力』に護られているような気がします。気休めかもしれませんが、コトハの染めたこの光を見ていたら大丈夫、きっと俺らの前に無事な姿を見せてくれるって思えるんです」


 そう言って私の落ち度ではないと慰めてくださった。


 確かに宿屋のラウンジで淡い黄色の輝きを放つシャンデリアからは、なにやら心を休めてくれるような温かみを感じられた。フミアキさんは残りのカードを使い、コトハの安否を占おうとはしなかったそうだ。それはいかような心持ちからだったのか、私のような独り身には窺い知ることも出来ないことだ。


 私に出来ることは、一刻も早くコトハのいる場所にゼファー様を連れて行くことだけだ。それはあの日、フォーヘンド様の元で話し合い、単身行動することが多い巡察使であり、組織によるしがらみが少ない私に託された役目の一つでもあったからだ。



 ゼファー様は今でこそカードの中の住人となっているが、私の『力』を見出し師匠として導いてくださった恩人でもある。地方領の巡察使として王国の治安維持に尽力するとともに、その持つ『繋がる力』、まさに『導き手』として王国内で唯一の賢者の尊称を許されたほどの力持ちなのだ。


 そのゼファー様がコトハのそばにいたこともなにかしら、運命のよなものを感じる。だからこそ、是が非でもコトハの窮地に届けねばならない。私は意を決してこの任に当たらねば。



「むう、わしがおった際には多くの住民が住み、店屋も数多く賑わいを見せていた界隈だったというに。この荒廃ぶりには目を塞ぎたくなるの」


 ゼファー様が私の胸当ての隙間からわずかに顔を出して言った。ヨシアが困っている。仕方ない、私が一言苦言を呈さねば。


「それもそうですがゼファー様、何故に私の胸に当たり前のようなお顔で収まっておられるのですか?」


「はっ! 決まっておろう、わしはカードに身を移したがため移動に難儀しておる。自力で動くのは容易ではないのだから、致し方あるまい。けしてこの背中に当たる感触に酔いしれたい訳ではない。断じて違うぞ?」


 そう言い終えてからぼそっと、もっとやっこい方が気持ちいいのじゃがとか、皮鎧ではむれて汗臭いだの失礼なことをつぶやいているのを、私が聞こえないとでも思っているのだろうか。これが私の師匠であり、上司でもあった賢者と同一人物だとは……。



「このあたりです、コトちゃんのシトリンが落ちていたのは!」


 ヨシアが道の端を指差しながら言った。胸元からゼファー様がせり上がってくる。私が身悶えているとヨシアが不思議そうに、


「マイヤさん、どうかしたんですか? なにか感じるんですか、もしかしたらコトちゃんになにかあ……」


「か、感じてなどいないっ! ち、違うから……」


 こんな危急の際になにを言わせるんだこのスケベじじい! などと口には出さず、どうにか堪えた私は音石(ヨシアはシトリンと言っていた。響きが可愛げで私好みだ)があったという場所周辺に目を配った。特になにか遺留されたものなどもない。かすかに『力』の残滓ざんしが感じられる。


「やはり持ち去られておったか。あれだけの『力』を有するものには滅多にお目にかかることはないでの。代官風情には宝の持ち腐れじゃが、かえって良かったかもしれん。コトハのそばに戻っておるならば繋がりが活きるやもしれぬしの」


 さすがは師匠、賢者の名は伊達ではない。と見直していたらまたぞろ胸元に潜り込み出した。しかもむふふとか言いながら。


「ご自分で動けるではないですか、いい加減にしてくださいっ!」


 地面に、描かれている面を下にして叩きつけたのは言うまでもない。



 シトリンが落ちていた場所から更に路地裏へ。どうやらこの辺はいかな南側でも人が離れて久しいようだ。空気がすえている。


 ヨシアのかざすシトリンの光は、通りを過ぎた先にある平屋の一軒家を指し示していた。


 辺りには似たような造りの家が立ち並んでいるが、やはり人気はなさそうだ。


「ゼファー様、どうやらあの家で捕らわれているようですね」


 少し表面に泥がついてしまったみたいで、内側からなにやら布で拭く真似をしているが当然落ちるものでもない。私に対する腹いせを無視して行く手を確認する。


「ふん。そうだの、違いなかろう。プンプンするわい、邪なる闇の匂いがな」


 そう言うやいなや、私の胸元から勢いよく頭上高くまで飛び上がり、手に持っている角灯の灯りをきらめかせる。その方向にはおそらく、ラダー隊長率いる捜索隊がいるに違いない。


 周辺に逃げ込まれないよう、捜索隊の騎士によって遠巻きに監視の目を配する。次いで最短で商工ギルドに通じる道のみ空けておく。これで代官一派の根城であるギルドとの関係性を暴けるはずだ。ギルドのサミュートら心ある職員には既に注意を与えている。


 この短い時間の中で、出来得る限りのことは領主様の指示によってなされている。後は、いかにコトハに危害が及ばぬうちに救い出せるかだ。


「わしに今の状態でどれほどの『力』が発揮できるのか。身を幽世に置くことで良い効果が得られれば僥倖じゃが……」


 ゼファー様の不安もわからいではない。むやみやたらに突入したのでは、コトハの身になにか起こるかもしれない。それだけはあってはならない。


「いつまでも動かぬままではらちもあかぬ。ゆくぞ」


 ゼファー様が自ら一軒家に近づいていく。なにせ今のゼファー様は手のひらに収まるほどの小ささ、なおかつ存在を感じさせないほどの薄っぺらいカードだ。『力』の放出を出来る限り抑え、静かに躊躇なく向かっていく。


 うまい具合に扉の隙間から、内部に入り込めたようだ。今のところ中から争うような物音はしてこない。


 ゼファー様の『力』が強まったのを感じたら、弟子である私が一番に判るはず。そうなれば一気呵成に踏み込み、ゼファー様が整えた場で護られたコトハを最優先で救出し、一味を拿捕する。私は神経を研ぎ澄まして、ゼファー様の『力』を感じることに集中した。



 待つことしばし、急激に『力』の奔流を感じた私は若干の違和感と、なにか忘れているような気がしながらも、建物の方に駆け寄った。ヨシアは安全のために近くの騎士数人に任せることにする。


 私が動いたのを皮切りに、表側だけではなく裏側や窓という窓に突入を志願した騎士たちが殺到する。


「マイヤ殿! コトちゃんはいずこか?」


 一人の騎士が私に問うのを手で止めて意識を集中する。どうも下から感じられるがなにかがおかしい。


 私はゼファー様の最後の弟子。ゼファー様の『力』の形は熟知している。その形が、まったく異なる訳ではないのだが、雰囲気が少し変だ。そう、もっと若々しいというか荒々しいというか。


「おそらく地下の倉庫かと! ただ十分気をつけてください、なにやら気にかかるのです」


 その騎士の後に続き、ラダー隊長他騎士数人に混じり私も地下に駆け下りた。そこで見た光景は……



 年若く高貴そうな雰囲気を漂わせながらも、いささか生意気な目の輝きをした青年が、隅の方で縮こまるコトハの前に立っている。


 踏み込んだ私たちと、暴漢ども四人ほどを挟んでコトハを守るように立つこの青年は、ゼファー様の作った結界ともいうべき場に入ることが出来るようだ。ということは、少なくとも敵ではないはず。


 しかしなぜこの場に知らぬ若者がいるのか……そう疑問に感じたまさにその瞬間、その若者が口を開いた。


「これで役者が揃ったようだな。さて、どうする、そこなサンピン共。逃げ道はなさそうだぞ、残念だが。せっかくだから踊りでも披露してみるか? 俺には見てやる義理はないがな」


 そう、だいぶ前にだがこの若者に私は会ったことがある。王都でだ。

 もっと線の細い、華奢な少年だった記憶がある。


「っ! もしやカル様で……」


 その若者は、口元に人差し指を合わせしっと息を吐く。


 悪戯をしかけたような、そんな無邪気に見える笑顔で私の方を見る。


 このお人は変わっていないようだ。いい意味でも悪い意味でも。

 更新が遅れました。お詫びいたします。そして、いつもお読みいただきありがとうございます。


 いやあここ数話がシリアスになりますとは言いましたが、書いていて作者楽しくて仕方ありません。なぜなら、こういう場面でこそ初めて作品のテーマが活かされてくるからです。


 テーマは……ってみなさんご存知ですよね?


 次回は誰の視点で書くか迷っていますが、一応の事態解決に話は向くはずです。

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