追跡行。
ファスタが、よっちゃんと二人でコトハの行方を探します。
◆◆◆
ハンニバルの静止を振り切って、僕は玄関を勢いよく開けて駆け足で屋敷を後にした。
今日はコトちゃんが、大事な友達をこのウラヌールに招待する日のはず。『船運び』屋に着くのは三の鐘がなる頃って聞いているから、コトちゃんはきっと早めに来てそわそわしてるはず。
嬉しくてしょうがないんじゃないかな。目に浮かぶようだ。
『船運び』屋までは僕の家からならそんなにはかからない。もしかして嬉しい再会の場面に突然僕が現れて、二人に町の見どころなんかを教えてまわったら、きっとコトちゃんは今よりももっと僕のことが気になって、好きになってくれるかも。
これを機に、友達枠から特別な存在になれたりして?
そんなことを考えてにまにましながら向かっていると、『船運び』屋の方がなにやら騒がしい事に気がついた。
『船運び』屋の入口付近で、一人の少女がなにやら一生懸命に叫んでいる。あたりにいる人に聞きまわったり、訴えかけているけど誰も相手にしてくれないみたいで、その少女が泣いているのが遠目にも分かるほどだった。
きっと『船運び』屋でコトちゃんになにかあったんだ!
僕は浮かれた気持ちを振り払って、急いで建物の方に向かった。
そうなんだ、僕はすっかり自分のことばっかりで言うことを聞かなかったけど、父上からも大事なお言葉をいただいていたのに。僕はそれを聞かないようにして心から追い払ってしまい、なかったことにしようとしていたんだ。
父上を救ってもらったあの夜、父上とラダー隊長とマイヤさん、そしてコトちゃんのお父さんの持っている不思議なカードのしゃべるおじいさんとで、いろいろなことが話し合われたらしい。その後父上から聞かされた、聞きたくなかった話の内容が、今頭の中に渦巻いていた。
コトちゃんは、幽世の『力』と繋がっている。
それもかなり強い結びつきで、自分でも思いもしないようなことが次々に起きてしまったりするんだそうだ。
今にして思えば、コトちゃんはあまりにも他の力持ちとは異なっていた。僕はただ単にコトちゃんの魅力からだと思っていたけど、それだけじゃなかった。そんなことは父上から指摘を受ける前から判っていたことなのに。
『色なしの悪魔』ゾーンによる被害がある前から、幽世の世界があることは広く知られていたことで、多かれ少なかれ『繋がる力』はその幽世の影響を受けている。
いかにその『力』を活用しながら、よこしまなものに近づかないようにしていけるかを、王都の研究院や高等学院などで研究されてはいた。でもなかなか解明できないことも多くて難しいようだし、そのために確か、幽世との係わりを持つことは禁止されたはずだ。
そんな強く得体の知れない『力』と、コトちゃんが深い繋がりを持っているなんて思いたくなかったんだ。ちっちゃいのに不思議な魅力を持つ、とっても綺麗な黒髪の異世界から来た少女。僕にとってはそれだけで十分なのに。
父上から言われたことを改めて思い起こす。それは……
「お願いです、誰か教えてください! コトちゃん、コトちゃんを知りませんかっ? なにか大変なことがあったんです。本当なんです! 誰か、誰か!」
取り乱してぐしゃぐしゃになった、コトちゃんと似た黒い髪の少女。間違いない、コトちゃんの大事な親友のヨシアさんだ。
「ヨシアさん、ヨシアさんですよね? 落ち着いてください、僕はファスタと言います。コトちゃんの友達です!」
はっとこっちを向くヨシアさん。その表情は、とても思いつめたもので大変なことが起きているんじゃないかって誰にでもすぐに判るものだった。それなのに、今まで誰ひとりとして話も聞いてあげようとしないなんて。僕は自分の父が治めるこのウラヌールの領民のことを情けなく思った。こんな冷たい人たちじゃなく、みんなとっても温かで、人情味ある人たちばかりだったのに。
「ファスタさん……あ、パルノさんの言っていた人ですね? コトちゃんが、コトちゃんが!」
あれ? パルノって確か、異世界の『船運び』屋に勤めている犬人のことだよね、なんでコトちゃんからじゃなくてそっちから聞いてるんだ? ぼくは少し怪訝に思いながらも、詳しく話を聞くことにする。
「そうです、コトちゃんの仲のいい友達のファスタです。ここじゃあなんだから、場所を変えませんか?」
「いいえ、そんな時間ないんです! きっとコトちゃんに大変なことが起こってて、今すぐに助けにいかないといけない気がするんです。ううん、間違いないのっ!」
ヨシアさんはかなり動揺していて、このままじゃあ聞きたいことも聞けない。
「ヨシアさんはお一人で来たんですか? 確かお母様と一緒に来ることになっていたはずですよね?」
僕の言ったことに反応してか、少しびっくりしたようになって黙る。それから僕の顔を改めて見て、息をふうはあっとしてしゃべりだした。
「ごめんなさい、私がこんなんじゃいけないですね。説明しますね」
それからヨシアさんは急ぎながらでいて、はっきりと内容を分かりやすいように話してくれた。
こんな時になんなんだけど、異世界のコトちゃんたちの国って、とても頭の良い人たちばかりなのかな? コトちゃんのお父さんもお母さんも平民なのに洗練された物腰だし。コトちゃんから年齢を聞きそびれちゃってるけど、おそらく僕よりも二、三歳は年下だと思うのに、すごくしっかりしているのに驚かされたし、目の前のヨシアさんもそうだ。
ヨシアさんは向こうでお母さんと二人、早めに『船運び』屋に着いて時間になるまで待つことにしたんだそうだ。パルノやファルノが相手をしていたところ、急にコトちゃんの声が聞こえた気がして、直後持っていた音石がそれまでに何度か目にした黄色い光ではなく、危険を知らせるかのような赤い光を放ったままになってしまった。
胸元から取り出した音石には、銀だろうか、高価そうな鎖が付けられていて首飾りとしてヨシアさんのふくよかな胸元で……濃い赤い色に輝いていた。
『力』を持たない僕にも判るくらい、そこからとても強い意思を感じさせる。これは一刻の猶予もないかもしれない。
その光があふれ出した途端に、『船運び』に使う水晶が共鳴して光りだしたというから驚いた。そんなことってあるんだろうか?
そこでヨシアさんは、コトちゃんからの手紙に書いてあった通り、祭壇に飛び乗ったんだそうだ。あちらに母親を残したまま強制的に『船運び』が発動し、こちら側につい今さっき到着して周りの人に聞いても誰も応えてくれない、僕が見た状況になっていたという。
ゆっくりとなんかしていられない。僕はヨシアさんを連れて『船運び』屋の扉を勢いよく開けると、意を決して大きな声で職員に命令した。
「『船運び』職員! ウラヌール地方領、領主フォーヘンドが息子のファスタが命ずる! 一つ、これより疾く領主館に例の件で緊急事態との報告と、異界の職員と連絡を取りアマクニ爵士家息女、コトハ殿が盟友の母君をこちら側にお移しして、領主館に丁重にお連れするように! 二つ、守護騎士隊に連絡、急ぎ隊を編成してこの建物から周辺の異常事態に対する警戒巡回を強請せよ。急げっ!」
これを一気に言い切って僕は、ヨシアさんの手を取って外に出る。
「僕らもコトちゃんを探そう。その音石が教えてくれると思う」
表に出た僕は、ヨシアさんが握る首飾りを高く掲げるようにお願いした。すると赤く光る音石は瞬くようにしてから、一方向にだけその光を集めて筋道を作った。
「この光の先にコトちゃんがいるんですね? 早く行かなきゃ!」
慌てて駆け出そうとするヨシアさんを引き止めて、
「僕が先に走るから、ヨシアさんは大変だろうが光の道を消さないように付いてきてくれ。いい?」
少しヨシアさんがびっくりして僕を見た。心なしか顔が紅くなった気がしたけど、もしかしたら怒らせてしまったんだろうか。
「……はい、付いていきます。ファスタ様」
? どしたんだろう、なんだか雰囲気がさっきまでと違う。気のせいかな。
そんなことを思いながら前を走る。走りながら、後ろを付いてくるヨシアさんが離れないように時々振り返って様子を見る。ヨシアさんは一生懸命付いてきてくれている。
南大路を領府の方に戻り、通りを外れるように光が指し示しているのにあわせて道を曲がる。
何度か通りを曲がり、出来るだけ光の道に最短で近づくように走ると目の前の道端に光るものを見つけた。急いでその光るものを手にとってみると、それはコトちゃんの持っていた音石にそっくりだった。
ヨシアさんが近づいてきて、ぴったりと身体を密着させてきてその音石に手を伸ばす。
「っ! これはコトちゃんのだ。コトちゃんの……、どうして? コトちゃんはどこっ?」
泣き崩れそうになるのを脇から支えてあげる。ヨシアさんが僕にひしっと抱きついてきて、顔を胸に埋めて嗚咽の声を上げるのをどうしようも出来ずにいた。思わず強く抱きしめながら、ヨシアさんの持つ音石に目をやる。
「ヨシアさん、見て、まだ光の道が先を指している! コトちゃんは大丈夫だよ、まだ大丈夫!」
僕はヨシアさんを勇気づけようと後ろに回した手で、ヨシアさんの背中を何度かさする。こんな緊急時なのに、変に意識をしてしまった。
すぐ真下にあるヨシアさんの顔が、少しだけ晴れた感じになり、
「ほんとだ、黄水晶が私たちを、コトちゃんのところに連れて行ってくれようとしてる! それに色が」
ヨシアさんがシトリンと言った音石は、色がそれまでの濃い赤から強い黄色に変わっていて、指し示している光の道も同じ色をしていた。色合いから、少しだけ安心ができそうだ。
その光を追って先に進もうとした矢先、通りを曲がる先の方から数人の男の声が聞こえてきた。僕はとっさにヨシアさんの持つそのシトリンの光を手で隠しながら、ヨシアさんにささやいた。
「ヨシアさん、急いで隠れて。光は隠して、絶対見つからないように。もし僕になにかあったら、守護騎士隊のラダー隊長かマイヤさんを頼ってね、いいかい?」
ヨシアさんがふるふると首を振るけど、僕は強くそんなヨシアさんの手を握りながら言った。
「大丈夫。こう見えて僕は強いんだよ? もしコトちゃんを拐かした奴らなら、叩きのめしてやるからさ!」
そう言って安心させると、ヨシアさんを声のする方と反対側の物陰に押しやる。
ほんとはそんな自信、ちっとも持ち合わせてなんかいない。僕はいつでもいい格好をして強がってはいるけど、本当はすごい弱虫だ。自分自身よく分かっているから始末に負えない。
でも今はそれでいい。まずヨシアさんを守ることが第一だ。
下卑た笑い声が近づいてくる。
「しかしあんな髪色したのなんか初めてだぜ、まだガキだけど売りゃあいい金になるのにな。中金貨一枚はくだらないぜ。なんならやっちまってから売っ払った方が実入りいいんじゃねえか?」
「おいおい、それはしちゃいけねえって言われたばっかりだろ? 代官のスケべじじいが生娘のまま連れて来いって言ってるんだ。下手に手を出して消されたかあないやな。」
僕は歯を食いしばり堪えた。まだなにもされてないことだけは確かだし、あの代官が絡んでいるのが判っただけでも大きい。
声が角を曲がってこっちに向かってきた。道端の音石はそのままの位置に置いておいた。すぐそばにいた僕を見て男たちは警戒心を露わにしている。
「おい、なんだお前は。その石っころは俺らのもんだ。触んじゃねえよ」
「なにが俺らのもんだって? 僕はこの持ち主を知っているんだぞ? 大人しくお前らが連れ去った場所まで案内しろ!」
僕は力持ちじゃないが、出来るだけ声に力を込めて言い放った。
男たちの顔がにやにやしたものに変わっていく。
「はあん? そんなこと言っちまっていいのかい、あんちゃんよお。ここら辺は空き家ばっかで誰もいやしねえ。お前みたいなガキンチョがいくら息巻いても誰も助けになんて来てくれねえぜ?」
じりじりと寄ってくる男たちの手には、錆びついた汚いナイフが握られている。その中の一人が僕の顔に指を突きつけながら言う。
「おい、このガキ領主の息子だぜ、こないだ俺らに食ってかかってきやがった」
そう言えば、あの場にいた徴税官の取り巻きの中に似た顔の男がいた気もする。
「その通りだ、もう言い逃れ出来ないぞ、大人しく言うことをきい……」
あっという間に詰め寄られて、僕はみぞおちに一発もらってその場で昏倒した。
意識を手放すその瞬間に、ヨシアさんが上手く逃げることが出来て、他の人と合流出来ますようにと祈った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
まだ何話かはこんな感じで進みます。どうぞよろしくお付き合いください。




