私の音石。
よっちゃんに逢いに、コトハが『船運び』屋に向かいます。
♪♪♪
サリィヤさんから、領主様のご褒美について話があってから五日、ちょっとずつ宿屋さんのお仕事にも慣れてきた今日。
念願のよっちゃんと逢える日なんだ!
こんなに早くよっちゃんと逢えるなんて思ってなかった私は、朝からテンションが上がりすぎて、あっちで色がついた空気がふわふわ、こっちでは♪ や♡ の音石をコロコロさせている状態だったの。
てへぺろでは済まないらしく、パパやママと私の三人だけじゃなくて、火亀のキュオくんも鼻先で音石を集めてくれる始末。ごめんなさい。
セントアちゃんが空気の色が溜まってるところを、ふわふわっと行ったり来たりして散らばらそうとしてくれていたけど、セントアちゃんにも色が付いちゃうだけで、逆にシュールな状況になっちゃってるよお。
セントアちゃんにごめんなさいをして、朝の掃除を終わらす。
よっちゃんはお母さんと二人で来ることになったみたい。
今日は土曜日にあたる小陽の日だし、こっちと日本とはほとんど時間の長さが変わんないらしくて、しかもあら偶然! 月曜日(こっちでは風の女神の日って言うんだって)は中学校の創立記念日でお休みだから、まるまる二日間こっちにいられるんだよ、もお~っすごい嬉しいの!
よっちゃんは午前中、三の鐘が鳴る頃に着くみたいだから、それまでには後……! もう時間ないや、迎えに行かないと!
「セントアちゃん、私迎えに行かなきゃ行けないから、パパママに伝えといてくれる?」
「うん、分かったよ。気をつけてね」
セントアちゃんの返事を聞かないうちに、私は表に飛び出してた。朝ごはんは……まあいいや、途中で買い食いしちゃお!
私がサリィヤさんに伝えた領主様へのお願いは二つ。
一つは、よっちゃんをウラヌールに招待すること。
よっちゃんは、ゾーンやその手下にされてしまった『闇の使い手』のような邪な存在や、幽世の『力』に侵された土地なんかを浄化したり出来る(と思われる)、私が作った♪ の音石とおんなじ物を持っている。
私があんなすごい『力』を何度も、誰にも教えてもらわずに引き出せたのは、絶対よっちゃんのおかげだと思う。そう伝えれば、あのお優しくて領民思いの領主様なら、きっとお許しいただけるはず。
もう一つのお願いは、今すぐでなくてもいいから、トンネル掘りを頑張ってくれた北の山脈向こうにいるウホッホ族さんたちや、穴掘りグマさんたちを優遇してあげてほしいということ。
ウホイさんたちや、コルドレさんたちの協力がなかったら、私たちがここでこうして暮らすことはなかっただろうから。
この二つのお願いを叶えてもらう代わりに、パパを爵士に、私たち家族は爵士家の一員になって、宿屋さんをやりながら領主様や、このウラヌール領のお役に立てるよう頑張らなきゃならなくなった。
爵士ってなに? って疑問には、サリィヤさんは答えられなかったんだ。だから叙任式っていうものがあるので、その時に教えてもらうことにした。叙任式はまだ先になるようだし、今はあんまり考えなくてもいいや。
私たちの宿屋さん、『羽根飾り亭』があるのが北五条通西一丁目。北大路には歩きで一、二分もかからない。ヤクンドさんの串焼き屋さんで、火亀の飼い方とか詳しく教えてもらいたかったけど今は諦めなきゃ。大通りを急ぎながら、屋台で見つけたサンドイッチみたいなものをもぐつく。
あんまり美味しくないね、お店の人には悪いけど。
まだウラヌールの土地全体に、領主様が元気になったような力が少ないのかもしれないけど、このパン生地が良くないのかな? ママならどうにか出来るかも。
そんなことを考えながら、領府をぐるりと回って南大路に入る。『船運び』屋さんは、南大路沿いのおっきなお店屋さんが立ち並ぶ一角にある。
この辺は北側と違って食べ物なんかも、屋台とかじゃなくて大きな店構えのとこばっかり。お仕事の下調べに、ファスタくんやマイヤさんと立ち寄ったりしたけど、味は似たり寄ったりでそんなに期待できない。値段も高いしね。
『船運び』屋さんの建物が見えてきた。今時間はたぶん八時過ぎ、三の鐘が鳴るまでまだ余裕ありそう。早く来すぎたかなあ、そう思っていたら、目の前を通せんぼをするみたいに四、五人の人が私の行く道を塞いだ。
大路は広いから、私が横にずれようとしたらおんなじようにずれて、また道を塞ぐ。この人たち、わざてやってるの? 私は顔を上げてその人たちを睨んだ。
一番後ろで腕組みをしながら様子を見ている人、こないだマイヤさんを切ろうとした人たちの中にいた人だ!
私はきびすを返して、領府のある方へ駆け出そうとしたんだけど、回り込まれて囲まれてしまった。とっさに胸元のポケットにしまってある♪ の音石を取り出そうとしたら、その手をつかまれてねじり上げられた。
「い、痛いっ! な、なにするんですか!? 離してっ!」
暴れる私を見下しながら、男の人が口を開いた。
「この前は、手荒い歓迎をいただき心から感謝申し上げる。今日は一人の様子、危ないぞ、女子の身で」
そう言ってその男の人は、いやらしく口元をゆがめて笑った。周りを囲む連中もつられたようにニヤニヤしてはやし立てる。
そうだ、私は浮かれて大事なことを忘れていたんだ。
この世界、ロストール王国ではゾーンみたいな悪いやつがあっちこっちで、土地の力を奪ったり色を失わせたりしていて、植物や動物ばかりでなく人にまで被害が出ていた。
領主様のお部屋で、目の前で倒れて動かなくなってたメイドさん。『闇の使い手』に無理矢理されていた、セントアちゃんのお母さんたち。セントアちゃんにも深くは怖くて聞けなかったけど、たぶんこの目の前にいる男の人たちに……。
こっちの世界でほんとに怖い、そう、恐いものは人なんだ。
優しくて大好きになった人たちもいる。でも、目の前にいるこの人たちは違う。平和で、大抵の場合は女の子がひとりで歩けてた日本とは、もとからして違うんだ。
そう思った瞬間、私は自分でも不思議なくらい震えだした。怖くて怖くてしかたなくて、目の前がぐしゃぐしゃになって声も出せなくなった。
「おいおい、いかがした? 確かお前は、あの音石を作り出せるほどの使い手のはず。なにをそんなに恐れおののいているのだ? それでは我らが無体を働いているようではないか」
時代劇じゃないんだから、無体なんて言い方しないでよっ! なんて言える状況じゃなかった。せっかく領主様にお願いして、よっちゃんと逢えるっていうのに。これから家族で仲良く、この町で幸せに暮らしていけるって思えた矢先に、私の考えが浅かったためにこんな事になるなんて。
おい、猿ぐつわをはめろ、こいつは使い手だ、口を開かせるな。
こいつは上玉だぜ、まだガキだが色っぽい髪をしてやがる。売る前に……。
いや、代官様に献上したらたんまり貰えるぜ、なにしろ一目見てご執心のようだからなあ。
お前ら少しはわきまえろ、早く往来のない路地に連れて行くんだ。急げ!
そんな会話が遠くから聞こえてくる。私はなんにも考えられずに、ただ口元を汚い手ぬぐいで塞がれながら、路地裏に連れ込まれてしまった。
だれかたすけて……、誰か!
よっちゃん、私はここだよ、お願い、気づいて!
路地裏に連れ込まれる時に、私は意識を手放した。
私の胸から♪ の石の重みが消えていたのにも気がつくことはなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
うっかり失念していたために、窮地に追い込まれるコトハ。
次回は、迎えの来ないことに不安を感じるよっちゃんのお話です。




