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ウラヌールの宿屋さん ~移住先は異世界でした~  作者: 木漏れ日亭
第二部 第一章 町の実状。
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【閑話】宿屋の朝。

 第一部完結の前に、閑話を二つほど。


 宿屋の朝を、セントアちゃんが教えてくれます。

 宿屋の朝は早い。


 朝の三の鐘がなってしばらくしたら起き出して、まず厨房に火を入れる。今は火亀のキュオとキュイがいるから火入れも楽になったけど、最初の頃は種火をおこしてから綿に火を移して、そこから乾いた小枝、薪へと火を大きくしなくっちゃいけなかったんだ。


 そう言えばパパは、熾した火が好きだったなあ。

 苦労した分いい火になって、その火で作る料理も美味しくなる。よくそう言っては、煤だらけの顔で笑っていたっけ。


 でも、火亀のことを一番可愛がってたのもパパだった。


 あんまり気が強くなくて、火を吐くのが下手だったキュオのために、お向かいの武器屋さんの伝手つてでキュイを手に入れて、キュオが寂しくないようにしてあげてた。



 コトハちゃんが目の前で、私に言われた通りにキュイとキュオに火入れをさせてるのを見ながら、私はそんなことを思い出していた。


 不思議。ちょっと前までは悲しくて悲しくて、辛くなるからなんにも考えないよう、思い出さないようにしてたのに今は平気。

 今までとは違って、なんだか胸の辺りがあたたかくなる。コトハちゃんのおかげかな。



 厨房の火入れが終わると、玄関の鍵開けをして表周りを箒できれいに掃き清める。この間に、両親が起きてきて朝食の準備を始めていた。


 そこで私はコトハちゃんに掃除を任せて、フミアキさんとサクヤさんを起こしに中に戻った。


 きっとこれまで、私とはまた違う苦労をしてきたんだろう二人は、深く寝入ったまま起きる様子がない。

 このまま寝かしておいてあげたいけど、私たちがもうやりたくてもやれない宿屋の仕事を、やっていくってはっきり言い切ってくれたんだから、私は心を鬼にして声をかけることにした。


「フミアキさん、サクヤさん、起きて下さい! 朝のお仕事始めますよ、起きて下さい!」


 フミアキさんはわりかしすんなり起きて、私におはようと声をかけてくれる。サクヤさんは、おなかに赤ちゃんがいるからかなかなか起きられないみたいだ。フミアキさんが肩を優しく叩いて起こしている。


「支度が終わったら、厨房でお客様の朝食作りを始めます」


 私はその場を離れ、コトハちゃんの様子を見に行くことにした。部屋を出ようとすると、サクヤさんから呼び止められた。


「セントアちゃん、少しいいかしら?」


 サクヤさんは、上体を起こして軽い上掛けを羽織っていた。


「セントアちゃん、今日は起こしてくれてありがとうね。セントアちゃんの無理にならなければ、これからも宿屋さんの仕事を、いろいろ教えてほしいの」


 もちろん私はそのつもりだったから、当然はいそうさせてくださいと答えた。


「昨日フミアキさんが言ったように、私たちみんなセントアちゃんが、普通に暮らせるように精一杯手助けするつもり。だからセントアちゃんも、いろいろ不便もあるだろうけど一緒に頑張りましょうね♪」


 サクヤさんがそう言って優しく微笑んでいると、隣にいたフミアキさんが何度も頷いていた。


「そうだな。コトハとも仲良くしてやってくれ。あいつは頑張りすぎるところがあるから、セントアから注意してやってくれな?」


 フミアキさんは頭をかきながら、私を当たり前のように呼び捨てにしている。


「だからな、その……なんだ、セントアもこの宿屋、『羽根飾り亭』の娘なんだから、遠慮なんかしなくていいからな。俺たちのことも、ほんとの親だと、ってのは難しいかもしれないが、他人行儀にすることはないからな?」


 ぺこりと頭を下げるフミアキさん。私はその様子に、なんだか笑いがこみ上げてきて止まらなくなってしまった。ひとしきり泣き笑いして、私は二人の顔を見ながらこう答えた。


「……あ、ありがとうございま、ううん、ありがとう、その……パパ、ママ!」


 こうして私は、会ってまだ一日も経っていないのに、アマクニ家の娘になった。



 天国のパパ、ママ。私、新しいパパとママができたよ。コトハちゃんっていう姉妹も。パパとママが命を賭けて守ってくれた私を、大事にしてくれそうだよ。だから私も頑張る。頑張って幽世から身体を戻して、必ず二人の分も幸せになるからね。


 だからいつまでも見守っていてね。愛してるよ。



 玄関周りの掃除の後は、手を洗って食堂の準備をする。その日の宿泊客の人数と、お急ぎかどうかなども考えなくちゃならない。


 お客さんはマイヤさんとアメフラシさんの二人だけだから、練習になってちょうどよかった。お料理は、と厨房を覗くとサクヤママが大活躍していた。


「マ、ママは料理、得意なんだね。すごい量……」


「あらあ、そう言ってもらえると嬉しいわ♪ 前からこうやってたくさんお料理を作るの、夢だったのよねえ」


 そう言いながら、次から次へと今ある食材で料理を作っていく。それにしても量が多すぎるかな。追々注意してかないと。


 出来上がった料理を、冷めないようにキュイのいる石焼き竃のそばに置いておく。


 マイヤさんとアメフラシさんが食堂にやってきた。


「おはようございます! よくお休みになれましたか?」


 そう尋ねる私に、


「ええ、もうぐっすり。お布団はふかふかで、シーツもパリッとしてて気持ち良かったわ」


 こんな風に会話をしながら、座りたい席に導いて料理を出していく。


 アメフラシさんは、サクヤママが作ったアメフラシの酢味噌和えや、胡麻酢和えに炒めたものを食べてすごく感動していた。きっとこれからは、きちんとお客さんとして常連になってくれると思う。


 本当は私たちは、お客さんの食事が終わってから朝食を食べるんだけど、今日は練習と言うこともあって一緒に食べることにした。

 私は食事がいらないから、みんなの様子をふわふわしながら眺めていた。


 午前中の仕事は、後はお帰りのお客さんから追加の支払いがあればもらい、客室や浴室、建物の中を分担して掃除をしたら終わり。

 とりあえずマイヤさんとアメフラシさんはまだ宿泊されるみたいだから、客室の掃除は控えるようにしないと。


 午後からは、ほんとなら宿泊希望のお客さんの受付や、買い出しに料理の下準備もある。当然お客さんのお相手もしなくちゃいけない。



 宿屋の仕事はまだまだこれから。覚えてもらうこと、いっぱいあるから覚悟してね。コトハちゃん、パパ、ママ。

 ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。


 次回は宿屋の仕事に絡めながら、最近とんとご無沙汰の人物が……。

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