守りたいもの。
お待たせいたしました。
ではフミアキさん、お願いします。
◇◇◇
宿屋のラウンジでカードのゼファーじいさんと、サクヤやコトハが来るのを待っていたら、上に吊されていたシャンデリアが初めは淡く、次第に黄色い光を強くしながら光った。その光と合わさるように、シャラシャラ金属と光を放つ……あれは音石か? がぶつかる音も強まっていく。
シャンデリアは吹き抜け天井から吊されている。二階の様子が手すり越しに下から見えた。コトハが手すりに背を向けて、なにかと対峙している。俺は急いでラウンジを出て、少し左手にある階段を駆け上がった。
コトハに駆け寄る手前で勢いがつきすぎて、対峙していたであろうなにかを突き抜ける感触がした。
ふにょん♪ としてて柔らかくあったかいが、なんだか実体のないような変な感じだ。
「きゃうんっ!?」
ん? なんだ今の声は……すこおしやばい気がしてきた。
「ちょ、ちょっとパパなにしてんの! 失礼だよ、今すぐ謝って!」
ほえあっ? コトハに叱られてしまった。
しょぼ~んとしながら後ろを振り返ると、そこにはコトハとおんなじくらいの年の少女が立っていた。
恥ずかしそうにモジモジしながら、その女の子はこう言った。
「あ、あの、私なら大丈夫ですからっ! びっくりしちゃっただけで怒ってません。ただ、その……身体を通り抜けられる時に、なんだかくすぐったいっていうか、とってもきもちい」
「うほ~いっ! そこまでそこまで、おじさんが悪かったあ~っ!」
思わずウホッホ混じりの、後ろ下がりジャンピング土下座を炸裂させたっ!
ふう。これで上手く誤魔化せたぜと思って頭を上げて振り返ると、そこには切れ長の目を更に細めて、つめたあ~い視線を向けてくるコトハと、そのコトハの両脇で困った顔をしているファスタとアメフラシさん。
いたたまれずに目を離すと、通り抜けしてしまった少女とその向こうに、マイヤさんとサクヤの慌てた顔が透けて見えていた。
げほんごほん。ま、まあなんとかなるだろう、うん。ならんかな。
「え~と、その、なんだな、ごめんな? コトハになにかあったんじゃないかって慌ててしまったんだ。ところで、君は誰なんだい?」
透けている女の子は、自分の姿をくるくる回りながら確認していた。はっとして俺の方を向いて、こう言った。
「す、すみません、ほんと久しぶりに自分の身体見たんで、なんだか感動しちゃって……。あ、私はセントア、セントア・ロッソって言います」
ぺこりとお辞儀をしながら、にっこり笑顔を見せる。コトハとは違った意味で可愛い女の子だ。全体的に薄く透明感があるのは置いといて、少しふっくらとした体つきに小柄な身長、ふわふわした金髪が合っている。もしかしたら人と他の種族のハーフかなにかだろうか。
「セントアちゃんだね、改めまして、私コトハ。セントアちゃんは、この宿屋の人で間違いない?」
すっかり打ち解けた感のコトハに対して、セントアと名乗った女の子は目をまんまるにして驚いていたが、ふふっと笑った後に少しだけコトハの方にふわっと近づいた。
「うん、コトハ……ちゃん。そうだよ、私はこの『羽根飾り亭』の娘だったんだよ」
ここは、羽根飾り亭って名前の宿屋だったのか。きっと上から見たら、ラウンジを頭に両翼を広げるような形から、そう名づけられたんだろう。いい名前の宿屋だと思う。
コトハの問いかけに答えるセントアという女の子には、ファスタが言っていたような悲しい出来事に巻き込まれた感じはなかった。
「ごめんね、急に呼び出しちゃったみたいで。あの、私たちこれからね、この宿屋さんをさせてもらうことになったんだけど、その……」
「そうなんだね! よかったあ、もう誰もここに来てくれないんじゃないかって思ってたから。嬉しいな♪」
本心からそう言ってるのがわかるけど、どうしてなんだろうか。
「もしかして、コトハちゃんママのこと知ってるんじゃない?」
コトハが首を傾げている。どういうことだろう、俺たちは来てから間もないし、ましてや彼女とだって初めて会ったというのに。
「えと、セントアちゃんのママってどっかで会ったことあるのかな? 私と」
「うん、たぶんコトハちゃんだと思うよ、ママを救ってくれて天国に送ってくれたのは!」
ちょっと待てよ、彼女の母親を天国に送ったって? ますます訳が判らない。俺たちがどうしたものかと思い悩んでいると、コトハがぽんっと手を打った。
「あ! セントアちゃんのママって、領主様のお屋敷でゾーンに無理やり悪いことさせられてた、あの……」
「そうなの! 領主様に嫌々短剣を突きつけてたところを、不思議な黒髪の女の子があったかい光で助けてくれたって、ママが去り際に言っていたの。だから私、とっても嬉しくて独りぼっちになっても悲しくなかったの。だって、その子ともし会えたら、私もここから救ってもらえるかもしれないって思えたんだから」
そう言って、儚げな笑顔をコトハに向けるセントア。
そうか、領主様に迫るゾーンや『闇の使い手』に対して、コトハの持っている♪ が光った時に浄化された影たちが一瞬、本来の人の姿に戻ったように見えたあの時。確かに女性らしい人もいたような気がする。
「ママとお話できたんだね。『闇の使い手』のことや幽世ってよくわからないけど、セントアちゃんのママが救われたんだったらそれは良かったって思うよ。でもセントアちゃん独りになっちゃったんだよね、ごめんね。私のせいだよね」
「ううん良いの! ママはとっても感謝していたし、パパとまた一緒にいられるようになるって喜んでいたから」
この子は本心からそう言ってくれているんだろう。それだけに俺は胸が詰まる思いがした。サクヤやマイヤさんも向こう側で同じように涙を流していた。
「すまぬ、ちと話させてもろうても良いかの?」
突然背後から声がした。その声は、ラウンジの吹き抜けを下から浮かび上がってきたゼファーじいさんのものだった。
「セントアさんと言ったかの。お嬢さん、母上が昇華されたこと、お辛いだろうが御祝い申し上げる。本来なれば、闇に捕まりし時点で昇華は果たせぬものだが、このコトハの『力』の持つ清廉さが働いたようじゃ」
ゼファーじいさんはそう言い、コトハのそばに寄った。
「しかしの、お嬢さんを浄化し昇華させるのは無理じゃと思う」
セントアはそう言われた途端、こらえていた涙が溢れ出すようにして泣いた。でも、足元に落ちる涙滴はなかった。
「ど、どうして無理なの? 私が悪いの、なにかした? あの徴税官とか言う人たちがやってきて、パパが断ったらえらいひと連れてきて悪さいっぱいされて。止めてもらえるようにお願いしたらパパを……そしてママが私をかばって、でもやっぱり私も」
そこまで一気に辛そうに話すセントアを、コトハが駆け寄って抱きしめるように腕を回した。直接触れることは出来なくても、コトハの心の強さが少しでも彼女を癒すことが出来るといいなと思う。強くそう思う。
「そうじゃったか。そういう経緯があってなのじゃな、そななただけが現身を幽世に残しておるのは」
そう言ってゼファーじいさんは、セントアに静かに近寄りこう続ける。
「辛いことを思い起こさせてしまってすまなんだ。しかしの、先程わしが言った無理というのはそういうことなのじゃ。つまりの、そなたは父上や母上のように死んではおらぬ。そなたを生かそうと身を挺した父上は、審判を通り楽園へと発ったはずじゃ。母上はそなたの身を案じ、幽世で守るうちにゾーンに利用されたんじゃろう。そしてそなたの身体は幽世のある場所に隠されておる。そうでなければコトハのあの言葉、色を綾取る『力』によってそなた自身も浄化され、昇華しているはずじゃ」
優しくゆっくりと伝えるゼファーじいさんは、なおも言葉を続けた。
「じゃからの、そなたはまだ生きておるゆえ天国へとは今は行けぬ。幽世に置かれておる現身を現世に戻すことが出来れば、そなたはまた再び生き直すことが可能なのじゃぞ」
「そ、それじゃあ私のパパとママは、私を生かしてくれるために……」
胸の前で、両手で肩を抱くセントア。その震える透けた姿を触れない手でよしよししているコトハ。
「そうじゃ、であるからそなたは生きねばならぬ。生きて父母の無念を晴らさねばならぬ。ここにおる面々は、みなそなたの味方となってくれよう。かく言うわしも、そなたと同じ幽世に現身を置く者じゃ。けして悪いようにはいたさぬゆえ安心するのじゃぞ?」
このところのくだけた感じではなく、言い回しこそ古臭いものの誠意と心のこもった言葉に、セントアも少し気持ちが落ち着いたようだ。震えが止まり、いくぶん身体の透け具合が減った気がする。
しかし俺には言わなきゃならないことがあった。
「ゼファーじいさん、あんたどこまで俺の周りで起きることに影響してるんだ? ほぼすべてに係わってる気がするのは俺だけか?」
そう言う俺に対して、ゼファーじいさんはこううそぶいた。
「仕方なかろう? そもそもわしが彼の者に会い、カードに身を移したのも一連の事態のためじゃしの。諦めることじゃ。それに心の中では解っておったはずじゃぞ、こうなることをの」
……そうだった。やっぱり全部繋がってたんだな、今までのことは。でも違うこともある。それは家族がいるってことだ。これは大きいぞ、これから先になにがあってもな。
守るものがなかった昔の俺と違い、守るものの大切さを知った今なら逃げないで立ち向かえる。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
今日も少し重めのお話となりましたが、みなさまいかがだったでしょうか?
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