厨房にて。
宿屋で三つのグループ? に分かれた面々。
まずはサクヤとマイヤさんペア、語りの上手いマイヤさんから。
◆◆◆
サクヤさんと二人で食堂に向かう。
建物全体を観ても、先ほどの玄関からエントランス、ラウンジなどもそうだが、この宿屋はいささか金がかかりすぎている気がする。
私は仕事柄方々の宿屋を利用しているが、大抵は広いエントランスなどは無く、玄関からすぐに受け付けを通して階上に向かい部屋に入るものだ。
ラウンジなどというものを目にしたのは、王都に報告しに行った際に安宿が空いておらず、仕方なく大枚はたいて泊まったお大尽用の高級旅館でだった。
食堂を併せ持つのも珍しい。
普通は酒場や食堂が、寝泊まりできる部屋を付け足すものか、宿屋は基本的に素泊まりで、食事を出すのはよっぽど老舗の宿屋か、大店の旅館からだ。
だが、この宿屋はどちらも手を抜かずに、上手く営んでいくための設備を整えている。明らかに地方領の一商売人の考えるものではなさそうだ。
考えれば考えるほど判らなくなる。元々私はあんまり悩んだりするのが得意ではない。書類も不備はなさそうだし、なによりアマクニ家が気に入っているのなら、部外者の私が口を挟む問題ではない。
私は、コトハをなんとかして導いてあげたいだけだ。
そんなことを考えている内に、サクヤさんから声がかかった。
「ねえマイヤさん、ちょっとおかしいのよねえ」
「どうしました?」
怪訝そうな様子で、厨房を見回しながらサクヤさんが指差す箇所を見ていく。
「ねえ変でしょ? 入ってきてからあんなに埃だらけだったのに、ここにはかけらもないのよ。まるで誰かが、毎日お掃除でもしてくれてるみたい」
っ! 確かにおかしい。あり得ないことだ。私は腰から短剣を取り出して、サクヤさんの前に回り込んだ。
「私が先に確認します。サクヤさんは少し離れて、後ろから付いてきて下さい」
そう言って短剣を構えながら、ゆっくりと進む。入ってすぐの水瓶の蓋を取って中を見ると、空っぽだった。これだけ埃一つなく仕上げるには、水が不可欠のはずだ。ますますおかしい。
調理台の上や、置かれている寸胴や鍋は綺麗に磨かれているようだ。私は壁に把手を引っかけてある底の浅い鍋や、木ベラを手に取ってみた。
埃が付いている。それに手入れがされておらず、錆が浮いている。
食器棚や引き出しを開けてみると、同じように埃や色がくすんでいたり、腐食が進んでいる。
私は警戒を厳にして慎重に先に進む。勝手口に近いところにある、竃をなにげにのぞくと、奥の方からなにやらごそごそと音がする。
慌ててサクヤさんを後ろに下げ、短剣を構える。
竃の中から、もぞもぞと出てくるもの……それは、やせ細り甲羅の色もくすんで見るからに死に瀕した、二匹の亀だった。
確か火亀だったか、串焼き屋のヤクンドさんが、コトハに見せていたのを思い出した。あの火亀は丸々としていて、とても元気そうに口から火を吐いていた。
一方この二匹の亀は、今にも死んでしまいそうなくらいに生気が感じられない。懸命に竃の外に這い出てきて、並びにある石の台に移ると、小さい方をそのまま残して少しだけ大きな方が、必死に乾いてひびだらけになった足を使って、床までどうにか降りる。
私たちが視界に入ってないのか、それとも目が悪くなっているのか、まったく気にする素振りも見せずに二匹は、別れた場所ごとに少しずつ、本当に少しずつ進みながら、自らの舌で埃や汚れを舐めとっていく。
一生懸命舐めとりながら、前足を使って磨いていく二匹の亀。どうして手入れされていない場所があるのか、ようやく合点がいった。
壁に掛かっているものは、力及ばずに手入れすることが出来ない。
同じく引き出しも開けられないので、中はそのまま放置するしかなかった。
反対側の調理台に上がろうと下に降りていた亀が、立ち上がりに掴まって登ろうとして失敗、床に仰向けに転がってしまった。
細った足や首をばたつかせ、懸命に起き上がろうとするがもう体力が限界なのか、起き上がれそうにない。
知らず頬を熱いものが伝わっていくのがわかる。思わず手を差し伸べようとすると、私よりも先にサクヤさんが近づいて、両手で優しくすくい上げた。サクヤさんの顔は、くしゃくしゃになっていた。
「あなたたち、毎日、毎日、お掃除してくれてたの……? ご主人様たちがいつ戻ってきても大丈夫なように……」
すくい上げた亀を上にいる亀の横に並べてあげ、顔をのぞき込むように話しかける。その声に反応して、小さい方がぽっと息を吐いた。本来なら火を吐くところ、かすかに煙が出ただけで疲れたのか、頭を下げて項垂れてしまう。
「ねえ、ノドが乾いてるんじゃない? おなかもすいてるわね。マイヤさん、お願い、お水とアメフラシの入った壺を急いで持ってきて下さらない?」
亀から目を離さずにサクヤさんが言うのへ、
「今すぐに。しばしお待ちをっ!」
私は亀とサクヤさんから静かに離れ、食堂に出ると駆けだしてエントランスに置いてきた荷物の中から、水筒とアメフラシの入った壺を持って厨房に戻った。
二匹の亀は、しきりにサクヤさんの手の甲に鼻先をこすりつけながら、ふんふんと匂いを嗅いでいた。
私は手近にあった小皿に水を注ぎ、サクヤさんに渡す。サクヤさんは小指の先を水につけて、亀の口先にちょんちょんと触れた。
小さな口を開け閉めして、ようやくそれがなんなのか解ったようで、二匹並んで仲良くぴちゃぴちゃし始める。
私に亀の身体を、濡らした布で湿らしてあげるよう言ってサクヤさんは、アメフラシを調理台の上で捌き始めた。内臓を取り出して身をゆすいだら、壁に掛けてある包丁でましなものを使って小さく切り刻んでいく。
水を継ぎ足しながら、亀の甲羅や足や首を湿らしてあげると、だいぶ元気が出てきたのか、けぷっ! っと可愛らしくゲップをした。
「さあ、どうぞ。食べられるかしら?」
目の前に小さく切り分けられたアメフラシの身を、少し匂いを嗅いで大きい方がちょっとだけついばんだ。
もぐもぐして大丈夫そうだと判断した亀は、小さい亀に食べられることを教えるかのように、首で促し始めた。
ああ、この亀はきっと番いなんだろう。たった二匹で、もう戻らない宿屋のご主人様たちを待ち続け、食べるものも飲む水もなく、ひたすら待ち続けていたんだと思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
どうしてこんな目に遭わされなければいけないのか。この亀にはなんの落ち度もない。あまりにも理不尽すぎる。私は無性に腹が立って仕方なくなっていた。
お腹がくちたのか、亀が満足そうに舌なめずりをしたり、首を出したり引っ込めたりしている。サクヤさんはそんな様子をみながら、満足そうに満面の笑顔で……はなく、なにか、ふるんっ? というような表情をしていた。これはいったいどのような意味が? と思っていたらピンときた。なぜなら、私も同じだからだ。
「サクヤさん。さすがにこの状態でお料理をする訳にもいかないでしょうから、なにか適当なものを買い出ししてきましょうか?」
サクヤさんの顔がぱあっ! となる。
「そうねえ、その方が良いわね、この子たちはもう少し休ませてあげたいしね♪」
そう言って私に、お金の入った皮袋を手渡す。
「お言葉に甘えて、お願いします。マイヤさん」
私はひとつ大きく頷いて、なるべく早く戻れるよう表に出た。
もう大きな陽は沈み、時刻は六の鐘が鳴る頃か。私は火亀のことをサクヤさんに詳しく教えられるよう、まずはヤクンドさんの店へと足を早めた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ちょっとだけミステリー風に……なってませんね。なはは。
次回はどっちからかな。どうぞお楽しみに♪
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