宿屋さんの実状。
さあ念願の宿屋さんの紹介だよ、コトちゃんよろしくねっ?
♪♪♪
宿屋の周りは、あんまり大きくはないけど森? ううん林みたいになってるんだね。あれ、林と森ってどう違うんだっけ。
大きいのが森で、小さいのが林……なんか違う気がする。人の手が入っているのが林? あ、自然林って言い方もあるか。むむ。
とにかく、建物の周りに大小様々な樹々や下草、花が咲いていたりして、静かでほっこり出来そうだね。
大路から一本中に入ってるだけで静けさが全然違うし、林のおかげでよけいに静まり返ってる。
ん? こんだけの林なら、動物――鹿や熊はいないだろうけど――の姿や鳥の鳴き声なんかが聞こえてきておかしくないのに、しんと静まり返ってるのはなんでだろう。これもやっぱり、領主様の体調と関係あるのかな? でもそうだったら領主様のお具合も好くなったんだし、改善されていてもおかしくない。時間差でもあるのかな。
案内してくれたサミュートさんが、手にした羊皮紙の中身を確認してうんうん頷いてる。
「ここでまちがいないギャな? え~とアマクニさん、このハヤシとタテモノぜんぶ、のってるとおもうんだギェど、かくにんしてもらっていいギャな?」
パパに羊皮紙を手渡す。そこに書かれている文字は、日本語とは違うけど読める文字。そういえば日本で、職安の葉山……ハヤームさんから預かってきた書類も最初は読めなかったんだよね。繋がりが出来て読めるようになったんだった。
内容を確認するパパ。
「はい、間違いないですね。ここからここまで、契約にある土地で。こうやって見るとけっこう広いなあ」
建物の敷地と、両側の林。建物の裏側を通じて繋がってるみたい。パパに後で聞いたところによると、合わせて四百坪あるんだって。ん~とにかくひろお~いの!
サミュートさんから、建物の鍵を渡してもらう。表玄関と、勝手口に裏の出入り口――テラスになってるんだって――。
「したらおいらっちは、ギルドにもどるギョね。あ、えいギョうはじめるときは、ギルドにいいにきてギョ。てつづきあるギャら」
ギャギョギャギョ言いながら、にかっ! っと親指を上に向けて去っていく。
かっこいいなぁ、小鬼さんだけど。この後、岩穴人の彼女さんとデート行けるのかな。あ、ギルドに戻るんだったね、お疲れさまです。
目の前には、待ちに待った私たちの住むお家で、お仕事をしていくことになる宿屋さんが。
ふう~っ。長かったような、あっという間だったような。でんと建っているのを見ていると、なんだか涙が出てきちゃったよお。
泣き出した私の周りが色めきだした。
そんなにいっぱいは広がらなかったけど、うれし涙だったからか、少しあったかでやわらかい波が立つ。その波が、建物の正面と、少し離れた林の樹の先端にかかる。
ぶるるんっ!
音を立てて樹が震えた。
建物の正面、玄関先がぱあっ! と眩しく光った。
お、おうっ、そんなに反応してくれなくても良いのに、びっくりしたよお。こんなになるとどうしたらいいか、わたわたしちゃう。
「ウッホ!? お、お嬢ちゃん、落ち着け、落ち着くんだほい!」
アメフラシさんが驚いて私の周りをぐるぐるし出した。
マイヤさんは慣れた様子で私の肩を抱き、私の頭をその豊かなお胸にぽふんっ♡ って埋めさせる。あま~い香りがしてきて、ほわほわになる。
パパとファスタくんが羨ましそうに……だめだからねっ!
ママが私とマイヤさん二人を包み込むように抱きしめてくれた。
私は幸せで、もう少しだけ泣かせてもらうことにした。
なぜだか、よっちゃんの匂いがする気がしたら、♪ の水晶が黄色く柔らかい光を、私が出した波と混じり合って辺りに広がっていった。
落ち着いた私は、みんなにありがとうを言って、パパに玄関を開けてもらうよう頼んだ。
玄関の把手の下にある鍵穴に、ぐりぐりと鍵を差し込んで回す。
錠の外れる音がして、把手を押し下げて手前に引くと。
中は薄暗く、かなり埃っぽい。しばらく誰も入らなくて、手が入れられていないみたいだった。
入ってすぐがエントランス? 右手にカウンターと中には事務机みたいなテーブルと椅子。壁には、フックに掛けられた部屋鍵があって。
エントランスの正面には大きな飾り棚があって、その奥にラウンジみたいなスペースがあるのを目隠しみたいにしている。
ラウンジを中心にして両側が廊下になっていて、左側が食堂。けっこう広い造りで、泊まりのお客様だけじゃなく普通に食堂としても営業できそう。テラスもあるし、オープンカフェとか良いかも。
客室は二階にあるようで、階段が食堂の手前にあるんだけど、その階段脇のスペースにピアノみたいな楽器が置かれていて、ちょっとした舞台になっている。
これ、もしかしてライブとか出来るんじゃない? 思わずマイヤさんを見ると、おんなじ感想だったのかふるふるしてた♪
ラウンジの反対側には、一番奥に私たち家族のお部屋があった。ちゃんと独立した造りになっていて、プライバシーもしっかり保てるようになっていたの。お客様用のおトイレも完備。
そしてそして、びい~っくりなことに。な、なんとお風呂場があったの! それも大小二つも! これはすごいよ、なんだか宿屋さんっていうか、そう、まるでペンションみたいだ。
「ご主人、この宿屋はなんというか……豪勢すぎないだろうか? 私は方々を旅して宿屋も数多く使ってきていますが、ここまで整ったところには泊まったことがありません」
マイヤさんが驚きを隠せないでいる。
ファスタくんがなぜがモジモジしている。おトイレかな?
「お父さん、お母さん、コトちゃん。言いにくいことなんだけど……」
あれ違ったみたい。なんだか話しにくいことのようで、口を開いては閉じてを繰り返している。
「ファスタくん、はっきり言って? これからずう~っとここに住むんだよ、私たち家族は。なんかあるんだったら早く知っておきたいよ」
黙ってても仕方ないってわかってくれたのか、ファスタくんが重い口を開いた。
「うん、そうだね。これはコトちゃんたちだけの問題じゃなくなってるみたいだ」
え、なんか前置きがあんまり良い感じしないんだけど……?
「この宿屋はね、二年前にある事件が元で閉鎖されたんだ」
な、なによ、なんか気味悪くなってきたよ? 聞かないどこうかと思ったら、もう遅かったみたい。
「この宿屋の家族のご主人、女将さん、そして娘さんが死んでるのを発見されて……」
ママがくらあってして倒れかけたのを、慌ててパパが助け起こした。私は、なぜかアメフラシさんにしがみついていた。なんでかはわからないけどね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
あれえ、ハートフル・ファンタジーだよね、このお話。
そうなんですが、書いてる内に最初の設定をコトちゃんが引っ張り出してきちゃいまして……。
次回はなぜそうなったかのお話と、コトちゃんファミリーがどう動くのかを描けるはずです。
読者の皆様、一見さんも、もしよろしかったら、評価やお声なんかをいただけますと、作者嬉しいです♪




