そりゃそうですよね。
今回は少し長めなのと、やや趣向を凝らしています。読みにくいかと思いますが、よろしくご寛容のほどを^^。
パパ~コトちゃんとなっております。
◇◇◇
社宅扱いになってる、コーポ・フォレストから車で五分。俺の通う分工場は、アパートの一階部分を借りていた。部屋の壁を取り払い、本縫い用のミシンの他にロックやルイス、それに業務用のバキュームアイロンを各三ライン分。パートの従業員さんたちは、二ヶ月前の増員分も併せて十五人。結構な大所帯だ。
まだ誰も出勤してこないうちに、鍵を開けて中に入る。電気を付けて、管理者用の机の横にあるラックに上着を掛けた。いくら埼玉とはいえ、流石に寒い。パソコンも起動させる。
エアコンをつけるが、作業が始まったら消して足元のヒーターだけにする。なぜなら、温風で生地がはためくと縫いにくいから。アイロンの給水タンクに水を入れてスイッチオン。徐々に水蒸気が発する音が洩れてくる。
ふう。後は、糸と生地とパターンの用意。工程表とサンプルも揃えなきゃ。
パソコンのデスクトップには、去年行ったディズニーランドで撮ったコトの、妙に意識したポーズ写真が映し出されている。ごめんな、でもみんなの受けが好いんだよ。
でもな……ライン上に揃えた生地は質が悪く、パターンもしばらくおんなじのなんだよなあ。いかにも、消化試合って気づかれてもおかしくない。
始業時刻の三十分前。リーダーの小岩さんが一番乗りだ。いつものママチャリを停める音がした。
「おはようござ~います! 今日もしけた顔してるね、主任~。目がないよ、本の読みすぎ?」
でっかい声だなあ、しかし。あと、なんかおかしな言われ方した気が……。
「おはようございます、糸目は元々ですよ。ほれ、死人の目ちゃうでしょ?」
冗談で返したけど、小岩さんの目がライン上の生地とパターンに注がれているのがわかった。
「ふう~ん、これが原因? ここんとこ、代わり映えしないパターンばっかだったし、新人に慣れさすためかなあとも思ってたんだけどね」
「やっばわかります? そりゃそうですよね。上役からは、新人さん採用して慣れてきたら別の場所にもっと大きなスペースを借りて、事業規模も拡大していく方向だからって、すごおい前向きな言葉もあったんですよ?」
あんだけいい話しといて、まさか社長個人の株損のせいで会社潰すって流れになるとは。まったく思いもよらなかった。こういうのを、青天の霹靂というんだな。はあ。
「みんなにはあたしから言おうか? 主任さんも言いにくいだろうし」
「いや、大丈夫です、はい。これでも三年間この仕事で飯を食ってきたし、小岩さんたちとの付き合いもそこそこ長いですしね。なによりここの責任者なんだから、自分できちんと伝えないと」
俺がそう言い切ると、小岩さんはすっきりとした表情を顔に浮かべて頷いた。
「そうね、その方がいい。……うん。それにしても主任さん、ここに来た頃に比べると成長したわね。初めは、結構感情むき出しにしてくるタイプだったのにねえ。あれかな、しっかり者のコトちゃんのおかげ?」
ん~、褒められたみたいだけど、締めに娘を引き合いに出されるとは思わなかったよ。なんかしょぼ~んだ。
自分としては、昔から理知的で真面目な大人しい性格と思ってたんだけどな。本好きは、好戦家ならずってね。
ん? そんな人物なら占い師なんて職業、経験することすらないか。
今度の履歴書には書かないどこう。書いたこと無いけど。
そうこうしてるうちに、他の従業員さんたちも出勤してきては、会話に花が咲く。とりつく島がない。いつ切り出そうかと逡巡してたら、小岩さんに軽く睨まれた。
♪♪♪
今頃ラインのお姉さんたちに吊し上げられてるところかなあ。お仕事とはいえ辛いよね。だって、十何人もの人たちの生活に関わる大事な決定を、独りで伝えるんだから。
お仕事の大変さは、今の私では全部はわからない。
働いてお給料をもらう。それって、私が学校で勉強するのとは大違いだってことは理解できる。でも一生懸命、着てくれる人のために縫っても戻されて縫い直したりする苦労や、スカートだったりパンツだったり変わるたんびに、ミシンの場所を変えたりする大変さは、やってみないと絶対にわからないと思う。
前に見学会と称してよっちゃんと遊びに行った時には、ほんとに大変なお仕事なんだと思ったんだ。みんな優しく接してくれて、ちょっとだけどミシンも縫わせてもらえたんだけど、ただまっすぐ縫うのも難しくて、それをあんなに綺麗に自由に扱えるお姉さんたちが、とおってもキラキラして見えたのを覚えてる。
夜中に、パパが車で出掛けるのを知ってる。あれは、たぶんお姉さんたちのためだと思う。あ、着てくれるお客さんのためでもあるのか。だからそんなパパを、みんな信頼して仲良く仕事をしてくれてるんだ。それなのに、会社が無くなるって言わなきゃならないなんて。
みんなのお仕事がすぐ見つかって、また仲良く働けるようになるといいな。
給食を食べ終わって、お昼休みによっちゃんがお話したそうにこっちを見るので、私からよっちゃんの席のほうへ近づいていった。よっちゃんは背も高くて大人びてるから(私は……普通だよ、フツ~。なにか?)、窓際の後ろのほうの席だ。
ぴょこんってよっちゃんの席の後ろにある、ながあい棚の上に飛び乗る。身軽さも私の取り柄のひとつなんだ。
「よっちゃん、朝はごめんね? 突然でびっくりさせちゃって」
ぺこりと頭を下げて、上目遣いによっちゃんを見ると、うるうるしてるってば! だめだよ、がっこうだよここ! 私はどうしようかとわたわたしてしまった。ほんとにごめんねえ、よっちゃん。
「コトちゃん、おじさんのお仕事変わるからって、どうしても遠くに行かなきゃならないって訳じゃないんでしょ? 近くでお仕事が見つかれば、一緒に中学も通えるよね?」
「うん、そうだね。そのためにハロワ? ってとこに行ってるし、ああ見えてうちのパパ、えーっとなんだっけ……そうそう、手に職ってやつも持ってるしね。仕事は見つかると思うんだけど、問題は住むとこなんだよねえ……」
小学三年生までは、違うとこに一戸建てのお家があってそこに住んでいたんだけど、突然引っ越さなきゃならなくなって。それでこの町にやってきたんだ。
その当時はなんでか全然わからなくて(今でも詳しくは教えてくれない。とおっても言えないこと、あったみたい)、仲良かったお友達とも離れ離れになって、大好きだった本もほとんどが無くなっちゃって。
子供ながらに辛くって悲しかったときに、よっちゃんと出会ったんだ。
私の、心からの、ほんとの親友。
そんなよっちゃんとも会えなくなるなんて、絶対考えたくない。私は私で、なにかしなきゃ居ても立っても居られないよ。私にできること、私に……。
突然ピンときた! びっくりだよ。
急ににやにやしだした私に、よっちゃんが若干引いてる気がする。ずずいとよっちゃんに顔を寄せた拍子に、棚の上から落っこっちゃった。いったあい! しょぼ~んだよ。
授業が終わって、放課後になり急いでお家に帰りたかったんだけど、こんな時に限ってクラブ活動なんかがあったりする。私は、なんこか掛け持ちをしてたりする。いつのまにか増えてたって感じ?
今日は詩作クラブの日。明日は生徒会の会議で、卒業式の段取りや、在校生による送別会の打ち合わせなんかがある予定だ。いつも会議は紛糾するから、今日は大好きな詩で気を紛らわせようっと。
詩作クラブは、はっきり言って人気の無いクラブのひとつ。予算もほとんど無いに等しくって、唯一といってもいい活動の結果が、年に二、三回発行する詩集になる。
活動する教室には、私とよっちゃんを含めて五人しか集まっていなかった。あ、全員か。盛っちゃだめだね。はは。
六年生は私とよっちゃんだけ。クラブ長は五年生の女子になっている。なんていうか、かなり切れてるというか……なかなか味のある詩を書く子だ。他の子は、四年生が二人。活発な男の子で、ドギャ~ン! とか、ボワボワ~ン! なんて言葉が羅列されてて、なにがなんだかね。でも毎回ちゃんと来てくれるんだから良しとしよう。たとえそれが、よっちゃん目当てでもねっ。
「それじゃあ、今日の活動、始めます。今日は、出来上がった詩集の、確認と、贈呈先と、配布先の、選定と、誰が、どこに、いつ、持っていくのか、を、決めたいと、思います」
……ふう。ま、いいけどね。味があるよ、うん。
目の前には、丁寧に製本された詩集が積まれている。思わずほおずりしたくなっちゃうね! インクのにおいがなんとももう~ってなる。
汚さないよう、指紋など付かないよう、慎重に手にする。お願い、男子諸君、もっとお手柔らかにお願いします。ほんとに。
折り目がつかないよう、いっぱいには開けない。パラパラッとめくるだけでも、それぞれの作者の個性がキラキラしてて眩しい!
よっちゃんは、恥ずかしそうに自分の詩を目で追っている。
大丈夫、よっちゃんの詩はものすごおく、よっちゃんよっちゃんしてるよ。あったかくて、ふわふわで、気持ちがぱあっ♪ ってなるよ。
私も自分の詩を改めて読んでみた。
『なかよしのきのしたで』
おおきなおおきな ひろいうち
おおきなおおきな きがあって
なかよしたくさん わになって
うたって おどって わらってる
みんながみんな のんびりと
みんながみんな ゆったりと
なかよしたくさん すわりあい
おまつり ぱれーど てをたたく
もっとゆっくり
もっとあったかく
まいにちがすごせますように
またやわらかにあえますように
私はひらがなが好きなんだよ、読みにくいってよく言われるけどね。
詩集は、思った以上の出来に仕上がっていると思う。すごおくすごおく愛おしい。
うきうきした気分のまんま、残りの時間を過ごしてよっちゃんと一緒に下校する。
さあ、これからお家では、大事なミッションが待っているのだ。
次回は、なにか思いついたコト。パパの黒歴史に……ごほっごほっ。




