うちの天使様。
お待たせしました。
フミァアキ回です。
◇◇◇
別の部屋から戻ってきたサクヤが、詳しく話を聞きたがった。とりあえずそれを後回しにして、俺たちは領主様の寝ている寝台に近づいた。
寝台の上には、上半身を起こすようにして辺りを見回している細身の、そばで寄り添っているファスタを大人にして、少々やつれさせたような銀髪の男性の姿。まあ間違いなく領主様だろう。
「ち、父上っ! お怪我はありませんか? あいつらにひどいことはされませんでしたか? そもそもあいつらはなにも……」
息せき切って早口になる。そんなファスタをなだめすかすように、肩を優しく叩く。
「落ち着け。落ち着くのだ、ファスタよ。私は大丈夫だ。むしろ、ここしばらくないほどに気が晴れ渡っているようだ」
そう言うと領主様は、寝台に手をついて布団から両足を降ろして、ゆっくりとだが立ち上がった。その様子を見て、ファスタはじめ、マイヤさんとハンニバルさんも呆然とする。
「な、なんと、お立ちになられるとは! よもやこのような日を迎えられるとは……このハンニバル、踊り出しそうでございますっ♪♪」
あ、あれ? ハンニバルさんが壊れた? ぷるぷるしたと思ったら、近くにいたマイヤさんの手を取りダンスをし始めたぞ。大丈夫ですか? ま、まあよほど嬉しかったんだろう。それほどまでに、領主様の具合が悪かったということだろう。
ファスタが領主様を支えるが、そんなに頼り切った感じはしない。領主様は俺たちの方を向き、しっかりとした声で感謝を述べられた。
「大変お見苦しいところをお見せてしまいました。恥ずかしい限りです。こたびはこの命、お救いいただき心より感謝申し上げます。さては皆様は、アマクニご一家様でよろしいでしょうか?」
「は、はい、ご領主様。もったいないお言葉をいただき恐悦です。アマクニ フミアキと申します」
俺はなんと返したら良いかよく判らないので――貴族に会ったのは生涯通して初めてだもんな! ――、無難だと思う答えを返した。なんか変だがこれが精一杯だ。
「フミアキ殿と申されるか。良いお名ですな。私はフォーヘンド・ダル・ウラヌール、どうぞフォーヘンドとお呼び下さい」
領主様は初めて会ったばかりというのに、気安くそう声をかけてくださったばかりでなく、サクヤの手を取り跪き、もうお馴染みになりつつある礼を施した。
「フミアキ殿の奥方様ですな? こたびは私どもの不手際で多大なるご迷惑をおかけし、要らぬ長旅を強いてしまいました。心よりお詫び申し上げます」
ウホイよ、お前も格好良かったぞ。でもこちらは正真正銘の貴族様だからなあ。サクヤのの頬がぱあっ♪ と紅く華やいだのも致し方ないところだ。
舞い上がっているサクヤから離れ、領主様――フォーヘンド様はコトハの前に向かう。そして、
「天使様。かくも清々たる御光、正しき御力を示され、不浄を排されたばかりでなく、私ごとき者にも祝福をお与え下さいましたこと、恐悦至極に存じます」
おおう。両膝をつき、両手でコトハの手を押し頂き頭を垂れる。これって、見たまんま最上級の礼の仕方なんじゃないだろうか? 確かにうちのコトハは、マジ天使だけどなっ!
コトハが、完全にフリーズしている。その固まりきったコトハの両手を包むようにして、フォーヘンド様が熱い口づけをした。
手にだからな、手に。そこでようやく解凍されたコトハが、わたわたとしながら返事をした。
「そ、そんなそんな、えとあと、もったいない、お、お言葉を……! わ、私天使なんかじゃないです、言葉、ただのコトハです」
「コトハ様……いや、分かりました。すっきりとしたこの気の晴れように、年甲斐もなく舞い上がってしまったようだ。許してほしい」
今度はあわあわしだしたコトハ。大変だな、主役は。よしよし。
「しかして、この場を清め、かの悪魔を追い払い、私をお救い下さったのには変わりない。重ねて感謝を」
とびっきりの笑顔だ。なんとも、お人柄がそのまま顔に表れている。ファスタがあんだけ素直な、好い奴に育つわけだ。だからって俺は、あいつの父さんなんかじゃないからな。断じて。
コトハが返事を返しているが、あまり浮かれない表情をしているのが気になる。
そうか、お付きの人がいたはずだが光が失せた後に姿形もなくなってしまったからだろう。だけどな、こればっかりはどうしようもない。後はフォーヘンド様が対処なさるしかない。これ以上はコトハには荷が勝ちすぎる。
俺とサクヤはコトハのそばに寄り、手を取ったり肩を抱く。
「皆様、このまま立ち話しというのもいかがかなものかと。よろしければ夕餉にご招待したいのだが、父上、構いませんでしょうか?」
ファスタがこう提案する。
俺としては、今後の事もあるから賛成だ。コトハもだいぶ疲れているみたいだから、このまま少し休ませてあげたい。サクヤは……ふるんっ! ふるんっ! てしてる。ん? いつもとは少し違うような気がしないでもない。
ファスタの提案に甘えさせてもらうことになり、俺たちは先ほどサクヤが待っていた部屋に案内された。ありがたいことに、ベッドが二つと豪華なソファーがあり、部屋に入るなりコトハがソファーに倒れ込もうとするのを受け止め、ベッドに寝かしてやる。
「パパ……ありがと、なんだかね、すごおく眠いの。お夕食までちょっとだ……」
サクヤが優しく頭をなでる。なにやら寝言かな、むにゃむにゃ言ってるがそのまま寝かしておく。本当にお疲れさま。
俺はサクヤをベッドに横にさせながら、これからについて考えようとした。だけれども、二人の顔を見ていたらまあ、良いかってなり、そのままサクヤの横で目を閉じた。サクヤのおなかで、自己主張するように当てた手がぽこんってされた。よしよし、お前も頑張ったな。良い子だ……。
お読みいただき感謝を!
今回、相手が人だったからか普通に呼んでもらえて嬉しかったフミァアキでした……はいはい、フミアキ殿。
では次回は、夕餉、そして宿屋の話を。
たぶん。。




