領主様の館で。
ようやく領主様のおられるお屋敷(館とも言いますな)に。
今回はフミャアキ回になります。
◇◇◇
ファスタくんとマイヤさんに付いて、領主様の館に向かう。
待合室から廊下に出て、大路からの門があった方に行くと、中庭に入るための受付があった。
ファスタくんが軽く手を上げると、受付にいた担当兵士――だいぶ軽装だ──が立ち上がって、胸に手を当てる敬礼をする。ファスタくんが返礼すると、受付手前の扉を開けてくれた。
広い中庭の中央に、高さが四、五十メートルはありそうな尖塔が建っている。かなりでかいから中には、おそらく備蓄庫や詰め所なんかがあるんじゃないかな。
しかし、一番上の鐘まではどうやって昇るんだろう? 階段なら結構しんどそうだぞ。なにか他の手段があるのかもしれない。
中庭にも広い道が交差していて、少ないながらも馬車や人の往来もある。
領府の建物側には駐車場ならぬ、厩や馬車を停めておくスペースがあって、俺たちの荷車が北側に馬車と並んで停められていた。この荷車とも、なんだかんだで一ヶ月以上一緒に旅をしてるんだなあ。
馬車と並んでちんまりと停まっているのを見ると、物として愛着がわくというよりも、もっと身近で親しい者に愛情みたいな感覚を持ってしまったような。なんとも不思議なもんだ。
中庭を南の方に進むと、尖塔側に二階建ての館が見えてきた。あれが領主様の館だろう。
洋館らしい外観で、落ち着いた雰囲気のある建物だ。たぶん迎賓館の役割も担っているからか、二階に大きなバルコニーがみえる。
「あれが領主様のお屋敷、ファスタくんのお家なの?」
「うん、そうだよ! 綺麗な屋敷でしょう? とっても住みやすいんだよ。周りは緑が多いし、部屋も数が多いから子供を何人産んでも……」
俺はファスタ――呼び捨てにする。決めた。――のなでつけた銀髪を、前から手を伸ばしてわしゃわしゃしてやった。
「ちょ! ちょっとちょっと。 なにをするんですか、お父さん」
一生懸命髪をなでつけて、整えようとしているが俺には判る。あれは癖っ毛を隠すためだ。こちとらお見通しだぞ。そおれ、わしゃわしゃ。
「お、お父さん、やめてください! コトちゃんの前でこんなか」
むかっときたから、また無言でわしゃわしゃ。泣いてやがる、ざまあみろだ。
それを生温かい目で見ていたコトが、はあっと息を吐きながらこう言った。
「パパとファスタくんって、仲良しさんなんだね!」
よせやい、誰がこんなガキと仲良しさんだ。俺は苦虫をかみつぶしたような顔をして、ファスタのやつを睨む。
だあ~。こいつは、声をかけてもらいかまってもらった犬が、嬉しいわんっ♪ ってしてる顔だ。
執事? らしき老人が、屋敷の門扉の前でファスタに頭を下げる。ピシッとした身なり、立ち居振る舞い。ああいう出来そうな人は、大体がセバスチャンに決まっている。
「ファスタ坊ちゃま、お帰りなさいませ」
「出迎えありがとう、ハンニバル」
おおう、そうきたか! どっちだ、名将かそれとも博士の……。
そのハンニバルさんが扉を開いてくれる。軽く会釈をしながら通り過ぎる際に、コトを見る目がくわっ! と変わった気がした。なんだ?
「お嬢様。失礼かとは存じますが、お嬢様は『力』の使い手でらっしゃいますね? それもかなりの『力持ち』でらっしゃいますな?」
ちょっと怖い感じの凄んだ笑みだ。コトが思いっきり引いてしまっている。
「え、えと。たぶんそうみたいです……でも私、あんまりそういうのわかんなくて。ごめんなさい……」
「っ! これは大変不躾な行いをしてしまい、誠に申し訳ございません。驚かせてしまいましたね……。ご主人様の今のご状態に、お嬢様が良い影響をお与え下さるやもと思ったものですから」
そう言って、深々と頭を下げてきた。コトももう気にはしていないみたいだ。
それにしてもご主人様――領主様のことだろう――の状態にって、どういうことだろうか。あの時ファスタも言いよどんでいたが、具合がかなり悪いとかかな。それともやっぱり……。
中に入ってエントランスを抜けると、段差の少ない幅広の階段があった。それを昇りきり、廊下の突き当りの部屋へ。どうにも居心地の悪い雰囲気に、思わず腰に吊るしたカードの入っているポーチを握る。
ポーチが熱を持っている気がする。それもよろしくない系の。コトが目を細め、すう~っと息を吐く。
「ママ、来ないほうがいいかも。良くない気がする、おなかに」
ハンニバルさんが目を見張った。そして扉の前にいた女中さん――メイドさんでいいのかな?――に目配せをする。
「奥様。どうぞこちらのお部屋でお待ちを」
サクヤはコトの方を心配そうに見ていたが、俺が頷くと名残惜しそうにしながら言うことを聞いて、別の部屋へと下がっていった。ファスタはコトのそばを離れないでいるが、いつもと様子が違うことに気づいてその顔に緊張感を表している。
ハンニバルさんが扉を数回ノックする。中からの応答がない。ハンニバルさんの顔に焦りの色が浮かんでいる。
「中には側仕えがいるはずなのですが……」
マイヤさんがどこからか取り出した懐剣を手に、扉に近づく。静かに扉に耳を付けて中の様子を伺う。
首を一振りして、マイヤさんが扉に手をかける。一気に扉を引くと中には、入ってすぐに倒れている人物が目に入った。姿格好からして側仕えだろう、息をしているのかどうか確認するよりも前に、聞き覚えのある声が室内から響く。
「おお、そこにおるのは、湖でのいけずな娘とその父親ではないか。再び見えるとは、よほどこのわしに会いたかったようじゃの。まっこと嬉しい限りじゃ。そう言えば、あの老いぼれはいかがした? 薄っぺらい奴じゃからのう、いずこかへでも飛ばされてしまいおったか」
そう言って、気味の悪い笑いを響かせる。
俺は腰のポーチに手をかけ、ひもの結び目を解こうとした。
「カード使いよ、何を考えておるか見え見えじゃ。少しでも動いてみい、ここにおる死にぞこないが幽世にその住まいを移すことになるがの?」
そう言い放つ奴の指差す先には、寝台に上半身を起こす形で横たわる、顔から色を失わせた男性。そしてその男性の胸元に、銀光をぎらつかせた短剣を突きつける、黒い影のようなものが数体見て取れた。
「ち、父上になにをする! いますぐその汚い剣を引かないか!」
飛び出そうとするファスタを、マイヤさんが懐剣を持っていない手で止める。悔しそうに歯を食いしばり、踏みとどまったファスタだが、目は領主様からけして離さない。
「そうじゃ、良い心がけじゃの。まあ貴様らなどが束になってかかってきおっても、わしとその『闇の使い』の前では、赤子の手をひねるよりも容易く事は成せるがの」
扉の前で、どうにも身動きが取れなくなってしまう。冷や汗が頬を伝う。どうせ俺の『力』ではたいしたことは出来ないかもしれないが、ゼじいさんならなんとか出来るんじゃないのか? どうにかしてカードを取り出せないだろうか。
そうしていると、音も立てずにすう~っと小さい影が動いた。その影は、黒い髪――この旅の間にだいぶ長くなった――を濡羽色に変え、髪色を見ようによっては紫や緑にも移ろわせながら、扉の前で俺たちを護るようにして立つマイヤさんの横をすり抜けた。
コトの、俺の娘のコトハの、通り過ぎるその一瞬の間に、一重で切れ長の目の奥がちらちらと、火の粉を散らすように光っているのが見えた。
お読みいただき、ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか? この作品にしては珍しく、緊迫した状態のまま次回に持越しです。
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