ハロワに行く。
今回は、コトちゃん~パパさん回となります。それぞれの視点での語りには、記号が振られています。
♪♪♪
学校からの帰り道、よっちゃんが心配そうに話しかけてきた。
「ねえ、コトちゃん。今日ね、授業の合間に真剣な顔してう~ん、う~んってしてたけど、どうしたの? 朝言ってた面倒なこと?」
よっちゃんはゆるふわしてるけど、気の利くとてもいい子だ。同い年の女の子に向かってなんなんだけど。
もし私が男の子だったら、ほっとかない。きっと抱きついちゃうだろう。あ、それはまずいな。うん、同性の私だから許されることだ。だから、
「よっちゃん~~、好きっ!」
うわあ、いつもながらやわやわだあ。いい香りもする。
「ちょ、ちょっとコトちゃん! お願い、モミモミしないでえ! くすぐっ……、う~ふぅっ」
なんだか悩ましいお声が聞こえたような。ごめん、調子乗りました。すこおしだけね。
「えへへ、失礼しましたあ。うん、そのこと。あのね、まだ誰にも言わないでほしいんだけど……」
私の口調が変わったのを察して、よっちゃんも真剣な表情になった。
「実はね、うちのパパのお仕事の関係で、引っ越さなきゃならなくなりそうなの。それもずっと先じゃなくて、中学校に上がる前に」
よっちゃんは、いやいやをするように両手を顔の前の持っていって、体を揺すった。こんな状況でも、やっぱり可愛さ増し増しだ。
「もし遠くへ引っ越しても、ず~っと親友だからね? お手紙も書くし、絶対会いに来るよ!」
ふたりしてわんわん泣いた。ああ、私もかなり動揺してたんだ、今んなってわかったよ。
パパのお仕事は、名古屋に本社のある縫製会社の埼玉工場で、別の場所にミシンやアイロンなんかが並ぶラインっていうのを三つ持つ、分工場の管理者さん。役職は主任さんだそうだ。
ラインに入るパートのお姉さん方が縫うための生地を、埼玉工場から車で運んで縫ってもらったのをまた持ち帰る。他に、縫われたスカートやパンツの検品、戻されたものを直したり(パパもミシンで縫ったり、でっかいアイロン掛けしたりできるのだ)、なんてこともしているんだって。すごいなあ、ふう。
ということは、パパだけじゃなく、お姉さん方もみんなお仕事無くなっちゃうってことだ。これはすごおく大変なことじゃない?
会社ってこんな大変なことを、あっさり決めてしまうものなんだ……なんだかなあ。
パパ、ああ見えて責任感あるし、なんだかんだとまとめ役になってるから大丈夫だよね。仕事だってすぐに見つかるはず。うん。
◇◇◇
「あれえ、もしかして天国さんかい? 久しぶりだねえ。今日はどうしたね、また会社があれかい?」
職安の自動ドアを開けた途端、だみ声だが人好きのする声がかかった。俺は頭に手をやりながら、
「ご無沙汰してます。いつぞやは大変お世話になりました。はい、またあれみたいです」
葉山さんは白髪頭をガシガシしながら、苦笑を浮かべる。
「まあ座んなさいや……あ、整理券? 取らせなきゃだめ? そんなかたいこと言わなくてもね? え、かたいもやわいもないってそりゃあ、まあ……」
隣の職員さんにに叱られ、葉山さんしょぼ~んだ。あれれ。
俺は葉山さんに手振りで大丈夫と示し、発券機から整理券を取って待合席へと向かった。いやいや、悪く思ってないから、そんなに手を合わせないでほしい。ほんとに。
昔から、俺には職運とやらが無いらしい。まだ大学生の頃に、ピンポンしてきた綺麗なレディから言われたのには、
「あなた、とってもいい人ね。菩薩様みたいに徳を積んでるのがよおく解るわ。でも残念ね、職運が、ね?」
ね? じゃないよ。しなしなしながら、いかにも~な石売りつけてきたよ。
悪かったですね、買わなくて。どうにも気になったから、いろいろ占い本やタロットカード集めて、自分で占ってみました。いやあ~よく当たること当たること。
おかげで仕事にあぶれた時には、駅前通りで鑑定やって糊口をしのいだものだ。はは、感謝だねえ~。
そんな黒歴史を振り返ってたら、自分の番がきたみたいだ。葉山さんの隣の職員さんが、にっこりしながら横を手で指し示してる。俺はその職員さんにぺこりとしながら、葉山さんの前に座った。
「いやあ、元気にしてたかい? 最後に紹介してからだいふ経ったから、もう安心と思ってたんだが。今度もあれかい、会社燃えちゃったとか、社内クーデター? それとも目立ちすぎたかな?」
横の職員さん、そんなに驚かないでください。すべてあったことです、悲しいことに。
「今回は、社長さん関係です。事業縮小に伴って、倒産解雇通知されました」
う~んと天井を見つめてしばらく動かない葉山さん。なんか書いてあるのかな。
「そうかあ、倒産解雇かあ。まあ事情が事情なだけに、失業給付はすぐに受けられるが額がね……それに確か、社宅だったかい、今の住まいは」
「そうなんですよ、社宅は早めに解約したいらしくて、悠長にはしていられなくてですね。ほとほと困ってます」
うんうん頷きながら、書類の束をぺろりとめくっている。横にあるパソコンはどうやらお休みみたいだ。
「条件に合いそうなのが無いなあ。年齢もあれだが、経歴がねえ。個々の事情なんかは汲んでもらえないから厄介だなあ。しかも今時、社宅ありってのも少なくなってきてるし……。悩ましいところだね」
まあそんなに簡単に見つかるとは思っていなかったので、継続して探していくことにする。それよりも、分工場のパートさんが少しでも転職に有利になるよう、お願いをして職安を後にした。
空には、すこおし重い雲がかかっている。
これはあれかな、雪でも降るかも。滅入るなあ……意識してかないと、家族に迷惑がかかる。それは避けないとなあ。
葉山さん、味のあるお人柄。たぶんパソコンも使えるんでしょうが、パパさんと同じでインクのにおい、紙の味が好きなんでしょう。あ、こんだけ名前売っていながら、葉山さんもう出てきません、たぶん。ごめんなさい、葉山さん。
だってねえ、この作品、ファンタジーですからあ!




