領主様へのご報告。
え~今回は、フミャアキ回ということで……え? フミャアキが見当たらないって。なになに代わりに私が出てあげよう、仕方ないなあと。
はいはい、出たかったんだね、わかりました。
そういうことで、今回はマイヤさん回だそうです~。
◆◆◆
隧道……とんねると言っていたか? をくぐり丘並みを越えてウラヌールには、馬であれば半日もかからないで着く。フミャアキさんたち一行は、サクヤさんが身重なこともあるからおそらく二、三日はかかるだろう。
先発して町に入った私は、その足で領府に駆け込んだ。領府の門番に取次ぎを頼み、待合室で待つこと一時間もしなかったろうか。急ぐ靴音が近づいてきて、扉を叩く。
「はい、お入り下さい」
勢いよく扉が外に開いた。戸口に立っていたのは、まだ幼さを残した利発そうな少年だった。
銀髪をつんつんと立たせた――くせっ毛なのか手入れが大変そうだ――、色白で細身の少年。背はあまり高くはないが、均整の取れた体格をしている。印象的なのは、太くきりっとした眉毛。意志の強さ、正義感のようなものを感じさせる。目が興奮のためか大きく開かれている。
「マイヤさんっ! 急に姿が見えなくなったので心配しました。なにがあったので……!」
頬を紅潮させながら、まくし立てるように話し出したのを急に止めて、私の全身に上から下まで目を移す。いやらしい感じはなかったので、不快ではないけど少し気恥ずかしい。
「その衣装は……初めて拝見しましたが、その、とても、お似合いですね」
思わずきゅんっ♪ ってなってしまった。いかんいかん、私は大人だぞ?
「ファスタ様、お褒めいただきありがとう存じます。この衣装は故有ってお借りしたものです。この衣装をお貸し下さったのは、かねてより捜索しておりました異世界からの移住者の奥方のものなのです」
お願いだから、腰から下を凝視しないでほしい。かなり恥ずかしくなってきた。
わたしがもじもじしていると気づいてくれたのか、視線を横にすっと外してくれた。こういうところがお貴族様の令息らしい、気遣いができる良い点だ。
「す、すみません、見慣れぬ衣装だったものですから。大変失礼しました」
なんとも可愛らしいお方だ。こうやって心配して駆けつけてくれるところなども、人柄の良さを感じる。それ以外にも、というよりそれ以上に少年の淡い思い? をぶつけてくる愚直さがなお好ましい。
「そ、それよりも今、移住者とおっしゃいましたか? 見つかったのですね、それは良かった!」
満面に笑みを浮かべながら、心底安心したように息を吐く。おそらく父親であるご領主、フォーヘンド様の心中を察してのこと。つくづくお優しい。
「はい、長らく時間がかかってしまいましたが、一家みな元気にこちらに向かっているところです。詳しくは領主様にご報告をいたしたいと思うのですが、領主様のお加減は……」
「そうですね、それがいい。父上のお加減はあまり変わりませんが、今なら大丈夫でしょう。一緒に参ります!」
そう言ってファスタ様が戸口に立って開けて待ってくれている。
私は軽く笑みを返しながら、戸をくぐって廊下に出る。少し前に出て歩くと、お尻のあたりに視線を感じる。露骨にならないように体をずらし歩みをゆっくりにすると、気がついたのか先ほどよりもさらに頬を赤らめて、俯きながら先導をするように前に回る。
きゅんきゅんっ♪ だあかあら! 私は大人。こんなのなんともないんだからね。
領主様のお部屋は館の二階、広い階段を上がって右に曲がった最奥にある。ついこの前、アマクニ一家の消息がまったく掴めないことを報告にあがった部屋だ。
領主様はご病気を患っている。それもかなり重篤な。
ファスタ様が控え気味に扉をたたくと、中から誰何するくぐもった声が聞こえた。部屋付きの執事だ。
「ファスタが巡察使マイヤ・ミレンと、件の移住者一家についてご報告に参りました」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
扉から離れる音がして、しばらく待つと今度は扉がゆっくりと開かれていく。
「お待たせいたしました。フォーヘンド様の支度が整いましたので、どうぞお入り下さいませ」
執事が目線を下げ引いた姿勢で、扉を持っている。ファスタ様は私を伴い、中に入る。奥の方にある寝台に静かに近寄ると、膝を落として中で上半身を起こされた領主様に話しかける。
「父上。ファスタです。マイヤ・ミレンが、朗報を持って参りました。よろしいでしょうか?」
耳を近づけて、聞き漏らさないようにしながら何度か頷くと私のほうに向かい、
「お聞きになりたいそうです。どうぞ」
そう言って、場を空ける。私はゆっくりとファスタ様と場所を替わり、膝を突きやや近づいてから声をかけた。
「ご領主閣下、巡察使のマイヤ・ミレンでございます」
「おお……マイヤか。よくぞ戻って参られた。心配しておったのだぞ、わしもファスタもな……。して、朗報とは? もしや移住者の所在が?」
思ったよりも力強い声でお話になるので、少し安心した。私はなるべく明るくなるように声を少し高くして答える。
「はい、その通りでございます。故有って私は強制的に『船運び』に遭い、そこで移住者一行に相見えることが出来ました。彼らは、山向こうの捨てられた『船運び』屋に運ばれてしまったのです。途方に暮れながらも旅を続け、今は丘を越えて町までもうすぐといったところまで参っております」
領主様の顔に明るさが少し戻ったような気がする。
私も巡察使になってからいくつかの地方領を渡ってきたが、このお方ほど心根の優しい領主様はおられなかった。それだけに、重い病にかかられたことが残念でならない。領主様のお優しさが、そのままこのウラヌールの領域全体を包んでいたからだ。
そのお力に翳りが生じてしまったからか、領域内で異変がいくつも起こってしまっている。今回の件も、そのせいではないかとお心を大層痛められていたから、少しでもそれが払拭できてお加減が良くなればいいなと思う。
「それはまことに重畳なことだ。ファスタ、私からそなたに頼みがある」
私の横で、静かに会話を聞いていたファスタ様がついっと寄ってくる。
「なんなりとお申し付け下さい、父上」
「ファスタよ。私の替わりに、移住者のご家族を迎えに行ってもらえぬか? マイヤと守護騎士隊も連れて行くが良い。くれぐれも丁重に、いらぬ旅を強いてしまったことも詫びねばならぬのでな」
ファスタ様の顔が、ぱあっ♪ と明るくなった。その上気した顔のまま、
「はいっ、しかと承ります! 父上の名代として、心して迎えにあがるように致します。父上、どうぞご心配なさらず安心してご養生なすってください」
そう晴れ晴れと答えていたのがほほえましく感じられた。
私は、お二人の邪魔をしないように場を辞そうとすると、領主様に呼び止められた。
「それにしてもマイヤ。そのような衣装は初めて目にしたが、どこで仕立てたものかな?」
「っ! この衣装は私が『船運び』された時に、その……恥ずかしながら風呂に入っている最中であったので、いろいろとその不都合がありましてですね……アマクニ家の奥方であるサクヤ様からお借りした、というか譲り受けたものなのです……」
なんて恥ずかしい話、このようなところでしなければならないのか! 領主様はご病気にも係わらず、にやにやと少し、その、いやらしい? お顔をなさった。
ファスタ様は……そこっ! な、なにを考えているのか顔に出ている! やめてほしい、なんの羞恥劇だ。ほんとにもうっ。
こうして報告が無事? 済んでから間もなく遠見の兵士から、一家と見られる姿が丘から曲がったあたりに見えるとのことで、私はファスタ様と守護騎士隊の面々と迎えに馬上の人となった。
騎士隊と私は馬乗りに問題ないが、ファスタ様はどうだろう。普段からあまり表には出られずに、いつも書物を手にしているように思う。
このご子息とコトハ。初めて会う時にはどんな感じになるんだろう。
たぶん年もそんなに離れていないと思うが、なによりあの常識を超えた可憐さと天使もかくやと思えるほどの声音。むふん♬
これこれ、私の尻を見ている場合ではないですよ、ファスタ様。
いつもお読みいただき、本日も感謝っ!
いかがだったでしょうか。本来なら、迎えがきてそのまま町に入ってという流れになるんでしょうが、そこはそれ、なかなかタイトルに近づけない天国家らしいというかなんというか。
お楽しみいただけたらいいなあ。
ではまた自戒に、違った。次回に! ふう。




