よっちゃんが帰国する日の朝。
いよいよよっちゃんが日本に帰る日。宿屋ではちょっとした出来事が。そしてその後には……コトちゃんがお伝えします。
♪♪♪
チチチッ、チチチッ♪
小鳥さんの鳴き声が聞こえる。すっかり朝晩の気温もあったかくなって、起きる時にはすっかり布団をはだけちゃってて。これじゃあいかんち~! なんて独りごちてると、隣でう~んってよっちゃんが伸びをしていた。可愛らしくむにゅ~って顔をしてる。
あんまりにもそんなよっちゃんの姿が可愛らしく、そして柔らかそうだったんで、私は思わず、
「よっちゃ~ん♡ おっはよ~♪」
って言いながら、抱きついてスリスリしちゃった♪ うん、よっちゃんすごいです。なにがって……そりゃあね? 私たちがこっちに来てからまだ三、四ヶ月。そんなに離れていたわけじゃないのに、よっちゃんはぐんと素敵な女の子らしくなって、表情も、仕草も、同性の私から見てもドキッとする時がある。私なんかまだこんなんだし(よっちゃんは変わったって言っくれたけどね)。はあ。
「コトちゃん、おはよ♪」
よっちゃんも私を、抱きっ! ってしてくれた。はたから見るとあぶない子? って見られるかもしれないけど、私たちだけしかいないから全然平気。心ゆくまでむぎゅむぎゅ~って堪能する。
今日はよっちゃんとよっちゃんママが、日本に帰っちゃう日だ。
よっちゃんには悪いけど、宿屋さんの朝のお仕事をしてお客さんを送り出した後、一緒に朝ごはんを食べた後で見送ることになっている。だから、あと少ししたらよっちゃんと別れなくっちゃいけない。
そんなことを考えていた私を、よっちゃんがとっても優しい笑顔で見つめて口を開いた。
「ねえ、コトちゃん。私ね、まだ向こうではごく普通の中学一年生でしょ? コトちゃんみたいにお仕事してるわけじゃないから、お金もあんまり持ってない。『船運び』ってけっこうお金かかるんだって聞いてるし。でもね、いっぱいお家のこととか手伝って、お小遣いもらったら貯めてまた夏にはね、遊びに来たいと思ってる。だから、そんな寂しそうな顔しないで?」
そう言ってくれるよっちゃんの顔がとても近くって、かかる息が甘く私を包み込む。思わずむちゅ~♡ ってしたくなっちゃうのは、女の子同士でも間違ってないよね、しなかったけど。残念。
名残惜しいけど仕方がない。私とよっちゃんはあったかいお布団から出て、私はお仕事用の服である生成りのチュニックワンピースにエプロン、動きやすい靴を履いて厨房に向かうことにした。よっちゃんは今日はお仕事の手伝いはなし。ゆっくりしてもらう。
「じゃあ、よっちゃん行ってくるね。後で朝ごはんに呼ぶから、ごめんね?」
「うん、行ってらっしゃいコトちゃん。また後でね!」
よっちゃんと別れた私は、厨房の火入れに向かった。最近は慣れたもので、キュオくんとキュイちゃんとの連携もお手の物。前ほど時間もかからなくなって、気持ちにゆとりも出てきた感じがする。そのぶんいろんなことに目が向くようになったんだけど、それは人手が足りないってことに直結してる気がするんだ。
今はまだ良い。今日みたいに満室でも、朝食の支度とお会計にお見送りをしたらお掃除をして一段落できる。夕方からのお泊りの受付け、お風呂や御用聞きを終えたら一日の仕事は終わる。
でも、これからはもっともっとお客様も増えてくるはず。町が賑やかになって北の地が、トンネルで結ばれて安全に行き来できるようになれば、ここウラヌールが中継地としてますます重要になってくる。パパやご領主様からの受け売りだけど、ひしひしと感じる。空気が違ってきてるんだもん。
そこで私たちの宿屋さん、『羽根飾り亭』の存在価値? も大きくなっていくし、今はやっていない酒場も営業していきたいってパパもママも思ってる。もちろん私もそうだ。そのためには人手がいる。それも即戦力が。
「おはようございます、コトちゃん。すみません、勝手に火入れ、済ましてしまいましたけど良かったですか?」
そう、そのどうしてもほしいと思っていた即戦力が。昨日の夜になって急に現れたの! ううん、戻ってきてくれたっていう方が正しいのかも。これはもう奇跡だよね。
「ファーゴさん、おはようございます。全然構いませんよお! 逆にごめんなさい、戻ってきてくれてすぐなのに。私、テーブルの支度してきますね。それと……敬語使わないでください、私よりもファーゴさん年上だし、私もセントアちゃんとおんなじにおにいちゃんと思ってやってきたいから」
「そう言ってもらえると、俺……うん、分かったよ、コトちゃん! これからよろしくね、俺、頑張るからさ!」
ファーゴさん、根が明るい人らしくすぐに打ち解けられて良かった! なにせ私たちよりもこの『羽根飾り亭』のことをよく知ってるし、パパだけじゃない、男手があるってすんごい戦力アップになる。
私が食堂のテーブルの準備をしている間に、ファーゴさんが昨日ママと私が仕込んでおいたハンバーグのネタを取り出して、ママが焼きやすいように一つずつ分けてこねておく。昨日のうちに教えてもらっていたのか、きっちり空気抜きもしてトレイの上に並べていた。
私は私で食堂のテーブルをきれいに拭いた後、テーブルクロスを敷いてシワを伸ばす。その後にお料理を並べて置くテーブルの脇に、食器類やナイフ、フォークなんかを用意しておく。私やファーゴさんが動きやすいように、動線を考えてコーヒーカップやお茶のセット、ミルクのピッチャーなんかも配置していく。
後はママが厨房に入るのを待つだけになったところに、ちょうどタイミングよくママがやってきた。
私たちが挨拶をし合って厨房に入ったママが、びっくりしたような声を上げているのが聞こえて慌てて私とファーゴさんが厨房に入ると、そこでは驚く光景が待っていた。
「キュイちゃんが、キュイちゃんが竈の中に卵を産んでるのよお! どうしたらいいのかしら、このままじゃあ竈を使うわけにはいかないだろうし……」
な、なんと、キュイちゃんがついさっきまでなんともなかったのに、急に竈の中で動かなくなっちゃって、そして卵を生み出したんだって! 竈の中を覗こうとして、予熱であったまっているのをすっかり忘れていた私は、危なく近づけた顔を火傷しちゃうとこだった。おそるおそる竈の中を覗くと、そこには今まさに卵を産み終えて、二つある卵を愛おしそうに見つめてホッとしているキュイちゃんがいた。
遅れて厨房にやってきたパパとファーゴさんとで、納屋から薪を持ってきて、使っていない他の竈に新しく火を入れる。キュイちゃんは卵を見ていなくちゃいけないみたいだから、キュオくんに頑張ってもらいながら薪で温めた竈で副菜なんかを調理することにした。幸いお客様が降りてくるまでに時間があったから、どうにか支度も間に合って一安心。ふう。
嬉しいびっくりに私たちは、朝からテンションが上りまくって。他のお客様よりも早く来られたソダンさんたちが何事かっ? て不思議がっていたけど、たくさん用意したハンバーグによだれをジュルってしながら、山盛りにお皿に取り分けていたことに更にテンションが上ってしまう始末。
これはきっと、ママのお産にも良い影響与えてくれるんじゃないかな。そう思いながら、楽しく朝のお仕事をしていたんだけど。楽しいことってあんまり続かないんだろうか、この後、立て続けに大きな出来事が起きて、すっかり嬉しい気分はどっかにいってしまうことになった。
慌ただしい感じで宿屋さんの玄関の鈴が鳴ったのは、お客様が皆さん朝食に出されたお料理に満足して、席を立って一段落した頃だった。扉を開けてパパを呼んだその声は守護騎士隊のロンロさんで、とっても緊迫した様子で、私たちみんながお互いで顔を見合わせてしまうほどだった。
「爵士フミアキ殿に、ご領主フォーヘンド様から火急の伝言! 東一条通りの『船運び』屋が、何者かにより使用不能にされてしまったとのこと。フミアキ殿には、賢者様とマイヤ殿、そしてコトハ殿を連れて急ぎ『船運び』屋に向かうよう、要請が出ております!」
昨日中に投稿するつもりが、遅くなり申し訳ありません。
次回は、『船運び』屋さんが使えなくなる、ということは、よっちゃんが帰れない!? さあどうなる? というお話に。更新間隔が少しゆっくり目になっていますので、どうかお許し下さい。




