転ぶと死ぬ村
拙いですが、暇つぶしにでもなれば
「いやぁ、きっと一定の周期でこういった話はでてくるんでしょうねぇ。今回と同様に社会問題にまでなった【口裂け女】なんかが似たケースじゃないですかねぇ」
「そうですね、口裂け女! 怖いですよね! 私、口裂け女に対して【ポマードポマードポマード!】とか言うといいってこといまだに覚えてますもん!」
「それ唱えると口裂け女が逃げていくってやつでしたっけねぇ? まぁ今回の【転ぶと死ぬ村】っていうのはインターネットの普及なんかの情報化社会っていうのが騒ぎに拍車をかけてるように思いますねぇ。ネットでみんな騒ぐからどんどん話しが大きくなっちゃって、便乗して自分も見たとか言う人とか、虚言を吐く人がいっぱいいるんでしょうしねぇ。都市伝説の類はそうやって、ちょっとした嘘とかが膨らんでできるんでしょうねぇ」
「そうですね、私、俺転んだけど本当に死んじゃったよ、ってつぶやき見たことあるんですけど、ツボに入っちゃって! 死んでるならどうやってつぶやいてるんじゃーって!」
「そうやってふざけて自分も見た自分も見たって、ネットにみんなで書き込んで話が大きくなってるんでしょうねぇ。まぁ、中には本当に転ぶと死ぬ村の舞台である【かやぶき屋根の日本家屋がまばらにある農村で、子供たちが遊んでいる】っていうような夢を見ている人もいるんでしょうけどねぇ。まぁ、実際に転んで死んだって人の話も聞かないですし、ブームが過ぎれば収まるでしょう」
「そうですよね! そんなわけで皆さんには必要以上に心配しないでほしいですね! それでは、朝のニュースは私、小池と」
「私、村田でお送りいたしました。続いては今日一日の天気予報に移ります」
またこの話か。
そう思いながら俺、市松幸次はテレビを見ながら家を出る身支度をする。服装に気を使いながら、帽子とメガネでちょっとした変装をする。別にお尋ねものだからとかではない。俳優だからだ。まだ駆け出しで知名度も低いが、知っている人は知っている。駅や電車の中、人が多いところでは顔をそのまま出していると、それなりに絡まれることもあるのだ。
特に最近はブログに、転ぶと死ぬ村の夢を見た、と書いたら、売名行為か? という声もちょっと聞こえてきたしな……。
転ぶと死ぬ村。これはいつの間にか流行していた都市伝説だ。自分が見る夢の中が舞台なのだが、その夢の内容は【かやぶき屋根の日本家屋がまばらに建つ農村で、子供たちが遊んでいる。そしてその子供たちが、ここは転ぶと死ぬ村なんだ、と教えてくれて、子供たちと一緒に遊んだりしているうちに転んでしまうと現実の身体も死んでしまう】という、よくあるデスゲームのゲームじゃなくて夢バージョンみたいなやつだ。デスドリーム? ドリームはなんか違うか。
ブログに、転ぶと死ぬ村の夢を見た、と書いたと言ったが、実際にここ数日そんな夢を見ている。売名行為とかじゃなくな、実際に。
俳優みたいな、いわゆる有名人っていうのは温かい声援もあれば、もちろん罵倒されたり、あることないこと憶測でネットに書き込まれたり、心の繊細な人間にとっては、まぁなかなかにストレスの溜まる仕事だ。
俺は、心は繊細か、と問われれば否と言える程度には傷つかない心を持っていると思っている。決して図太いわけではないけれど。
そんな、言ってしまえば普通くらいの心の繊細さを持つと自負する俺だが、流石に話題の都市伝説の夢を数日続けて見てしまうのは俺の不安を煽るには十分だ。幸いにしてまだ転んではいないが、夢の中で転ばないように神経をかなり使っているもんだから、寝ても疲れがとれてくれない。地味に石ころやボコッと突き出た木の根があるし、畑とか足首くらいまでズボっと埋まるから、蹴鞠や影鬼なんかをして子供たちと遊びながら転ばないようにするのは大変なんだ。いっそのことわざと転んでやろうかとも思ったこともあったが、やはり本当に死んだらどうしようという不安はある。こんな都市伝説なんて馬鹿馬鹿しいとも思う気持ちはあるが、いざ転ぶとなると躊躇してしまうものなんだ。みんなもきっと同じ状況になったらそうだぞ?
……現実逃避はやめて、そろそろ家を出ないとな。仕事に遅れてしまう。俳優の仕事はなかなかハードなんだが、身体の疲れがとれていない。休みが欲しいなぁ……。
◆◇◆
「はい、オッケーでーす! それじゃあ休憩入りましょう!」
やっと休憩か。そう思いながら崩れるようにドサリと用意されているパイプ椅子に腰かける。
今日の仕事はドラマの収録だ。俺はまだ駆け出しだからチョイ役だけど。先輩たちは凛としててかっこいいんだ。俺もいつかあんな風になって、主役なんか張ってみたいなぁ。
……先輩たちは休憩中でもダレた姿を見せていない。それに比べて俺のこの体たらく。パイプ椅子に全体重をかけてだらりとしている。道は遠いな。
下を向いていたので直前まで気付かなかったが、誰かこっちに近づいてきていたみたいだ。顔を上げると
「よお、なんだかひどい面してるけど、大丈夫か?」
「た、立川さん!? いえ、あ、はい! 全然大丈夫ですよ!」
声をかけてきたのは立川広喜さん。このドラマの主演、大御所だ。俺からしたら、まさに雲の上の人。高校球児がプロ野球選手に声をかけてもらったような心境だ。実際どんな心境だそれは。経験したことがないからわからないが、とにかくスゲェってことだ。
「大丈夫そうには見えねぇんだよな。ん?」
「……あー、いや、実は最近寝付きが悪いというか、夢見が悪いというか……」
これはあれか? 俺のドラマをその面で汚しやがってみたいな、怒られるんだろうか?
「要は寝不足か? 俺らの仕事は体力勝負なとこがあるからな。俺くらいになると睡眠なんて車とかで移動中にするもんなんだが……。なんかホントに顔色悪いぞ? 十分程度でも寝ればかなりマシになるし、ちと寝たらどうだ? 十分で起きてこなかったら起こしてやるから」
すごい優しかった。ちょっと涙出たわ。俺のせいで何度もシーン撮り直してたのに。
「……すみません。じゃあ、お言葉に甘えてちょっとだけ……」
疲れ切っていた俺は、力を抜くとすぐに意識が遠のいて……
◆◇◆
……ああ、またなんだなぁ。
自分が夢の中にいることはすぐにわかった。
なぜかって? そりゃあ、ここのところいつも見ている景色だからな……。
まばらに建つ、かやぶき屋根の日本家屋。周りに広がる畑には、しかし時期の問題か作物が植えてあるようには見えない。キャッキャッと鞠を蹴って遊ぶ数人の子供たち。いつかの時代の、日本の景色だ。
ボーっと疲れた頭と身体で周りを見ていると、いつの間にか子供たちが近づいてきていた。
「お兄ちゃんどこから来たの? ここは転ぶと死ぬ村なんだよ」
知ってるよ、そう思うと同時、一人の女の子が前から足にしがみついてきた。
俺は疲れていて、不意に身体にかかってきた重さにバランスが……
「あっ……。」
声は俺のものか、子供たちか。はたまた両方から出たものか。
俺は、尻餅をついて。
……転んでいた。
「転んじゃった……?」
「転んじゃったね……」
「お兄ちゃん転んでるね……」
「転んでる?」「転んじゃった」「転んじゃったね」「転んでるよ」「転んだね」「転んじゃったの?」「転んじゃってる」「転んだのか」「転んでるね」「転んだんだね」「転んでるな」
「お兄ちゃん、転んじゃったね……?」
「っひぃ!?」
俺の足にしがみ付いてきた女の子が、俺の顔を見る。
その女の子は、……人の体をしていなかった。
ぐずぐずとした、黒くて湿っていて、ところどころにぶよっとした膿のようなものがある肌。着ていた着物のような服は汚れてボロボロになって、顔も、手も、見える肌はみんなそんな黒いぐずぐずしたものになっていた。
そして、顔。
女の子らしい、くりくりしたかわいい目があった。小さい鼻があった。笑窪をつくる口があった。
目や、鼻や、口の代わりに得体のしれない【何か】が代わりにあった。
「ひっぃえぁぁ、た、たす……け……」
俺は必死に周りにいる子供たちに助けを求めようとした。
みんな、同じだった。
ぐずぐずして、黒くて湿った肌と、顔に本来あるはずのない、得体のしれない、【何か】。
「転んじゃった」「転んじゃったから」「なんで転んじゃったの?」「転ばなきゃいいのに」「転ぶなよ」「転んじゃうなんて」「転んだから」「どうして転ぶの?」「転んじゃダメじゃん」
「転ぶと死ぬって、言ったのに」
「まっ、ぁぁあ……、や」
子供たち【だった】ものの手が、次々と俺のことを掴んで……
◆◇◆
「昨日、俳優の市松幸次さんがドラマの収録中、心臓発作で亡くなりました。警察は、市松さんの労働状況が厳しすぎるものだった可能性があるとし、所属事務所などに詳しく話を聞く方針であるとしています!」
「市松さんといえば、自身のブログに、転ぶと死ぬ村の夢を見た、と書いたことでちょっと話題になった人ですよねぇ。心臓発作じゃなくて、せめて死ぬなら転ぶと死ぬ村で死にたかったのではないですかねぇ」
「そうですね! いまだに、転ぶと死ぬ村が原因で亡くなった人というのは報告されていません! 市松さんもハードスケジュールによる心臓発作で亡くなっているようですし、みなさんは転ぶと死ぬ村を必要以上に心配される必要はないでしょう! それよりも過労や食生活に十分注意をして健康的に過ごしたいですね!」
「なんにせよ、亡くなった市松幸次さんのご冥福をお祈りいたします」
「お祈りいたします! それでは、朝のニュースは私、小池と」
「私、村田でお送りいたしました。続いては今日一日の天気予報に移ります」