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Esiw Kcolcre Tnuoc(旧題:感謝される男)  作者: 劇鼠らてこ
エラフの街のレグレス・ツァイト
9/33

暦2050年12月22日12:00~15:00

冬至は闇の力が一番大きくなるってジャックとアニーで覚えた!

「時に愛されし子よ、礼を言います。」


 どろり、とした瘴気が立ち込める暗く暗い洞窟の最奥。生物が立ち寄らない昏い闇の祭殿。その中心に位置する祭壇に、それは居た。この世の材質では有り得ない、裾が空気に溶けるような布地を纏う、儚げな乙女。それの周囲だけは、清廉で、純潔で、とにかく美しかった事を覚えている。

 

 そんな存在に、感謝を貰った。


 正直に言えば、少し拍子抜けだった。

 何故ならあの時の俺は、『悪意に封印された光の大精霊を助けてほしい』という、匿名希望の依頼主の依頼を受けて、『闇の祭殿』へ向かったのだから。

 

★☆☆★


『闇の祭殿』。

 精霊を信仰してやまないエルフ。その起源となるハイエルフ達が建造した、各属性の大精霊を奉る祭殿の一つ。闇の大精霊が坐す祭殿。エラフの街の北西に存在する洞窟に、それはあった。

 ほんの少し前までは、闇の大精霊も他の大精霊と同じように信仰を受けていたらしい。だが、いつの日からか、祭殿は肌に纏わりつくような瘴気が立ち込め、エルフどころか生物全てを立ち寄らせなくなっていたという。

 

 そんな話を、俺はエラフの街の宿屋の食堂で、野菜カレーを食べながら聞いていた。


「おっかねぇ……。」


 心の底から出た本音だった。いや、まぁ、確かに『悪意に封印された光の大精霊を助けてほしい』なんていう依頼が来た時点で、それなりの覚悟はしていたんだが。


「なぁに腰抜けた事言ってんだい! この街のエルフ達はみんな、あんたが光の大精霊様を救ってくれるって信じているから、宿代も! 食事代も! 全部タダでもてなしてんだよ! おかわりいるかね!」


「おかわりください。」


 匿名希望の依頼ではあったのだが、依頼書はエラフの街から郵送されていたし、エラフの街は住民の95%がエルフなので、多分住民全員で依頼をしてきたという解釈でいいのだろう。ちなみに残りの5%は番いとなった他の種族と、ギルドの職員だ。

 大分期待されているようで……。


「いやいや女将さん、そんなこと言いましても瘴気ですよ? 瘴気。触れた瞬間気が触れて、全身に行き渡ると魔物になっているっていう。おっかねぇ以外の感想はありませんよ。」


 実際本気で悩んでいた。一度依頼を受けたからには、途中でキャンセルするなんてことは絶対に有り得ない、が、瘴気に関しては俺がどう努力しても、どうこう出来るものではないのだ。というか俺如きに出来るなら多分エルフの皆さんが解決している。あれ? じゃあなんで俺に依頼が来たんだ?


「はいよ、野菜カレーのおかわりだ。」


 ゴトリ、と大きな音を立てて器がテーブルに置かれる。豪快だな。悪く言えば乱暴だ。木のスプーンでカレーを掬う。うーむ、美味い。後でレシピ聞こう。


「まぁねぇ……。実際の所、エルフの総意としては、アンタじゃなくても良かったんだ。ギルドには、エルフ以外で最も信用の置ける冒険者を1人見繕ってくれ、って頼んだんだよ。そしたら職員皆が即答で、『レグレス・ツァイト様ですね。』って言うんだよ。恐ろしい程息が合ってて少し引いたね。」


 俺にとっても恐ろしいな、それ。だけど、そこまで信用されているのは少し嬉しい。これでも色々頑張ってきたって自覚はあるからな。自己愛みたいで少し恥ずかしいが。

 しかし、エルフさん達としては誰でもよかったって解釈でいいのだろうか。エルフ以外なら。


「何故エルフ以外なんですか? あと、ぶっちゃけ俺、そこまで精霊様に詳しくないですよ?」


 使う魔法は勿論精霊魔法だが、俺は学者というわけじゃあない。精霊がどういう存在で、どういう習性で、とかいうのは全く知らない。エルフは精霊信仰が根強い種族だ。精霊に詳しくない奴に頼むのは心苦しいんじゃないだろうか。なれば尚更、エルフ自ら解決した方が良いと思うのだが。


「あたしらの信仰を他種族にまで押し付ける気はないさね。それに、あたしらだって精霊様の全てを知り尽くしているってわけでも無いしね。そいで、エルフ以外じゃないとダメな理由だが、簡単に言えばエルフは瘴気との相性が悪いんだよ。いや、相性が良いのかな。闇の大精霊様の祭殿に渦巻く瘴気だからか、他生物が触れた時よりも格段に速いスピードで侵されちまう。瘴気と親和性が良いんだね。全く嬉しかないが。」


 軽い口調で話しているが、それを知っているということは、少なくない数のエルフが犠牲になっているということだ。だって、瘴気の侵食スピードなんて、実際に侵されているところを見なくてはわからないのだから。先程も言ったが、エルフは精霊信仰が根強い種族だ。闇の祭殿が瘴気に侵された直後は、自分たちで解決しようとしたのだろう。そうして、幾人ものエルフが瘴気に飲まれていったのだろう。


「理由はわかりました。しかし、エルフ程の親和性がなくとも、瘴気に触れたら気が触れてしまうのは他の種族でも同じです。多少は侵食速度に違いがあるでしょうが。それと、ごちそうさまでした。」


 どんなシリアスな場面でも食物への感謝は忘れちゃアカンって婆様が言ってた。俺に婆様なんていたっけな。


「はいはい、お粗末様。ははは、そんな悲壮な顔しなさんなって。あたしたちだって、なんの解決策も無しに依頼したりしないさ。解決策が見つかったから、ギルドに依頼したのさ。その策には、どうしてもエルフ以外が必要だった。エルフよりも瘴気との親和性が低い種族がね。」


 何もかもこっち任せ、というわけではないようだ。幾人もの同胞を犠牲にし、それでも解決を目指して解決策を練り上げたエルフが、最後に頼ったギルド。そしてそのギルドに多大な信用を受ける俺を選んでくれた。

 そんなことを知ってしまったら、やらないなんて選択肢はどこにもなかった。


「――そして、俺に依頼してくれたというわけですね。ギルドに最も信用できる、なんて依頼したあたり、少しは動ける奴でないとダメな様子。えぇ、お任せください。このレグレス・ツァイトが、光の大精霊様をお助けしましょう。」


 少しカッコつけすぎたかな。


★★★★


「そんじゃあ、改めて自己紹介をしようか。あたしはこのエラフが街の長、ビュルガー・マイスターだよ。よろしく頼む。」


 そういって差し出してきた右手はとても大きく見えた。宿の女将にしちゃ事情を詳しく知ってんな、と思ってはいたが、まさか長だったとは。


「あはは、あたしは街の長兼、宿の女将さね。長旅につかれた同胞を労うのも、長の役目だろう? むしろ闇の祭殿があぁなる前は宿屋の方が楽しくなっていたしねぇ。」


 最後の方は小声過ぎて聞き取れなかったが、この女将さんが良い人だってのはわかった。

 エラフの街は、排他的という程ではないものの、基本的に他種族が立ち寄ることが無い。それには様々な理由が――方やツボルフを囲む竜の山脈、方やツェーンを囲む大氷河――あるが、最も大きな理由として、エラフの街が自給自足だという点だ。他の街と違って、交易の必要が無い。自国で生産し自国で消費する。外の街のものを欲しがるエルフは少なからずいるが、それを自国で発展させようという気は無いらしく、自らが他国へ赴く。よって、エラフの街の宿屋に泊るのは、そんな国外旅行から帰ってきたエルフばかりになるのだ。国ではなく街だが。


「では、こちらも改めまして。依頼を受けたレグレス・ツァイトです、よろしくおねがいします。」


 差し出された右手を強く握る。交わった手と手の真下に、食べ終わったまま片付けられていない野菜カレーの器があるが、気にしない。真面目なシーンなどないのだ。


「そんじゃ、早速だけど、私たちの考えた『解決策』を話すよ。とはいっても、アンタがすることはほとんどないんだけどね。」


 椅子から転げ落ちそうになる。えぇー。


「そんな残念そうな顔をしなさんなよ、仕方ないだろう。本来なら私たちが、私達だけで解決したかった案件なんだ。それでも考えに考え抜いた結果、他種族を頼らざるを得なかったってことなんだから。」


 ……、やっぱり、だれでもよかったんだな。 切に思う。まぁ、そもそも俺を選んだのはギルドだしな。さっきビュルガーさんが言っていた通りエルフとしては誰でも良かったんだろう。俺としては中々くるものがあるんだが。


「策自体も、単純明快だ。考えに考え抜いた策がこれか、なんてツッコミは受け付けないよ。行き着くところは結局シンプルだってのは古来からの真理だからね。」


 ごくり、と知らずに俺の喉が鳴る。単純明快、ツッコミは受け付けないなんて言われても、我慢できる自信はない。


「あんたに保護魔法をかけて、あんたが祭殿の奥の祭壇まで突っ込む。こんだけさね!」


 た、


「単純明快ィィィィィイイイ! 考えに考え抜いた策がそれかい!」


 無理だった。いや、だってそれは、俺に保護魔法をかけて祭殿の奥の祭壇に突撃させるってことじゃないか。あ、そのままだコレ。


「うっさいねぇ……。しかたないじゃないか。これが一番確実で、一番安全なんだよ。誰も犠牲にすることなく、誰も瘴気に侵されることない冴えたやり方って奴さね。」


 何が冴えたやり方さね、だ。俺が危ないだろうが。明らかに人間魚雷だろうが! 海じゃあないけれど!


「あー、言いたいことは山ほどあるが、一旦飲み込もう。それで? まさか説明もそんだけってことはないよな? 詳細くらい教えてくれるよな?」

 

 今まで取り繕っていた丁寧語モドキがはがれているが気にしない。


「勿論さ。それと、あんたそっちの口調の方が似合うね。さっきの鳥肌が立つような口調よりか100倍マシさね。」


 酷い言われ様だ。あれは仕事モードの口調なのに。……、もしかして今までの依頼主全員がそう思ってるのかな……。考えるの辞めよう。悲しくなる。


「さて、説明と言ってもこれまた単純な話だ。あんたに保護魔法をかけ、あんたに瘴気の渦の中を突っ切ってもらう。普通と違うのは、あんたに保護魔法をかけるのがこの街の全員って所くらいさね。エラフの街の住民、女や子供、老人。旅に出ていたエルフもみな戻ってきている。勿論あたしも含めて総勢500万人。500万のエルフによる全力の保護魔法をあんたにかけ続ける。あんたはそれを受けて全速力で祭壇に辿り着き、光の大精霊様の封印を解く。単純で、明快だろう?」


★★★★


エラフの街は、地下やら樹上やらに住居を伸ばしていて、ハチの巣みたいになっているのでこの規模の人口が保てています。繁殖力が低いなら低いなりに、ね?

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