暦2048年8月28日9:00~13:00
頭の中の映像を文字にするのが難しい
「はぁ、えっと、すみません。どちらさまでしょうか……?」
昨日の一感謝目の娘を街で見かけたので声をかけてみた。赤茶色の髪とくりくりとした目の特徴的な娘だ。かわいい。しかし結果は惨敗。流石に、Hey.カノジョは古すぎただろうか。他人のふりをされてしまった。
「あの、私急いでいるんで。すみません。」
歯牙にもかけられなかった。残念だ。強く引き止める理由もないので、トタトタと駆けていく背中を見送る。かわいい。
気を取り直してギルドへ向かおう。昨日の事案に何か進展があったかもしれないし。
ガシィ
誰かに腕を掴まれる。振り返ってみるが誰もいない。いや、視界の下の方に何か映っている。ん? 子供か?
「ほっほっほ、流石に無視は酷くないかのぅ? 知らぬ仲でもないのだし。のぅ? レグレス君。先日、必ずや礼をしに行くと約束したであろう?」
今日の一感謝目をもらう。いや、これ感謝か? 感謝だよな?
視線を下げたそこには、身長130㎝程の商人風の格好をした爺さんが立っていた。好々爺然とした笑みを浮かべてこちらをみている。ちっこい爺さんだな。
「いえいえ、いいんですよお礼なんて。お気持ちだけで十分ですって。」
いつもより多く拒絶感を込めております。だって怖いんだもの。
俺の返しを聞いた爺さんの額に青筋が浮かぶ。怖い。
「レグレス君、謙虚なのは素晴らしいことであるが、君とて忘れてはいまい? 我らドワーフは約束を違えないということを。君がどんなに断っても、それだけは果たさせてもらうぞ。」
あ、これ断れないパターンだ。
経験からそう判断する。亜人種族の中でも。伝統と歴史を重んじる獣人、精霊をなによりも信仰するエルフ。そして約束を違えない事を誇りとするドワーフ。
彼らの口から、誇りだとか約束だとかいう単語が出てきたら、無駄な抵抗は無意味である。
しかし、やけに力強い爺さんだと思ったらドワーフだったか。ドワーフは、全亜人種族の中でも最高の腕力と握力を持つ。その代り、身長は成人しても130㎝位までしか伸びない種族だ。つまりそんな力で掴まれてる腕は本当に痛い。
「わかりました。お話しくらいは伺いましょう。あの、それでですね、腕を……。」
感謝されるだけだというのに何故ここまで遜らねばならんのか。
あんまり謝礼とかは受けないようにしているんだが、今回は仕方ない。お話し‘くらいは’聞いておこう。
「ほっほ、よろしい。それと、強く掴んですまなかったの。お主は礼ときくとすぐさま退散すると専ら噂での、少々強引にさせてもらった。」
間違いではない。礼を受けたくない理由が俺にはある。それは、さっきのナンパ然り、だ。
「ははは……、しかし、自分で言うのもなんですが、俺は欲しいものとかありませんよ?」
これも事実だ。欲しいものなんてほとんどない。強いて言えば出会いが欲しい。まぁ、それも、無駄になるのだろうが。
「ふむ、まぁそういうであろうことはわかっておったが……。なんとも無欲な人間よの。じゃが、安心せい、わしがお主に贈るのは、物ではない。情報じゃ。」
おぉ、そういうアプローチできたか。確かに、商人風の格好をしているし、情報は集まってくるのかもしれない。今までとは一風変わったお礼に少し興味をそそられる。
「東の森……、領主オステンの仕切る森じゃ。あそこで、毎夜毎夜怪しい光が目撃されているのを知っているかの?」
まーたオステン様の森か。昨日の巨大スライムといい、一昨日の『雑草討伐』といい、話題にことかかんな。
「いえ、そのような情報は特に……。強いて言うならば最近『雑草討伐』をしてきたくらいでしょうか。」
巨大スライムの件はギルドマスター預かりだから話さない。無為に混乱を与えるのはよろしくないしな。
「わしの商人仲間達からの情報じゃがの。ここ連日、夕刻の……19:00頃かの。オステンの森近くを走る馬車が、オステンの森であがる光を目撃しておる。それも、すべての馬車が、じゃ。彼らは皆、突然森の中心近くで光があがったと思えば、一瞬だけ巨大な山が出現した、だとか、のた打ち回る大蛇を見た、など、強い光の後に、何かを見たと証言しておる。おもしろいと思わんかね?」
恐ろしいと思います。しかし、巨大な山と蛇ね……。強い光の方はわからんが、巨大な山はスライムで、蛇は植物型魔物じゃないだろうか? 19:00なんて時間帯なら暗くて多少見間違えた可能性もある。
「巨大な山と蛇ですか……。ちなみに大きさはどのくらいだとか伺っていますか?」
「どちらも誇張されている可能性は無きにしも非ずじゃが、証言を統合すると、山の方は全高80m程の山で、森を覆い尽くすほどだったらしい。大蛇の方は、100mを有に超える長さじゃったそうな。」
でけぇ。そしてなげぇ。あの巨大スライムはせいぜい6mだった。植物型魔物に至っては2,3mくらいしかない。別件か……?
「少し、俺の方でも調べてみようと思います。貴重な情報ありがとうございました。」
ドワーフの爺さんに一礼する。そいや名前聞いてねーな。まぁいいか。
「うむ、レグレス君。昨日は本当に助かった。それではの。」
かっぽかっぽと駱駝の轡に付けた紐を引いて去っていくドワーフの爺さん。駱駝なんていたのか。全く気が付かなかったぜ。
★★★★
現時刻13:00。19:00まではまだ時間がある。なにをしようかな。
「や、やめてください! はなして!」
ピコーン
こ、この反応は、かわいい女の子が暴漢に襲われているぞセンサー!! どっちだ? 2番目の路地裏! 今向かうぞ!!
2番目の路地裏へ急行する。そこで目にしたものは、昨日ギルドで見たガラの悪い冒険者パーティ4人に囲まれて怯える女の子の姿だった。
「喰らえ!! 脊髄反射ドロップキック!!」
俺から見て一番大通り側にいた男の背中をドロップキックで吹っ飛ばす。女の子に一番近かった野郎も巻き添えにできた。2combo! 倒れた体勢のまま両手を地面につけて逆立ちの姿勢に。右足を90°折り曲げて一番近くにいた野郎の首に引っかける。そのまま右足を地面へ向けて降り落とす。野郎は頭から地面に倒れた。変な音がした気がしないでもないが知らん。3combo! 地面についた右足と、あらかじめ屈めておいた左足でもって地面を蹴る。仰向けの体勢のまま、残った男の胴に俺の頭が突き刺さった。4combo! 勢いそのままに俺は男ごと壁に激突する。
「あ……、えっと……、だ、大丈夫ですか!?」
女の子の心配する声。むくりと俺は立ち上がった。ふ、首が痛いぜ。
「お嬢さんこそ大丈夫か? 怪我とか、してないか?」
紳士モード発動。ってあれ、この娘どっかで……。
「一番心配なのはあなたの頭……。って、あなた今朝のナンパさん?」
Oh, shit! 赤茶色の髪の娘だったか。こりゃ失敗したかな?
「HAHAHA。無事なら何よりだ。そんじゃ俺はこれで」
一度ナンパに失敗した娘に手を出す勇気はない。まぁ、人助けできたわけだし良しとしよう。
「ま、待ってください! その、今朝は急いでいて、冷たい言い方してすみませんでした。私、ローテ・リーゼっていいます、あなたのお名前だけでも教えてくださいませんか?」
焦ったような、それでいてしょんぼりした雰囲気を出す赤茶色の髪の娘。ローテちゃん。これは脈ありかもしれん。だが深追いは危険だ。
「俺はレグレス。レグレス・ツァイトって言います。さ、リーゼさん。気を失っているとはいえ、彼らがいつ目覚めるかわかりません。明るいうちに早く大通りに戻りなさい。」
優しい口調で裏路地を出ることを促す。そう、気を失っているとはいえ地面にはあのガラの悪いパーティが転がっているのだ。
「あ、もうこんな時間……、急がなきゃ……。あの、レグレスさん。ありがとうございました! また後日、お礼を!」
そういってトタトタと駆けていくローテちゃん。かわいい。しかしリーゼってどっかで……?
俺は転がっている野郎どもに目もくれず路地裏を出た。んー、リーゼ、リーゼ……。
「レグレス・ツァイト……、名前は覚えたぞ……。」
なんか後ろでうめき声が聞こえた気がしないでもない。気のせいだろう。
★★★★
レグレス君の身体能力は大分高い