暦2048年8月29日9:00~11:00
アルカリ性スライムっていないのかな
「あのあの!! き、昨日は、その……ありがとうございました! そ、それでは!」
トタトタと走り去っていく赤茶色の髪を見ながら、今日の一感謝目を考える。
昨日か……、昨日は『雑草討伐』と『誕生日会の調理依頼』だったはず。可能性があるとすれば『誕生日会の調理依頼』だが、あの家族の中にあんな娘はいなかったはずだ。いや、『雑草討伐』の可能性もあるか……? あの森の所有者が彼女とか。ねーな。
the・街娘さん、って感じの娘だったし。昨日の依頼主は領主サマのとこの執事頭だったし。領主サマは太っ……恰幅の良いおっさんだし。
まぁ、分からんことを考えても仕方ない。今日の依頼に取りかかろうか。
おろ? また『雑草討伐』来ている。依頼主は……同じ? 変だな、確かに定期的に来る依頼ではあるのだが、連日で来ることは今まで一度もなかった。依頼ミスだろうか。しかし、あの執事頭がそんなヘマするとは思えんし……。
いや、考えていても仕方ないんだった。幸い今日はこの一件だけだし、話を聞きに行こうか。
★★★★
いつもの軽鎧、いつもの剣を携えて森へ向かう。この鎧と剣とも長い付き合いだ。はじめの頃はなんだこのボロ装備……なんて思った覚えがあるのだが、こうして俺の仕事の大切な相棒となっている。
何気無しに剣を抜き、太陽に剣先を向けてみる。キラリと剣先が輝いているように見える。ふ、俺かっこいい。
心無し剣も鎧も綺麗になっている気がする。というか、本当に綺麗になってないか? 昨日よりツヤが増しているような……? ボロには変わりないが。 剣を鞘にしまう。日に日にボロボロになっていくならともかく、状態が良くなっていくなら万々歳だ。さて、森へ急ごう。
意気揚々と森へ向かおうとした時だった。
ウワァァァァアアアア!!
森の方向から悲鳴が響く。これがキャァァァアアアなら、襲われている姫様とかを俺が颯爽と助ける展開になりそうなものだが、生憎聞こえた声は男のモノである。悲鳴なのにイケメンだと直感する。
馬鹿な事を考えながらも、俺の身体は全速力で声の方向へ走り出していた。
★★★★
最初に目にはいったのは周囲の木々と同じくらいの高さまである、半透明の薄緑色の物体。でけぇ。そいつの体の中に銀色の塊が二つ入っている。薄緑色の物体の周りには三つの塊。金、銀、青銅色だ。
「おい! どうしたんだ!」
金色に声をかける。近寄ってみると、その塊は鎧だった。重厚な盾と鎧、これまた重厚な槍をもった集団だ。
金色鎧がこちらに振り向く。あれ、この顔どっかで……。
「と、突然沸いて出たスライムに仲間が!! 二人飲み込まれてしまった!」
見りゃ分かる。いや、質問したのは俺だったな。しかし、この声、このイケメン、鎧……、こいつら【鉱石の音色】か? 竜をも倒すような高ランクパーティがスライム如きに何を手こずってるんだ?
「き、君魔法は使えるか!? 頼む! 謝礼ならなんでもする! だから仲間を、仲間を助けてくれ!!」
……、もしかしてこのパーティ、誰も魔法が使えないのか? んな馬鹿なこと……。
スライムは物理攻撃が一切効かない植物型魔物だ。斬れば分裂し、突けば貫通する。これだけ大きいは中々いないが、小さいスライムは全国各所にいるので討伐依頼は絶えない。剣しか使えない見習い冒険者殺しとか、ソロ剣士の試練だなんて呼ばれている。
このように物理攻撃には滅法強いスライムだが、魔法攻撃には凄まじく弱い。正直、生活魔法のような出力の弱い魔法でも倒せる。 彼ら程のパーティともなれば、魔法の一つ二つ使えるのではなかろうか……?
「僕たちの鎧はミスリルやオリハルコンで出来ているんだ!」
ミスリルもオリハルコンも、対魔法装備としては最上級だ。ミスリルは魔法を弾き、オリハルコンは魔法を吸収して装備者の魔力として還元する。つまり、そんな素材で全身を覆っている彼らは、魔力を放出しようとしても、自身の鎧に弾かれ、吸収されてしまうわけである。
本末転倒ゥ!!
「あー、まず中のやつらを取り出さないとだな。おいアンタら!! スライムの中にいるお仲間さんを突け! 多少荒くなっても死ぬよりマシだろ!!」
焦りに焦っていたイケメン:金は、しかし俺の言葉にハッとなり、スライムの方向へ体を向ける。
そして深く深く息を吸った後、槍をスライムに向けて猛烈な勢いで走り出した。イケメン:金はその勢いを殺すことなく、スライムの眼前で大きくその槍を薙いだ。
ガィン!!
硬質な金属同士がぶつかりあう音と共に、スライムから銀色の塊が二つ、弾き飛ばされる。二人を弾き飛ばしたイケメンは、バックステップでこちらに戻ってくる。
「後は頼めるか!?」
イケメンが今にも泣きそうな声で叫ぶ。大きいとは言えスライム如きにそんな期待されても困るんだが……。初級魔法とかで倒してしまうと彼らの面子が立たないよなぁ……。できるだけ派手で、あんまり疲れない魔法にせねば。
「集え氷精! 集え風精! 我が前に立ち塞がりし障害を滅せ!!」
氷精さんはスライムを凍らせてね、風精さんは凍ったスライムを砕いてね。
詠唱なんて適当でいいのだ。精霊達は別に人間の声に反応しているわけではなく、今のように心の中のお願いに反応しているらしい。光の大精霊からの受け売りだ。
ともかく、俺の身体から放たれた魔力は冷気を帯びてスライムに纏わりつき、その体を凍結させる。山のような薄緑色が完全に凍ったところで、スライムの周囲から空気弾が放たれる。
パリィィィイイン!!
甲高い音と共に、薄緑色の体は砕け散り、辺りに降り注いだ。
イケメンを含んだ【鉱石の音色】の面々は一様に口を開けて砕け散ったスライムがいた場所を見ていた。
「おい、そこの二人! 体は大丈夫かー?」
先ほど凄まじい勢いで弾き飛ばされた二人に声をかける。彼らの鎧もミスリルだろうから、ダメージはそこまでないだろうが、仮にも魔物の体内にいたのだ。何か不調を来たしているかもしれない。
「あ、あぁ! 大丈夫だ! こちらは二人とも支障ない!」
流石高ランクパーティのメンバー。体は丈夫なようだ。イケメンの方を振り返ると号泣していた。号泣!?
「良かった……! 本当に良かった! もしもの事があれば、僕は……! ありがとう。心から礼を言うよ。」
いや、まぁ、使った魔法は中級下位程度だし、そこまで感謝されるとむず痒いんだが……。後頭部を掻きながらそう思う。
「無事ならそれでいいさ。どの道あそこまで育ったスライムなんて倒さないといけなかっただろうしな。」
流石にアレは天災クラスになりかねないからな……。しかもここは森。植物型にとっては格好の餌場だ。放っておけば、まだまだ成長しかねなかった。ここで彼らが襲われ、俺が発見できたのはある意味ラッキーと言えるだろう。
『雑草討伐』は今日は無理だな。ギルドマスターに報告せねばならんし。
「アンタら、もう大丈夫か? 俺は用が出来たんで街に帰るが、一緒に帰るか?」
「いや、大丈夫だ! ありがとう。そうだ、お礼がしたい。君の名前を教えてくれないだろうか!!」
「俺はレグレス。レグレス・ツァイトだ。あー、お礼は要らないよ。」
言いながら振り返り、来た道を引き返す。こういう時に立ち止まっていると、それでは僕らの気持ちが収まらないとか、色々な理由をつけて引き留められてしまうからだ。経験者は語る。
案の定俺を引き留める声を背に、俺は街へと急いだ。
金色イケメン:27歳。ゴルドレ・シルド。
銀色イケメン:24歳。シルヴィア・シルド。
銀色イケメン(スライムの中にいた人):22歳。アゲンタム・シルド。
銀色イケメン(スライムの中にいた人):22歳。アージェント・シルド。
青銅イケメン:19歳。ブロンザ・シルド。